№73・ソードブレイカー・中

「っかぁー、そう来るか! 覚えたてなのにお嬢ちゃんは強いなぁ!」


 ギャング兄がチェス盤を挟んだ向こうで額に手を当てる。メアは初心者丸出しの手しか打っていないのにさっきからこの調子だ。明らかに接待ゲームである。


 彼らに連れてこられた『アジト』は、到底反社のねぐらとは思えない場所だった。猫脚のテーブルと椅子やピンクのカーペット、カーテンは白いレース。キャビネットや鏡台まであって、まるっきり夢見る女の子のお部屋だ。


 メアは当然違和感を覚えたが、次第にときめいた。いつかはこんな場所でお茶でもできたらいいなと思っていたのだ。


 与えられた大きなティディベアを抱きしめて、メアは機嫌良さそうにチェスの駒を進めた。


「あ、兄貴、お嬢ちゃん! つ、次ができたぞ!」


 エプロン姿のギャング弟が、両手にミトンをつけて焼きたてのパウンドケーキを運んでくる。すでにテーブルの上はお菓子でいっぱいだった。マカロン、ロリポップキャンディ、シフォンケーキ、クッキー、マシュマロ……どれもこれもギャング弟が作ったものらしい。


「お嬢ちゃん、お菓子は足りてるかな?」


 ギャング兄の問いかけに、メアは、うん、とうなずいた。


「お菓子だけで腹いっぱいになりそうじゃ」


「そいつぁけっこう! どんどん食べてくれ! やっぱり、女の子にはあまぁいお菓子だよな、兄弟!」


「お、お嬢ちゃんが食べてくれてうれしいよ!」


 サングラスの奥でうれしそうに笑うギャング兄弟。


 先ほどからそうだが、メアになにかいやらしいことをしようという気配が一切ない。ロリコンだと踏んでいたのだが、違うのだろうか?


 大暴れするつもりが肩透かしを食らって、メアはすっかり場の空気になじんでしまっていた。


「お嬢ちゃん、チェックメイトだな! いやぁ、すごいなぁ、お嬢ちゃんはかわいいだけじゃなくてかしこいんだな!」


「お、俺たちにもその脳みそわけてほしいですね!」


「バカ野郎! 誰がバカ兄弟だ!」


「お、俺たちのことです!」


「そうだったな!」


 ガハハと愉快そうに笑う兄弟は至極この時間を楽しんでいるように見えた。メアも釣られてはにかんで笑う。


 焼きたてのパウンドケーキは実に美味だった。ギャングではなく菓子職人なのではないかと思うくらいだ。


 バラの香りのする紅茶を飲んでいると、ギャング兄がチェス盤を片付けながら、


「次はなにする? 三人でババ抜きでもしようか?」


「ワシ、ゲームはもう飽きたけん、他のがいい」


 メアのワガママに兄弟は、くぅー!と拳を握りしめて感極まった。


「お嬢ちゃんのお願いならなんでも聞いてあげるよ! そうだ、カワイイ服がたくさんあるんだ、着せ替えファッションショーをしよう!」


「あるんけ? じゃったらワシ、着たい!」


「そ、そうこなくちゃ!」


 こころ躍るメアに、兄弟たちは早速着替えの準備を始めた。『アジト』の一室に通されると、そこにはたくさんのロリィタ衣装が並んでいた。


「わぁ!」


「どれでも好きなものを着るといいよ!」


「せっかくじゃから、ワレどもが見繕ってくれんか?」


「えっ、いいのかい!? じゃあこれとこれと……」


「あ、兄貴! そ、ソックスと頭ものはこれがいいんじゃないですか!?」


「まぁ待て、先にドレスを選んでからだ!」


 あれやこれやと忙しく動き回るギャング兄弟を、メアは楽しげに見つめていた。


 ほどなくして何着か衣装が決まると、衣裳部屋を借りてメアが着替える。てっきりこの隙に覗かれると思ったのだが、兄弟は扉の外でおとなしく待機していた。


「どうだいお嬢ちゃん?」


「着れた!」


 メアの声に扉が開くとギャング兄弟が再びやって来る。メアはピンク地でイチゴとウサギが描かれたジャンパースカートにピンクのフリルブラウスを着て、同柄の二―ハイソックスとヘッドドレスをつけていた。小さいトランクのようなカバンを肩から下げて、白いレースたっぷりの日傘をさしている。もちろんパニエもドロワーズも用意されていた。


『おおおおおおおおおお!!』


 まぶしげに目を細めるギャング兄弟が歓声を上げた。少し照れくさくなったメアをいろいろな角度から眺め、良い、良いと連呼する。


「やっぱりこのシリーズで正解だったな!」


「い、イチゴと、う、ウサギなんて、かわいいに決まってますよ!」


「しかもピンクだからな!」


 この世界にカメラがあったら連写していただろう。しかし存在しないので、兄弟は目に焼き付けるようにポーズを取るメアを見詰めた。


「次! 次の衣装に行こう!」


「つ、次はこっちだよ、お嬢ちゃん!」


 別の衣装を渡されて、また着替えタイムに入る。


 結局、レースたっぷりのボルドーのドレス、緑のロングワンピースにふりふりのエプロンの田舎娘スタイル、コルセットスカートにフリルブラウスの貴族スタイル……などなど、五着は着せられた。


 そのどれもを賛美してうっとりとするギャング兄弟。メアも調子に乗っていろいろなポーズを取って兄弟を喜ばせた。


 すっかりご満悦のメアだったが、ふと疑問に思って兄弟に問いかける。


「ワレどもカタギじゃなかろ? それがどげんしてこげなカワイイものに囲まれとるんじゃ?」


 メアの問いかけに、兄弟は一瞬黙り込んだ。少し湿り気を帯びた表情で笑い、ギャング兄が応える。


「俺らは昔からカワイイものが大好きでね、カワイイものに囲まれて、カワイイ時間を過ごして、カワイイ女の子がいるだけでしあわせなんだ」


「か、カタギでもないのに、こ、こんなの、おかしいよね?」


 不安そうな問い返しに、メアは首を横に振った。


「おかしくなか。極道もんがカワイイ好きでなにが悪い。カワイイは正義じゃ!」


 まさか自分もカタギではないことは言い出せずにいたが、メアはそう返した。


 見る間に兄弟の表情が明るくなっていく。ぱぁ、と顔を輝かせながら、兄弟は首がちぎれそうなくらい深くうなずきまくった。


「だよなぁ! カワイイは正義だ!!」


「か、カタギじゃなくたって、か、カワイイもの好きでいいんだよな!!」


「よかよか」


 ギャング兄弟は、へへへ、と笑って、その場にほのぼのとした空気が流れる。


「ところで、これ事案じゃろ? 誘拐事件じゃろ?」


 その空気も、メアの一言で凍り付いた。固まるギャング兄弟がしどろもどろになる。


「あ、えーと……まぁ、そうなるな……」


「そ、そういえば、ゆ、誘拐ですね」


 今ごろ気付いたらしい。いいやつらだが、いかんせん間抜けだった。


「誘拐っちゅうたら……身代金、じゃろ?」


 にやり、カワイイ服を身にまとい、ティディベアを抱いたメアが悪そうな顔をする。ギャング兄弟はごくりと唾を飲み込んだ。


「ワシには仲間がおる。そいつらに手紙でも送りつけたら、たんまり儲けられるけん」


「で、でも、俺たちはそんなつもりでお嬢ちゃんを連れてきたわけじゃ……」


「カワイイ服も、部屋も、お菓子も、高かろ?」


「……うっ」


「さらなるカワイイを目指すためにはゼニが必要じゃ。リーダーが酒場を下宿にしちょる、そいつにこれからひとりで来いっちゅうて手紙出せや」


『はっ、はい!!』


 メアの迫力に押されて、ギャング兄弟は手紙の準備をし始めた。


 身代金、などと言い出したのにはメアなりの理由がある。


 このままこの兄弟たちと楽しい時間を過ごして帰ってもいいのだが、仲間を試すいい機会だと思ったのだ。


 メアがさらわれたと知った南野たちがどう動くのか?


 存在感が薄くなってきているメアのことをどう思っているのか?


 自分はパーティに必要なのか?


 兄弟たちに出会う前にうじうじ悩んでいたことの答えが出るはずだ。


 これで来んかったら本気でメアさんやのうてエアさんっちゅうこっちゃな……


 などと胸中で思い、メアは兄弟が舞台を整えるのを紅茶を飲みながら優雅に待った。

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