第十四話 冬美の過去

第十四話 冬美の過去


 声は張りつめ、手が震えているのがものすごく伝わってくる。

 桜子はあたかもその質問が来るのがわかっていたかのように、眉一つ動かさずに答えた。


「会えるには会えるが、仕事に影響を与えないようにするため、会話は出来ない」

「……分かりました。 急にすみません」

「別に構わない。 ……銀、三の三に案内しろ」

「かしこまりました」


 桜子は、近くにいた女の人に声をかけた。その人は冬美に近づき、耳打ちをする。冬美はうつむいたまま小さく頷き、俺から手を離した。

 そのまま、別のところに向かっていく。


「冬美はどこに?」

「落ち着ける場所だ。 くれぐれもこの件に

関して詮索するなよ。 IA、OK」

「「?」」

「お前らのコードネームだ」

「あ、はい」


 思ってたことをすんなり見抜かれた。

 冬美は唐突に何かを恐れてるような表情をすることがある。その度に俺は黙って見守っているから今回もそうするつもりだ。

 でも、俺にだけでもいいから打ち明けてくれてもいいのにな。ずっと抱えてるとどれほど辛くなるのか分かってるし。

 なにより、俺を地獄から救ってくれたのは冬美だから、今度は俺が救いたい。


「明日、IAとOKは予定あるか?」

「いえ、ないです。 あんずは?」

「あたしもないよ」

「なら、明日十一時に家を出ろ。 車は家の

前に止めておく。 あと、GTには私から説明しておく」

「「分かりました」」


 その日冬美は、俺の家に戻ってこなかった。


         *****


 私、高岡冬美はむかし、大好きなお兄さんがいた。そのとき幼かった私は、いつもお兄さんがそばにいて、私を守ってくれていた。

 そう。私の頭の中から離れない出来事が起きた、あの日も。


「冬美、次はどこに行きたい?」

「あっち!」

「クレープ屋? たっく、冬美は本当にクレープすきだなぁ」

「えへへ」


 私たちは家族で旅行に来ていた。久しぶりにお父さんが長い休みを取ってくれたからだ。

 その日は、お父さんとお母さんの結婚記念日で、気を遣ったお兄さんが私を連れて散歩していた。


「クレープ、クレープッ!」

「クレープ落とすなよ」

「うんっ! ……おいしいねっ!」

「この店のやつ、うまいな」


 私はものすごく幸せだった。大好きなお兄さんと一緒にいられて。楽しく話せて。お兄さんのぬくもりを感じられて。


    でも、神様は意地悪だ。

  どうして私から、幸せをうばったんだろう?


 クレープ片手に歩道を歩いていると、突然女の人の悲鳴が聞こえた。

 私の目の前には、ナイフを振り回している男の人がいた。目は血走っていて、尋常じゃない精神状態だと幼い私にも肌で感じた。

 驚きと恐怖で動けない私に、お兄さんは、


「ちょっと待っててな。 すぐ戻るから」


 そう言って私に自分のクレープを持たせ、男の人の元へ向かった。

 そして、もみ合いの末お兄さんは刺された。男の人はお兄さんが倒れたあとも狂ったように笑いながら、何度も、何度もお兄さんの背中にナイフを刺し続けた。


「……やめて。 お兄ちゃん、おいてかないで」


 男の人が屈強な警察に取り押さえられ、救急車を待っている間、私は息がもうないお兄さんの隣で泣き続けた。


      おいてかないで


        ******


 「…………また、思い出しちゃった」


 精神的に、かなりつかれている。私は机の上にある家族四人で撮った写真をチラリと見たあと、再びベッドに横になる。

 涙があふれてくるのを感じつつ、私は、自分でも気づかないうちに小さく声を漏らしてしまった。


 「綾人……くん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る