今日から私は釣りガール!

@myosisann

第1話 プロローグ

 時計のアラームで目が覚めた。ただ今の時刻、午前4時過ぎ。


「うっ、うう~んっ……! あ~、さむっ」


 賃貸のワンルーム。15畳くらいある割と広めの部屋で、私は1人、ついつぶやく。もう初夏に入ったとはいえ、まだまだ早朝は冷え込む。


「……、ふあっ~。あ~、ねむっ」


 やばい、寒さも手伝って、このまま二度寝をしたいところ。でも―――、


 ベッドからゆっくり半身を起こした。傍にある窓のカーテンを開く。


「わあっ……! きれいっ」


 まだ暗い雲一つない綺麗な空に、これまた綺麗な満月さま。


「うんっ、うんうん」


 大潮。


 今日はいっぱい……、釣れると良いなっ。


 一気に眠気が覚めた。


 ベッドから抜け出す。高ぶり始める気持ちが、心地良い。冒険に出かけるみたいで。


「よしっ、準備を始めますか! ……と言っても、もうあらかた済んじゃってるか」


 ロッドに、クーラーボックス、それに、仕掛け道具やタオル、ハサミ、ウエットティッシュなどなど、必要なものを詰め込んだリュック。それらを部屋のドア付近にもう待機してある。

 ふふっ、冒険に出かけるには、事前の準備が大切ですからねっ。


「完璧……、ん?」


 ドア付近にメモを発見。私の字だ。


『石ゴカイ! それと、 氷!』


 あっ……、まだ完璧じゃなかった。


「たはははっ……、肝心のエサを忘れるとこでした……」


 冷蔵庫に向かった。扉を開き、新聞紙にくるまった包を取り出す。ついでに、冷凍庫から氷も。それらをクーラーボックスに収納っと。


「いや~、メモ書いといて良かった……」


 忘れてたら、きっと皆にバカにされているとこだった……。


 エサ無しで、どうやって『キス』を釣るんだよw


 ってな感じで。


「それに―――」


 遥(はるか)さんに白い目で絶対見られる。


 この1年間の教えは何だったのかしら?(威圧感ばりばりの瞳で)


 ピコンッ!


「ひゃっ!?」


 急な着信音。慌ててスマホを取りにいった。その画面には、


「あっ、遥さん」


 噂をすればなんとやら。


『千佳(ちか)、ちゃんと起きてる? 寝坊は厳禁よ』


「むう、遥さんってば……」


メッセージを打ち込む。


『おはようございます! ばっちり起きてますよ! 今日は、遥さんより数釣りますからねっ! あと、サイズもっ!』

『あら、言うじゃない? ふふっ、私も負けるつもりないからねっ。じゃあ、待ち合わせ場所でまってるから』

『えっ!? も、もう、着いてるんですか!? まだ、予定の時刻より、早いはず、ですよね?』

『早くこないと、置いてくわよ。それじゃねっ♡』


「ちょ!? そ、そんな!? あ~、もう!!」


 私の師であり、仕事の上司でもある遥さんは、結構身勝手なところがある。ほんと、振り回される身にもなってほしいいいい!!


 急いで着替える。そして軽くメイクも済ませて。汗や水に強いタイプ。あっ、日焼け止めもっ! 慌てながらヌリヌリ。


「それから、帽子に、あと、偏向グラス、っと! よし!」


 もうこれで完璧!


 荷物を抱えて、いざ外へ飛び出す。


 去年は、遥さんに惨敗だった。だって私、素人だったんだよ? ロッドを握るの初めてで、アタリをとったのも初めてで。釣ったのも初めてで。

 そんな私を見て、『せっかくだから勝負しましょ♪』って、遥さんは言ってきて。


 くすっ。


 思わず笑いが込み上げる。


「ほんと、そういう無茶ぶりは困る。でも―――」


『次は何を釣りに行く?』


 遥さんの優しい笑み。 


 そのおかげで、私は―――、


「釣りにどんどんハマっちゃったからなぁ~。ふふっ、さてと! 1年間の成果を見せますか!」


 急ぎ足で、月明かりに照らされた歩道を進んでいく。ほんの少し、周囲も明るみもおびだしてきた。

 日出の雰囲気を感じながら私は、去年初めて遥さんと会った日を、そして、初めての『キス釣り』を思いだしながら、待ち合わせ場所へ向かって行った。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る