第8話 少女の決意 (2)
「あのときは、その、頬を叩いて悪かったな。おまえの兄貴――シェダルと俺は友人で、自分になにかあったら妹を守ってくれって、あいつに頼まれていたんだ。だから俺はおまえを死なせるわけにはいかなかった。辛い現実を受け入れたくないのは分かる。でもおまえはまだ死ぬ運命じゃない。両親とシェダルのぶんまで、生きないといけないんだよ」
エメルはサイドテーブルの上に置かれているアストライアを手に取った。
アストライアに込められたシェダルの遺志が、エメルの心に強く伝わってくる。アストライアに残されたシェダルの遺志を理解したとき――あふれた熱い涙が眦を濡らし、エメルはアストライアを胸に抱いて、声を上げて激しく泣いていた。
エメルの泣く姿に胸を痛めたのか、伸びてきたアルドの手が彼女の肩をそっと撫でる。そんなアルドの優しい行動は、緩んでいるエメルの涙腺をさらにほどいた。
アルドに抱きついたエメルは彼の胸に顔を埋めて、いままで抑えていた感情を、涙と嗚咽に変えてすべて吐き出した。いきなり抱きつかれたアルドは、驚きに面食らっていたけれど、
「――少しは落ち着いたか?」
「……はい。いきなり泣いてしまってごめんなさい」
「辛いときは思いきり泣いたらいいんだ。俺も少し言いすぎたよ。悪かったな」
アルドがエメルに向けてぎこちなく微笑み、エメルも涙で顔を濡らしたまま笑みを返す。どことなく気まずかった空気が和らいできたときだ。部屋のドアがノックされて、金髪の青年――セイリオスが部屋に入って来た。
「アルド。いまさっき陛下が遠征から戻って来た。それで彼女と話がしたいそうなんだが――」
「陛下が――?」
アルドがエメルを見やった。どうするべきか迷っているような表情だ。きっとアルドは目覚めたばかりのエメルの身体と心を案じているのだろう。二言三言アルドと言葉を交わしたセイリオスは、エメルに微笑みを向けると部屋から出て行った。
「私はもう大丈夫です。きっと陛下は私に大事な話がしたいんですよね? だったら私は話を聞きたいです。私は家族になにが起きたのか、どうして星守の館が襲われたのか――そのすべてを知りたいんです」
強い決意を湛えた菫色の双眸で、エメルはアルドを真っ直ぐに見つめた。決然の眼差しを向けられたアルドは、同じようにエメルを見つめている。しばらくするとアルドは頷き、「行こう」というふうにエメルに右手を差し伸べた。
差し伸べられたアルドの手を握り締めて、エメルはベッドから下りて立ち上がる。そしてこの瞬間、目には見えない運命の星たちが強く輝きだし、エメルは大きな運命の渦に、気づかないまま飲みこまれていくのだった――。
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