第14話 城下町へ (2)

「ごめんなさい。リディルさんの魔法を信用していないわけじゃないんです。どうしてもアストライアのことが気になってしまって――」


 エメルはリディルに謝った。なぜなら部屋を守護している結界は、リディルの魔力で作られているからだ。

 エメルのいまの発言を聞いて、自分の張った結界がそんなに信用できないのか――と結界の創造主リディルは不快に思ったかもしれない。だからエメルは謝ったのだ。頭を下げて謝ったエメルに、リディルは静かに首を振ってみせた。


「いえ、謝らないでください。アストライアはシェダル殿から託された大切な物。ですからエメル殿が不安に思うのも当然ですよ」


 リディルの表情と声は穏やかで、彼が不快に思っていないことが分かった。


「なんだ――こんな所にいたのか」


 3人目の声が地下通路に響き渡る。エメルが振り返ってみると、紫色の髪をした青年がこちらに向かってくるのが見えた。燕尾のような長めのスカーフを首に巻き、黒の衣服に身を包んだ青年はアルドである。彼は早足で彼女のところにやって来た。


「おはようございますアルドさん。今日もいい天気ですね」

「ああそうだな――ってなに呑気な挨拶してるんだよ。俺はな、おまえを捜してあちこち歩き回ったんだぞ」

「私を捜していた――?」


 きょとんとした顔で首を傾げたエメルを、アルドはちょっと怒ったような表情で見下ろしている。しかしいったいどんな理由で、アルドはエメルを捜していたのだろうか。気になったエメルが問いかけるよりも早く、リディルが口を開いた。


「それはあなたを散歩に誘うためですよ、エメル殿」

「えっ?」


 思いもよらない言葉に驚いたエメルは、両目を丸くしてアルドを見やった。エメルと同じように両目を見開いたアルドは、さながら石像のように固まっている。どうやらアルドは、知られたくなった秘密をリディルに暴露されて、かなりの衝撃を受けたらしい。


「ずっと城に引きこもっているようだから、気分転換に街へ連れて行ったらどうだろうとアルド殿は陛下に言ったんですよ。反対されることなく陛下の許可をもらえたので、アルド殿はウキウキしながらエメル殿を捜し回っていた――というわけですよ」

「……ウキウキは余計だ馬鹿。つーかウキウキなんかしてねぇし」


 不満げな面持ちでアルドが呟いた。エメルに情報を伝えたリディルはとても愉快そうで、堪えきれないのかときおり忍び笑いをしている。愉快に笑うリディルとは正反対に、アルドは不愉快だと言わんばかりのしかめ面だ。


「あっ……あの……アルドさん……それって本当なんですか?」

「ああ、本当さ。……まあ、おまえが嫌なら無理にとは言わないけどよ」

「そっ――そんなことないですっ! 全然嫌じゃないですむしろ嬉しいですっ! 急いで準備してきますから、ちょっとだけ待っててもらってもいいですかっ!?」

「へっ――? あっ、ああ、分かった。それじゃあそうだな……城門の前で待ってるよ」

「城門の前ですね? 分かりました! すぐに準備してきます!」


 くるりと踵を回したエメルは、さながら草原の野兎のように駆け出した。そしてなぜだか分からないけれど、エメルの気分は高揚していて、胸は歓喜で高鳴っていたのだった。

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