第12話 少女の決意 (6)

「今日からこの部屋を好きに使ってくれ。あとでまた来るから、そのとき簡単に城の中を案内するよ」

「はい。ありがとうございます」


 「それじゃあな」と言って、アルドはエメルに背中を向けた。そういえば――アルドにまだお礼を言っていなかった。そのことをふと思い出したエメルは、去りゆくアルドに向けて声を飛ばした。


「あの、アルファルド――さん?」


 エメルに声をかけられて振り向いたアルドは、口を少し開けて切れ長の目を丸くして、なぜだかびっくりしたような顔をしていた。


「ああ、いや、悪い。いきなりアルファルドって呼ばれたから――驚いてしまったんだ」

「驚かせてしまってごめんなさい。もしかして……呼ばれたくない名前だったんですか? だとしたら謝ります。レオミノール陛下がそう呼んでいたので、私はてっきり呼んでいいのかと――」

「いや――そうじゃない。いつもはアルドって呼ばれているから、アルファルドで呼ばれることに慣れてないんだ。できたら俺のことはアルドって呼んでくれないか? そのほうが短くて呼びやすいし、俺も慣れてるからさ」

「そうでしたか――。それじゃあ次からは、アルドさんって呼ばせてもらいますね」


 安堵したエメルが思わず微笑むと、アルドは彼女に頷き返した。


「そういえば……おまえはなんで俺を呼びとめたんだ?」

「あっ――そうでした! 私、お礼を言いたくてアルドさんを呼びとめたんです!」

「俺にお礼――? 俺はおまえにお礼を言われる覚えなんてないぜ」


「あのときアルドさんに厳しく言われていなかったら、私はあのまま燃える館に留まって、灰になって死んでいたと思います。それに私に儀式を受けさせてくれって、陛下に頼んでくれたじゃないですか。私が生きてここにいるのはアルドさんのお陰です。だからお礼を言わせてください」


 エメルがアルドに頭を下げたそのときだ。いきなり頭をくしゃっと撫でられて、びっくりしたエメルが顔を上げると、青灰色の瞳を細めて優しく笑うアルドと視線が重なった。


「べつにお礼なんていいんだよ。俺は――おまえがアストライアを手放したくないだろうなって、思ったから言っただけさ。きっとアストライアを狙って、地獄の奴らが襲ってくるだろうけど、儀式が終わるまで俺や騎士団のみんながおまえを守るからな」


 エメルの肩を叩いたアルドは、「またあとでな」と言って片手を挙げると、廊下を引き返していった。アルドの後ろ姿を見送ったエメルは、部屋に入ってベッドの上に腰を下ろした。


(お父様、お母様、シェダル兄様、エメルはアストライアの継承者になって、みんなの無念を晴らしてみせます。だから私を見守っていてください――)


 両親とシェダル――そして館でともに暮らしていた人たちの顔を思い浮かべて、エメルは膝の上に置いたアストライアに語りかける。

 まるでエメルの思いに答えるかのように、アストライアは青色に淡く輝いていて、星の瞬きのような淡い輝きは、エメルの心を優しく慰めてくれたのだった。

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