僕と彼女のなんでもない平穏な日々

第1話

 水面に広がる波紋のようにその子が歩くと時空が歪む。歪みに巻き込まれた当事者はそれを観測することはできないが、影響の及ばない距離から彼女を見ると周囲の人間の動きが不自然に遅くなったり、はたまた速くなったりする。それこそ波のようにそれは彼女の中心に少しずつ周囲に伝播して、やがて消える。

 どうやら彼女は自分の意思で時空を歪ませているわけではないらしい。水の中を波立たせることなく歩くのが難しいのと同じだとか。けれど逆に、ワザと大きな波を作ることはできるようで、退屈な授業の時にはゆっくりになったり速くなったりするクラスメイトが眺めて楽しんでいるらしい。

「時を止めたりはできないの」

「君は少年漫画の読み過ぎだ」

 僕が尋ねると、彼女は小馬鹿にするように鼻で笑った。「超能力か何かと勘違いしてないか」

「少なくとも普通の人にはない能力だよ」

「プールを想像してくれ。君は水を自在に操ることができるのかい?」

「話が飛躍してるよ」

「その通り。それと同じさ」

「私ができるのは、ただ周囲を波立たせるだけだよ」

「使い道があるんだかないんだか……」

「君だって雨の日には髪があちこちはねる能力を持っているじゃないか」

「そんなの能力とは言わないよ、ただのクセ毛だ」

「だから、それと同じ。私だって望んでこうなったわけじゃない。ただの個性の一つだよ」

 映像の中の人間が自分が早送りされていることに気がつくことがないように、時空の歪みに巻き込まれた当事者はそれを観測することができない。但し波と同じように伸縮性があるので、時間が速くなった後、遅くなる。逆もまた然り。プラスマイナスはゼロ。だから彼女が世界に与える影響はこれっぽちもない。

 彼女が力を使ったからといって大事件は起こらないし、力が強まりすぎて世界が滅ぶなんてこともない。今日も僕と彼女の当たり障りない日々は続いていく。

「私に出合うことで非日常を味わえるとでも思ったかい?」

 彼女がまた小馬鹿にしたように笑った。けれど不思議と嫌じゃなくて、僕は曖昧な顔をして返答を濁す。別に彼女の力なんて単なるきっかけでしかないんだ。

 彼女の不思議な力を見ていなければ、僕は彼女に声をかけようだなんて思わなかった。

 彼女の能力が世界を変えたのだとしたら、きっとたったそれだけの、ちっぽけなことでしかなかったんだ。

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