№72・鋼鉄いばらの鞭・下
「来たぁぁぁぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉぉぉ!!」
ダンジョンを少し歩いていると、すぐに『掃除屋』は南野たちを発見し、追いかけてきた。右へ左へ角を曲がり、ときには壁をぶち抜き、ときには罠に足止めされつつも、南野たちは第四階層を逃げ回る。
「ほら、南野! レアアイテム出してみて!」
「はい!」
最初に『吸血鬼の牙』を取り出して『掃除屋』の様子を見るが、何の変化もなく追いかけてくる。
「次!」
「はい!」
『堕天使の左目』、『修羅のマンゴーシュ』、『鬼武者の褌』、『英雄のマント』『眠り針』、『災難よけの傘』、どれも反応なしだった。
残るは今回入手した『鋼鉄いばらの鞭』だけだが……
「はっ、はっ、……ああっ!!」
逃げ回って疲労困憊の南野は、うっかり『鋼鉄いばらの鞭』を取り落としてしまった。蒐集狂の習性で、反射的に取りに戻ろうと引き返す。もちろん、『掃除屋』のいる方向にだ。
「……バカ!!」
南野が『鋼鉄いばらの鞭』を手にしたのと、メルランスがとっさに短剣を引き抜いたのはほぼ同時だった。
あわや南野が亜空間に吸い込まれようとしたそのとき、メルランスの短剣が『掃除屋』に触れる。
そのとたん、ばちっ!と雷が落ちたような音と衝撃が生じ、南野たちはそろって弾き飛ばされた。
結果的にはそれが功を奏し、『掃除屋』との距離を取ることに成功する。
さすがは『緑の魔女』謹製の短剣、特別なちからを帯びているらしく、亜空間にい吸い込まれることなく南野たちを守ってくれた。
とにかく再び走り出して、『掃除屋』の様子を見てみると……
「はっ、はっ……なんか、怒って、ないか??」
もうばてばてのキリトが言うように、まるで興奮する闘牛のようなうなりを上げて『掃除屋』がこちらに突進してくる。
どうやらこのアイテムに何かあるらしい。
走りながらあれこれ検分していると、鞭の付け根の部分になにかが挟まっているのが見て取れた。おそらくモンスターの肉片か何かだろう、どうやら『掃除屋』はそれに反応して向かってきていたらしい。
その肉片を放ると、『掃除屋』はそれを飲み込んでうなるのをやめた。
完全に動きを止め、ぐるぐると渦を巻くとそのまま消え去ってしまう。唐突に出現して唐突に消滅してしまった『掃除屋』、南野は呆気に取られていた。
あとには、メンバーの荒れた呼吸音だけが響く。
「……行ったね」
「……みたい、ですね……」
まさかあんな小さな死骸に反応していたとは、ルンバもびっくりである。
『掃除屋』の脅威が去り、一同の間に安堵の気配が流れた。それぞれがどさりとその場にへたりこむ。
「……はひぃ……こわかったですぅ……!」
「……ぜ、は……俺は、わき腹が、痛いぞ……」
「特にワレじゃが、ワシら全員タルんどったみたいじゃのぅ」
メアの言う通りだった。
長い冒険の日々の中で、いつしかダンジョンという異空間は日常になってしまったのだ。見くびってかかって、今回痛い目を見たのだ。
「ダンジョンをナメてたみたいだね、あたしたち。これからはもっと気を引き締めていこう」
「そうしましょう」
メルランスの言葉に南野がうなずく。非日常が日常になると、このような厄介な現象が起こるのだ。慣れとはおそろしい。
それは南野自身にも言えることだ。
初めて来たときはおっかなびっくりだったこの異世界も、すっかり日常になってしまった。まだ南野はほとんどのことを知らない異世界人だ、なのにこの世界の住人の顔をしてしまっている。それは良くない。
今回のようなおそろしいことが、いつ起きてもおかしくないのだ。
異世界の脅威を再認識して、南野は初心忘るべからず、と肝に銘じた。
「……さて、アレも元の巡回コースに戻ったみたいだし、帰ろっか」
「宿に帰るまでがダンジョン攻略ですからね」
「わかってるよ」
すっかり疲れ果て、第四階層まで追いつめられた南野たちは、帰り路に苦心しながらもなんとかダンジョンを抜け出すのだった。
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