第16話 城下町へ (4)

「――エメルさんですか?」


 城下町の観光を終えたエメルとアルドが、城への帰路を歩いていたときだった。エメルは突然誰かに声をかけられた。

 いったい誰だろうと振り返ると、城下町の住民と思しき男性が立っていた。名前を知られているから、きっと知り合いのはずなのだけれど、どれだけ考えてもエメルは男性を思い出せなかった。


「ええ、そうです。失礼ですけどあなたは誰ですか? すみません、どうしても思い出せなくて……」

「くくっ、別に思い出さなくてもいいんですよ。私はあなたの知り合いではありませんし――ココデ、オレニ、コロサレルンダカラナアアアァァッ!!」


 身も凍る叫び声を上げた男性の容貌が、エメルの見ている前で変化していった。


 髪の毛がすべて抜け落ちて、皮膚の色は肌色からくすんだ緑色に染まっていく。腐った肉の一部が地面に落ちて、周囲に異臭を撒き散らす。白濁した両目にもはや生気はない。町の人たちが悲鳴を上げて逃げて行くなか、エメルは金縛りに遭ったように動けない。そんなエメル目がけて、雄叫びを上げながら魔物が突進してきた。


「エメル!!」


 禍々しい爪がエメルを切り裂こうとしたその刹那――叫んだアルドが彼女の前に飛び出した。魔物の爪がアルドの右腕を切り裂き、噴き出した鮮血があちこちに飛び散る。裂かれた右腕を押さえたアルドは、苦悶に表情を歪めて片膝をついた。


(くそっ――! これじゃあミステルテインが使えねぇじゃねぇかっ! それに下手に雷魔法を使ったら周りの人間に当たっちまう!)


 アルドは悔しさに歯噛みした。アルドが継承したミステルテインは弓の星神具。負傷した右腕では弦を引いて矢を射ることはできない。

 ならば魔法でと思ったが、魔法を発動するには精神の集中が必要だ。痛みに精神を乱されている状態で魔法を使ったら、魔法は暴発して周囲の人間を――エメルを巻き添えにしてしまう。まさに手も足も出せない状態だった。


「ヤミノオウサマノテキ!! シネエエェッ!!」


 動くことのできない2人に魔物の爪が牙を剥く。己の身を盾にすべく、身を捻ったアルドがエメルを強く胸に抱いた。命が絶たれるときの苦痛を覚悟して、アルドにしがみついたエメルは両目を閉じた。


「邪悪な魔物め!! 2人に手出しはさせない!!」


 凜とした声が響き渡ったそのときだ。エメルとアルドを守るようにつむじ風が渦巻き、魔物を弾き飛ばした。渦巻く風の中から姿を見せたのは、金髪をなびかせた青年――セイリオスだった。


「セイリオスさん――! アルドさんが怪我を――!」


 エメルに呼ばれたセイリオスが負傷したアルドを見やる。するとセイリオスの秀麗な顔は、みるみるうちに険しさを帯びていき、渦巻く風も強さを増したように見えた。


『精霊シルフの聖なる風よ! 螺旋を描いて魔なる者を切り裂け!』


 セイリオスが剣の星神具「ゼピュロス」を握ったまま右手を掲げると、渦巻く風が複数の刃となって魔物を切り裂いた。風の刃に切り裂かれた魔物は、断末魔の叫びを上げながら地面に転がり、激しく痙攣しながら息絶えた。


「おいっ! 魔物はどこにいる!?」


 剣と槍を構えた数人の兵士が、鎧を鳴らしながら走ってきた。彼らは市民からの通報を受けて駆けつけた、町を守る警備兵に違いない。


「私はクラリオン騎士団のセイリオスだ。魔物が町に侵入した。幸い市民に怪我人は出なかったが、恐らくあの魔物は深淵の闇の王の眷属に間違いない。警備隊の隊長に報告して、すぐに警備を強化してくれ」

「騎士団のセイリオス殿でありますかっ!? りっ、了解でありますっ!」


 セイリオスに敬礼すると、警備兵たちは慌ただしく走って行った。警備兵たちを見送ると、セイリオスはエメルのほうを振り向いた。


「セイリオスさん! お願いです! 早くアルドさんを助けて!」

「風の魔法で城まで一気に飛ぼう。さあ、私に掴まるんだ!」


 頷いたエメルはセイリオスにしがみついた。エメルの肩を抱き、アルドの腕を掴んだセイリオスが、目を閉じて魔法の詠唱を始める。セイリオスの詠唱が終わると再び風が渦を巻き、エメルたちを包みこんだ。

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