冬休みの課題は領地経営!

夢綺羅めるへん

冬休みの課題は領地経営!

 西洋風の大きな屋敷にある一室。寝室兼仕事部屋になっているその大部屋では今日も朝から指示が飛び交っていた。

「隣街からの輸入、魚の量を少し増やしてくれるかしら。市場で高く売れそうだわ」

「寒波に備えて温室を作りなさい、農作物は貿易の要だもの」

「野生動物撃退用の設備はもう完成したのかしら?」

「あそこの領主には少しばかり札束を握らせて黙らせておきましょう」

 ドアの外まで聞こえてくる後半怪しげな内容の電話応対ももう聞き慣れたものだ。

 窓の反射を利用して身だしなみを確認する。白いヘッドドレスを乗せた長い黒髪は後ろで縛ってポニーテールに。黒いワンピースドレスの上に純白のエプロンを重ねたやや古典的でシックな制服は由緒ある家柄である証。

貞真智さだめまち、二十一歳。職業メイド。


「お早う御座います、心乃様」

 控えめなノックの後、音を立てないようにドアを開くと真正面に位置する窓の前、唐紅のソファの上に彼女はいた。

 朝日で淡く光る胡桃色の柔らかな髪は肩のあたりで切り揃えられ、風に合わせてふわりと踊る。京都にルーツを持つ家系故の上品で整った顔立ち、そこに収まったグレーの瞳は磨かれた宝石のように綺麗だ。齢十八歳らしからぬ落ち着いた雰囲気に薄い黄色のバスローブも相まって十二月中旬の冷える朝にも関わらず彼女の周りには暖かな空間が形成されているようにさえ感じる。

 一ノ宮心乃いちのみやここの。現代日本経済の核を担う一ノ宮財閥の令嬢にして私の主。

「お早う、真智」

 心乃の微笑みで漂っていた冬の冷気がふわりと消えた。

「領地経営は順調で御座いますね」

「ええ、全くだわ」  

 冬休みに領地経営がしたい。高校三年生とは思えない要望も、それを実現させる財力と器も何もかもが一ノ宮家の凄さと言えるだろう。

大学受験の為勉学に励んでいた反動でとんでもない我儘が出たと当時は騒がれたが、心乃の裁量は一部の施設や政策に国家予算クラスの金額を注ぎ込んでいる点を除いて完璧だった。そういった資金は心乃のお小遣いで賄っているため実際のところ就任してから三週間経ったいま用意された町の経済は不況だった当時に比べて驚くほど綺麗に回っている。 

「財政は三割増しの大黒字。本当、順調だわ」

 一瞬、心乃の目に諭吉の影が映る。使う時の金銭感覚は壊れているのに稼ぐとなった途端に異常な執着を見せるのも容姿と同じで親譲りである。

「しかし、久しぶりにいい学びの経験ができているわね」

 心乃が満足げに言った。文武芸術どんなジャンルでも一を聞けば百を理解してしまうような天才である心乃にとっても領地経営というのはいい刺激になるのだろう。 

「そうだ、真智」

「なんでしょう?」

 ローズティーを淹れる手を止め心乃の方を向くと彼女はまた温和の笑みを浮かべた。

「今日は町に行くわよ」



 心乃に用意された領地はちょっとした田舎町。広がる田畑には素朴な良さがあり、歩いていると気持ちがいい。先を行く心乃はオレンジのダッフルコートに身を包んでおり野に咲く花のようだ。

 二人で辺りを見回しながら歩いていると玉ねぎの苗を持った初老の農夫と出会った。

「ご機嫌よう」

「おお、どうも嬢ちゃん」

 心乃は町の住民に素性を明かしていない。本来一ノ宮家の令嬢の前に立つなど日本人であれば許されない行為なのだが、今の彼にとって心乃は冬休みに祖父母の家にやってきた女の子程度にしか見えていないだろう。

「あの、お伺いしたいことがあるのですが……学校の研究課題で住民の経済に対する考え方について調べておりまして」

 これは心乃が住民から今の生活にどう思うか感想を聞くときの決まり文句だ。こうして自ら聞き込みのため足を運ぶ行動力にはいつも感心させられる。

「難しいことやるんだねえ。そうだな、新しい貿易相手のおかげで前より野菜も売れるしいい思いさせてもらってるけど……」

 農夫は軽薄な笑いを浮かべながら続けた。

「経営者さまはぬくぬくいい生活してんだと思うと寒い中の農作業も億劫だよねえ、もうちょっと税金下げてくれたりしてもいいのに」

 刹那、私の中で二つの感情が爆発した。一つは完璧な貿易ラインと商売形式を用意し農業の発展に大きく貢献した上、自分のやり方に不満はないか自ら住民に聞き意見を取り入れるべく努力する心乃を侮辱したことに対する怒り。もう一つは一ノ宮家の人間に平民ごときがそのような口を聞いて許されるはずがないという焦りだ。

 説教の一つでもしてやろうと一歩踏み出したところを心乃に後ろ手で制された。

「真智」

 やめなさい。そう目で語る心乃の圧に負け元いた位置に戻る。心乃はすぐに農夫の方に向き直って労るように微笑んだ。

「大変なのですね……寒い中、ご苦労様です」

「ありがとね、じゃあまた」

 照れ笑いを浮かべながら農夫は行ってしまった。私は耐えきれず口を開く。

「良かったのですか?心乃様」

「構わないわ。実際、農民に対する税は少し重めに設定しているもの」

 合わせた掌に息を吹きかけながら心乃は答えた。

「余裕のある生活に満足してしまえば農民はそれ以上働かないでしょう。だから少しだけ多く税金を課せばその穴を埋めるべく努力してくれるかもしれない、そう考えたのだけれどどうやらうまくいっているようね」

「は、はあ……」

 またしても目に万札を浮かべながら人の上に立つ才能を遺憾なく発揮する心乃。

若干引きながら歩いていると今度は若い女性が駆け寄ってくるのが目に入った。しかし様子がおかしい、何かから必死に逃げているかのようにこまめに後ろを見ている。

「助けて!」

 予想的中。女性は大きく深呼吸をして息切れを落ち着かせると続けた。

「町外れに暴徒が……」

「暴徒?」

 このご時世に暴徒とは……と思ったが話が本当ならこれは大ごとだ。

「心乃様、危ないですから今すぐお屋敷に……」

 言いながら心乃に視線を向けるがそこには誰もおらず、彼女は既に女性が来た方向へ走り出していた。

流石心乃様、音も立てずにあんなに速く走れるなんて。いや、あれは走っているのではなく高速の摺足……って、そうじゃない。

「お待ちください心乃様!」

私はドレスの裾をつまみながら必死に後を追いかけた。



人並みの運動神経はあると自負していたのだが心乃の摺足は異常に速くその差は開いていった。私がようやく追いついた頃には町外れの荒らされた畑で心乃と黒ずくめの服を来たいかにもな男五人組が一触即発の空気を漂わせていた。

「貴方たちの目的はなんですの?金かしら?」

 心乃の問いかけにリーダーらしき男が答えた。

「はっ!金なんていらねえよ。俺らの狙いはあんただよ、一ノ宮心乃ぉ」

 サッと血の気が引く。こいつらは心乃の正体を理解して襲ってくる余程イカれた野郎らしい。心乃に対する脅しはもはや一国を敵に回すのと同じだ、確実に無事では済まない。

 咄嗟に心乃の前に出て構えを取った。一ノ宮家のメイドとして護身術は身に付けている、少しなら時間を稼げるだろう。

「早くお逃げください、ここは私が」

 覚悟を決めた。意地でも守れ。

「その必要はないわ」

 しかし心乃は余裕の笑みを浮かべた。

「私にはあるの。この状況を打開する策と、金が」

「金て……」

 数秒前の決死の覚悟がさらさら崩れるような脱力感に襲われる。

「金金うるせえなあ!そういうところがムカつくんだよ!」

 リーダーが吠える。一ノ宮家に恨みを持つ人間なのだろうか。

「しかしこんな小せえ町で王様ごっことは一ノ宮が聞いて呆れるぜ」

 安い挑発に心乃がムッとする。家のことを馬鹿にされるのが嫌いなのだ。

「貴方は私が狙いと仰っていましたね」

「ああそうだ」

「なら何故こんなことを?」

 心乃は手を広げて周りを示す。畑だったそれはぐちゃぐちゃに荒らされていて見る影もない。あたりには農作物の苗などが散乱していて酷い有様だ。

「そんなんムカついたからに決まってんだろ!まあ、適当に暴れたらお前は必ず来るからエサって考え方もできるな」

 リーダーは下卑た笑いと共に言い放つ。

「そんな理由でこんなことを……」 

 心乃の声は少し震えていた。滅多に見せない本気の怒りがひしひしと伝わってくる。

 心乃は町中の畑の質や農家の得意不得意を確認し各自適した野菜を割り当てていた、当然ここも例外ではない。その努力を踏みにじられたことが許せないのだろう。

「四百万円の損失ですわ……!」

 違った。

「しかしこれで手加減の必要がない相手だとわかりましてよ」

 不敵な笑みと共に心乃はスマホを操作する。

「っ! お前らやれ!」

「遅いですわ。野生動物撃退システム起動!」

 心乃の宣言に合わせて地響きが鳴り始める。

「なんだよこれ⁉︎」

 狼狽える男たち。無理もない、私もこれのサンプルを見た時は心底驚いた。

 やがて畑の周りの地面が割れ沢山の銃身が顔を出す。数十の銃口は男たちに照準を合わせて止まった。このシステムの正体は自動迎撃兵器――オートタレットだ。

 軍隊とも勝負ができそうな設備。とてもじゃないが動物の為のものとは思えない。

「動物用にこんなもん用意するな!」

 リーダーがもっともなことを言っているが既に手遅れである。

「一億円の兵器の威力、とくと味わいなさい……攻撃開始!」

 激しい銃撃の音と男たちの悲鳴が響き渡った。

 


「本当にありがとう!」

「助かりました……」

「嬢ちゃんすごいな!」

 ひとまず事態は収束。動物用のBB弾を無数に浴びせられダウンした暴徒どもは警察に引き取られた。心乃はいつの間にか集まった町民たちに囲まれ讃えられまんざらでもなさそうな表情を浮かべている、群がる人々の中には例の農夫もいた。

「しかし、今後のことも考えなくては……」

 心乃とその他大勢の輪から少し離れたところで私は壁にもたれかかりながら呟いた。心乃を狙う輩が現れたとなれば気軽に外を歩かせるわけにもいかない。ため息が漏れる。

「大変そうだね真智くん」

 突如壁の向こうから声をかけられゾッとする。気配も物音も全くしなかった、それにこの声は……

「仁様……?」

 心乃の父にして一ノ宮家現当主、一ノ宮 仁。

「はは。娘が恋し……心配で連れ戻すきっかけになればと思ったんだけどだめだったね」

「__! さっきの男たちは……」

 しかしそんな理由であんな輩をよこすとは。この親にしてあの娘ありである。

「でもなんの心配もいらなかったね。心乃も、君も」

「……有難う御座います」

 決死の覚悟が少しだけ報われた気がした。

「経営の方も正直驚いたよ、前の領主が放り投げてしまうような財政をよくここまで持ち直したものだ」

 日本の実質的なトップとも言える人物からの賞賛は自分のことのように嬉しかった。

「じゃあこれで失礼するよ、今度は正式に遊びに来るさ」

「あっ、仁様!」

 反応は無い。

「真智、なにをしているの?」

 入れ替わるようにして心乃がひょっこり顔を出す。

「心乃様……もうよろしいのですか?」

 町民の方へ視線を向けた、皆一様に心乃に羨望の眼差しを向けている。

「ええ。それに、荒らされた畑の埋め合わせもしなくてはいけないわ」

 既に経営のことに意識が向いている様子の心乃を見て思わず笑ってしまった。昔からそうだ、どんなに褒められ讃えられようとも決して満足せず常に前を向いている。そういうお方だ。

「じゃあ、お屋敷へ戻りましょうか」

「そうね」 

 心乃の一歩後をついて歩く。その背中を守れることが、心乃のメイドであることが、とても誇らしかった。


(終)

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