第2話 出会いと、お誘い
つらいとき、人はなぜ海を見に行くのか。
それはたぶん、大海原の綺麗さと、壮大なスケールに感動して、『自分の悩みなんて、小さなことだったんだなぁ。あはははっ』って、笑い飛ばしたいから、だと思う。それで気持ち的に軽くなって、元気になって、希望の光的な何かを胸に抱いて、前へと進めるようになる。
「と、思ってたんだけどなぁ……」
実際は、そんな事無かった。私の場合はだけど。気持ちが重くなるばかり。全然気分爽快な感じにならない。
「はあ~……」
もう何度ついたか分らない、悩まし気なため息を付くばかりだ。
「せっかく朝早くに海見に来たのに……、なぁ~んでこんなに気持ちがヘコむかなぁ……」
誰もいない早朝の砂浜で、愚痴る。左右に広がる見通しの良い砂浜には誰もいない。小さなハンドタオルを砂浜に敷いて、ポツンと座っている私だけ。
「……あっ、そっか、今日って平日か」
そりゃあ~、誰もいないか、こんな平日の朝早い時間にさ。再就職活動中だと、どうも曜日感覚が狂うんだよね。だって、面接とか全然ないと、家に引きこもる事が多くなるし。生活もだんだん不規則になっていくし。もうなんか毎日が休みみたいな感覚になる。
「……うぅ」
その事実が、私の胸をキュッと苦しめる。ちらっと腕時計を見ると、午前7時過ぎ。今頃社会人の皆さんは、起きて会社に行く支度を始めてる頃だろう。今の私には、縁の無い日常。
「無職……、無職かぁ~……」
そう、私こと海野千佳(うみのちか)、25歳。ただ今絶賛、就活中。
1年少し働いていた事務用品会社をクビになりまして……。いや、あの私のせいじゃないですよ? よくある不景気というやつです。人件費削減というやつです。
どうしようもない波にのまれ、最初は慌てていた私。でも、まだ20代折り返しだし、まだ若いし! 次の仕事もすぐ見つかるでしょ。うん! いける! 大丈夫、大丈夫!
……だろうと思ってたんですよ。
再就職先が中々みつからない! ハロワ(ハローワーク)のおじさんの『頑張ればきっと見つかるから……、ねっ?』っていう、苦笑いを見るばかり!
『事務職』。
それも、備品の管理くらいの前職の経験では、どうしても、良い自己PRが出来なくて。それに、志望動機も、これっ! ていうのを作れなくて。だから、せっかく面接にこぎつけても、失敗続きで……。
もうそうなったら、たそがれたい気分になるじゃないですか。そしたら、海見に行かなきゃ……、って思うじゃないですか……。
2月初めに活動しはじめ、気付けばもう5月に突入してしまい……。
「寒かった頃が懐かしいですねぇ~……、はあぁ~、眩しいっ……」
海の匂いがむんむんとする蒸し暑いなか、1人呟く。晴れ渡った空からのお日さまの光が容赦ない。その眩しい光は目の前に広がる海原にも降り注いでいる。なんとも綺麗で、でも、それぐらいしかない、大海原。
再就職活動を始めた頃の私みたいだ。まだ若いんだし、どうにかなるでしょ! っと楽観的な希望の光に満ちていた、あの頃の自分。ほんと、それぐらいしかなくて。でも今は、その煌びやかな光すらも消えてしまって……。資格も、特別な業務経験も、取り柄も何もない……、事務な私。地味な私。
「何にもないんだよなぁ~……」
力の無い声が漏れる。ザザーン、ザザーンと砂浜に打ち寄せる波音が、物悲しさを掻き立てる。落ち込んだせいか、つい視線が下がって足元にいった。日が雲に隠れているのか、影が出来ている。その影のなかで、また暗い言葉をつい呟く。
「私は海と一緒で……、何にも無いだなぁ……」
「そんなことないわよ」
「ふへっ!?」
突然聞こえた女性の凛とした声に、驚いてしまった。足元に向けていた視線を一気に上げ、後ろを振り返ると、人がいる。ああ、私、この人の影の中に……ってそうじゃなくて!! だ、誰っ!? この人!!
私が座っているからか、とても背が高い人に見えた。モデルみたいな人。でも、装いはなんだかすごい。そのまずベストに目がいった。ポケットがいくつもついている。アウトドアで使うような感じ。あっ、クーラーボックスも持ってる。……キャンプでもするのかな?
「あ、あの、キャンプですか?」
「えっ?」
私が少しテンパりながら答えると、目の前にいる人が不思議そうにした。そして互いに何故か見つめ合ってしまった。というか、じーっと、上から見降ろされている。す、すごく気まずい!! この人なんか黒いサングラスしているから余計に威圧感が増している。
私が額に嫌な汗をにじませたときだった。
「ぷふっ、あはははははっ!」
と、突然笑い出す謎の女性。 ええっ!? なぜ!?
「えっ!? あ、あの!? わ、私、へ、変なこと言いました!?」
「あっ、ごめんなさい。そんなこと言われたのは初めてだったから。つい、ふふっ」
「えっ!? あ、いや、その……」
「ああっ、良いの別に気にしないで。えっと、残念だけど、キャンプではないわ」
そう言ってから、楽し気な笑みを浮かべた。よ、良かった。とりあえず、不機嫌な感じではなさそうだ。
「じゃあ、ヒントを出すわね」
「へっ!? ひ、ひんと?」
一体何のこと!?
すると、謎の女性が私にとあるものを見せてきた。なにか長い柄のような物が入っている様な、ジッパー付きの黒い手荷物。
「えっ、えっと……、何ですかそれ?」
私が戸惑っていると、謎の女性が嬉しそう笑った。クーラーボックスを側に置いてから、ジッパーを開け始めた。いやいや、質問無視しないでくださいよ……。
私はそう思いながらも、彼女の行動に興味深々だった。何が出てくるんだろう。
中から出てきたのは、私の予想した通り、長い柄のような物だった。長さは、40センチくらい。でも、ただの棒とは違う。
「あっ、輪っかがたくさん付いてる」
「ふふっ、これはガイドって言うのよ」
「えっ? が、がいど?」
「そう。このガイドに、ラインを通すの」
「えっ? ら、らいん?」
「そう、糸のことよ」
私がテンパっていると、謎の女性が、背負っていたリュックから、何かを取り出した。糸が巻いてあるなんかちょっとした機械。おもむろに長い柄に取り付けた。手際よく。そして、糸を輪っかに通し始める。あっ、これ、私、知ってるかも。テレビとかで見たことある。
「もしかして……、釣り?」
私のその答えに、彼女はグッと親指を立てた。古っ!! その答え方!!
内心で突っ込んでいると、彼女が長い柄を伸ばし始めた。伸びる。伸びる。てか、伸びすぎ!!
「す、すご……」
私の身長、160センチをゆうに超えている。2メートルくらいあるんじゃないだろうか。私が驚いている間にも、彼女はテキパキとなにか作業を続け、
「よし、完成っと」
長い柄、つまり、竿を握ったその光景は、まさに、釣り人。竿先からは、なにか糸に取り付けた針や、よくわからないパーツを色々と付けている。
「今日はね、キスを釣りに来たのよ」
「へ? き、キス?」
……、その唇を重ねる的なやつ、ではないよね、きっと。じゃあ、キスって……、魚の名前?
「あっ、そうそう。自己紹介がまだだったわね」
「へっ!? じ、自己紹介?」
「ええ。私、遥(はるか)っていうの。よろしくねっ」
と、優しく笑う、遥さんという女性。私は、突然のことに慌てるばかり。
「あ、わ、私は! う、海野千佳(うみのちか)っていいます!」
「あら、へぇ~……、良い名前ねっ。海があるなんて」
初めて名前で褒められた。なんだか、照れくさい。
「じゃあ、千佳ちゃん」
「は、はい!!」
「釣りしましょ」
「はいっ!! ……えっ?」
釣り? しましょ? それって……、
「私が、ですか?」
「もちろん、他に誰がいるの?」
そう言って楽し気に笑う遥さん。戸惑う私に、再度、力強く言ってくれた。
「一緒に、釣りしましょ」
こうして、私の人生初の、釣りが幕を開けた。
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