第十話 幼き日の悪夢
昔々あるところに、四人の幸せそうな家族の姿がありました。
今の少年には昔の出来事に思うほど長く月日がたったように感じていましたが、実際はほんの九年しかたっていません。
少年はそのとき八才。少年には六才上のしっかりとした姉と、三才下の甘えん坊な妹がいました。
「ほらあんず、高い高いしてあげるからこっちおいで」
「むー、お兄ちゃんと遊ぶっ!」
「ははは、あんずはお兄ちゃんが好きなんだな」
「なんか、ショック」
「大丈夫よ。 そのうち近づいてくるわよ」
優しい母の声、大きく笑う父の声、少しむくれる姉。そして、真剣な様子でおままごとをする妹。
少年の周りには幸せがたくさん転がっていました。少年には、一日一日が楽しいと感じていました。
そう、終わりのチャイムが鳴るまでは
「パパァ、音鳴ったよ~?」
「ちょっと行ってくるから騒ぐなよ?」
「うん!お姉ちゃんとじゃんけんしてるっ!」
父は玄関に向かいました。その後ろ姿は、広く、がっしりとしてました。
ドアのロックを外す、音が聞こえ、
突然、家の中が真っ黒な闇に覆われました。
「うがぁ!」
父のうめき声が聞こえた瞬間、姉は弟と妹を抱え、走り出しました。
押し入れの中に二人を押し込み、姉は少年にささやきます。妹は不安そうに、少年の腕をぎゅっとつかんでいます。
「綾人、ドアが開くまで絶対に動かないで」
そう、言い残し、ふすまはゆっくりと閉じられました。
しばらく続いていた音がやみ、静かになりました。少年は妹がいつの間にか眠ってしまったのを確認した後、ゆっくりとふすまを内側から開けました。
少年が最初に目に入ったのは、壁に背中を預け、座り込んでいる姉の姿でした。
月明かりに照らされて、広く赤色の液体が広がっているのもわかりました。
「お姉ちゃん!」
少年にもそれがどんな悲劇が起きたのか、どれだけ絶望的な状況なのか幼いながらもわかってしまいました。
鮮やかな赤色の液体に体のバランスが崩れそうになったものの、姉の前まで行き、そのまましがみつきました。
「お姉ちゃん!」
「……バカ。 出ないでって……言ったのに」
弱々しく少年を抱きしめる力には、もう命の灯火が消えそうになっていることを強く、感じさせました。
「お姉ちゃん……死なないで」
「綾人、あんずの面倒、しっかり見てね」
「だめ、まだ」
「みんなと一緒にいられて、…………わ、たし、幸せだった」
「死なないで、お姉ちゃん」
「………………」
「お姉ちゃん?」
姉の手はゆっくりと、血だまりに落ちていきました。
少年は、姉の血がついた顔を上げ、大きな声で泣き叫びます。その声は、長く、高く、夜の暗い家に響き渡りました。
いつまでも、いつまでも。
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