エピローグ

 ラニスベルグ子爵家が代々護り伝えてきた魔導具。その一つはサラ先輩が残した私宛のメッセージだった。私の込めた魔力に呼応して、魔導具からサラ先輩の声が聞こえてきた。


 それは、最近まで毎日のように聞いていた声。だけど、あの日を境に聞けなくなった声。懐かしさに涙ぐみそうになって、私は魔導具をぎゅっと握り締めた。


『いまこれを聞いているのは何年後かしら? あたしの予想だと200年前後なんだけど……どう? 当たってる? 当たってるでしょ? ふふっ、貴方の驚く顔が目に浮かぶわ』


 続いて聞こえたのは、私の記憶にあるのと寸分違わぬ脳天気な声だ。


「……相変わらずですね、サラ先輩」


 涙が引っ込んだ。

 というか、私が200年後に飛ばされていることを予測しているなんて思わなかった。一体どんな想像力を働かせれば、そんな結論に至れるのか知りたいものだ。


『カナタが行方不明になったとき、あなたに預けたネックレスの反応がなくなったと知って考えたの。あなたは死なないって約束した。だからきっと死んでいない。ネックレスの位置情報が届かないくらい、何処か遠くへ飛ばされたんだって。だから転移陣を解析したのよ』


 よくそんな可能性を信じたなと呆れる。


『……もちろん、最悪の可能性も何度も考えたわ。でも、あなたがこれを訊いているってことは、生きていたってことよね。生きて、これを聞いているのよね』


 ――違う。

 サラ先輩は脳天気な訳じゃない。私が未来でこの魔導具を起動することを前提にしているから、私が無事なことを前提に話しているだけなんだ。


「……心配掛けて、ごめんなさい」


 私が呟くのを待って、サラ先輩が再び話し始める。これはあくまで録音された音声だが、私が返答することを見越して録音しているのだろう。


『あなたにはたくさん言いたいことがあるけど、あまり長いメッセージは残せないの。だから手短に行くわね。まず貴方はこう思っているはずよ』


 そこで彼女は一度言葉を切って、


『自分を攫おうとした領主の子孫なんて信用できない――って』


 声のボリュームを上げてそう発言した。周囲で再生される声を聞いていたラニスベルグ子爵家の者達が驚いて私に視線を向ける。


『カナタのことだからどうせ、警戒して突っかかったりしてるでしょ? ごめんなさいね、ラニスベルグ子爵家のみなさん、その子、不器用な上に素直じゃないのよ』

「……ぐぬぅ」


 否定したいけれど、既にランスロット様とトラブった後なので反論できない。


『そしてカナタ、安心して。あのむかつく当主は失脚したわ。あなたの発表を故意に遅らせ、人類反撃の鍵を失った罪で、ね』


 そういえば、所長が発表会で苦言を呈すると言っていた。

 その直後に迷宮の氾濫が起き、私は行方不明。そして金庫からは人工魔石が見つかった。領主の嫌がらせが原因で、人工魔石のレシピが失われた証拠が揃っている。

 領主がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


『そんな訳で、ラニスベルグ子爵家は所長が後を継ぐことになったの。だから、いまあなたの側にいるラニスベルグ子爵家の人達は、所長の子孫達のはずよ』


「……え、所長の?」


 もちろん、私を攫おうとした領主の子孫も、所長の子孫も、私にとっては他人に違いない。先祖の功罪が、いまの彼らに関係がある訳でもない。

 だけど、それでも、私のラニスベルグ子爵家に対する印象は大きく変わった。


『あたしの造った魔導具や資料は彼らに託してあるから協力を仰ぐといいわ。所長の子孫だし、魔導具についても研究しているはずよ』


 私はようやく、サラ先輩がこのようなメッセージを残した理由に気付く。

 私が生きていると信じ、私が生きて約束を果たそうとすると信じ、ラニスベルグ子爵家に魔導具やその知識を託したのだ。


『それに、あたしの子孫もいるはずよ。貴方からもらった魔石で造ったお守りが目印。貴方ならすぐに分かるわよね。それとも……既にそこにいるのかしら?』


 私は笑って、シェリルを引き寄せた。


「うん、すぐに分かったよ」

「あ、あたし?」


 戸惑うシェリルを前に魔導具が続きを再生する。


『あたしの子孫。貴方が男なのか、女なのか、何歳なのかも分からないし、魔導具師なのかすら分からない。でも、もし魔導具師なら……どうかお願い。カナタに力を貸してあげて』


 シェリルは無言で私を見て、こくりと頷いた。

 私の胸に熱いものが込み上げる。


『それと……カナタ。あなたのことは原初の因子継承師と名付けたわ』


 いや、恥ずかしいんだけど――と私が思った瞬間、彼女はそれを見越したように続けた。


『泊を付けた方が周囲の協力を得やすいでしょ? だから、もし的外れな二つ名でも怒らないでよ。魔石の精製方法を示す資料を残さなかったカナタが悪いんだからね』


 それに関してはぐうの音も出ない。たしかに資料を残しておけばよかった。だが、あの日、迷宮の氾濫が起きなければ問題なく伝えていたはずなのだ。

 不運な事故と片付けるにはあまりに大きすぎる代償だ。


『さて、時間も残り少なくなったから最後にお礼を言わせて。……カナタ、あのとき、あたしと赤ちゃんを助けてくれてありがとう。おかげで、息子は元気に育っているわよ』


 息子だったんだ。サラ先輩の子供、見たかったなぁ~

 ――と、暢気に考えていると、サラ先輩の声色が激変した。


『でもね、あたしは怒っているの。バカバカ、カナタの馬鹿! 死ななければいいってものじゃないわよ! あなたが行方不明になって、どれだけ心配してると思ってるのよ! 絶対にあたしの手でひっぱたいてやるわ! だから、首を洗って待ってなさい!』


 物凄い剣幕で怒られてビクッとなった。

 だけどそれより、彼女の紡いだ言葉の意味に気付いて頭の中が真っ白になる。

 いますぐにその言葉の意味を問いただしたい。だけどサラ先輩はここにおらず、魔導具も私の疑問には答えてくれない。魔導具の再生はそこで終わってしまった。


「……ホント、相変わらずですね」


 それ以上はメッセージがないことを確認して、私は魔導具への魔力供給をストップした。それから、魔導具をラニスベルグ子爵に返そうと差し出すが、彼は首を横に振った。


「それはキミが持っているべきものだ」

「……感謝します」


 私はサラ先輩の魔導具をぎゅっと胸に抱いた。

 そんな私を見て、ラニスベルグ子爵が口を開いた。


「あらためてキミの口から聞かせて欲しい。キミは――」

「――はい。私が原初の因子継承師です。彼女の予想通り、私は人工魔石を造る術を見つけました。彼女の残した魔導具の魔石は私が造ったものです」


 サラ先輩から託された想いを引き継ぎ、私は自分の秘密を打ち明けた。

 周囲からざわめきが上がるが、私はもう迷わない。


「ラニスベルグ子爵、サラ先輩が言っていましたね。必要ならあなたを頼れ、と。私達の後ろ盾になってくださいますか?」

「もちろんだ。そして、原初の因子継承師よ。どうか、人類のために力を貸して欲しい」


 ラニスベルグ子爵が私に頭を下げた。

 自分のためにでもなく、この町のためでもない。人類のために力が必要だという。彼がサラ先輩の意志を継いでいる以上、私の答えは最初から決まっている。


「もちろんです。まずは森にある迷宮の氾濫を止めましょう」

「感謝する。もちろん、必要な支援は惜しまないつもりだ」


 こうして、ラニスベルグ子爵との取り引きが成立した。


「カナタさん、わたくしも協力させてください」

「俺もだ。失態をした分も、全力で協力すると誓う!」


 ローズマリー様とランスロット様が続けて駆け寄ってきた。最初から人当たりのよかったローズマリー様はもちろん、ランスロット様も頼もしく感じられる。

 私は二人の申し出に感謝の意を伝え、最後にシェリルへと向き直った。


「シェリルも、手伝ってくれる?」

「当然じゃない。あたしを一流の魔導具師にしてくれるんでしょ?」

「もちろん、約束は守るよ」


 私は素直じゃないし、嘘だって吐く。

 でも、約束だけは違えない。

 だから――


「あなたと私、みんなで最高の魔導具を造ろう」

 

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世界で唯一人工魔石を造れる少女と、魔導具師見習い少女の物作りな日々!【原初の因子継承師カナタは約束を違えない】 緋色の雨 @tsukigase_rain

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