彼女は約束を違えない 2
「お父様、申し訳ありません。実は――」
ローズマリー様が状況を説明しようとラニスベルグ子爵の前に駆け寄る。
「分かっている、途中から見ていたからな」
彼はローズマリー様のセリフを途中で遮り、それから私へと向き直った。
そして――
「息子の非礼をお詫びする」
私に向かって深々と頭を下げる。
「……ち、父上?」
声を零したのはランスロットだ。
だが、ラニスベルグ子爵は意に介さずに頭を下げ続ける。
「頭を上げてください、ラニスベルグ子爵。私は口を挟んだだけですから」
「なるほど、キミがカナタさんか。ではそっちのキミがシェリルさんだね?」
「は、はい、あたしがシェリルです」
緊張した面持ちのシェリルを前に、彼は再び申し訳なかったと頭を下げた。
「あ、頭を上げてください」
「息子の非礼を許してくれるのか?」
「あ、あたしはその、気にしてません。ただ、このネックレスは大切なものなので……」
「ふむ。なるほど……たしかに、うちが所有するのと同じデザインだな。差し支えなければ、そのネックレスを手放したくない理由を訊いてもよいだろうか?」
「これは母の形見なんです」
「……母君の。そうか……そういうことか。ならば、決してそのネックレスを取り上げるような真似はしない。息子達にもさせないと誓おう」
「あ、ありがとうございます!」
シェリルが安堵の笑みを零す。
どうやら、丸く収まりそうだと私も安堵の溜め息を零した。
「さて、ランスロットよ。聞いての通りだ。ネックレスのことは口出し無用だ。だが、そもそも、なぜこのような愚かな真似をした?」
「も、申し訳ありません。ただ、俺は先日の失態を少しでも取り戻したくて……」
「やはり、そういうことか……」
「お兄様、まだ気にしていらっしゃったのですか!?」
ラニスベルグ子爵が額に手を添え、ローズマリー様が目を見張る。
「重ねて息子の非礼をお詫びする。どうやら息子は――」
「待ってくれ、父上」
「なんだ?」
「俺が話す。俺の失態だからな」
「……いいだろう、自分で挽回してみせろ」
そんなやりとりの後、ランスロットが私達の前に立つ。またなにか言われるのかと身構えるが、彼は父親と同じように、私達に向かって頭を下げた。
「頭に血が上って、脅すような前をしてすまなかった」
「……なにか、理由があるのですか?」
私が問うと、彼は実は――と事情を話し始めた。それによると、この屋敷から魔導具が盗まれた原因の一端が彼にあるらしい。といっても、彼が抱える使用人の一人が内通者として、外部のものを引き入れた、ということのようだ。
「それはおまえの責任ではないといったはずだ」
「そうですわよ。お兄様の使用人ではなく、わたくしの使用人が内通者になる可能性もありました。お兄様だけが責任を感じることではありません」
「それでも、俺が気付いていれば、貴重な魔導具が失われる事態は避けられた」
彼は父や妹の慰めを撥ね除け、再び私達に視線を向ける。
「俺のせいで、貴重な魔導具が失われた。だから、その損失を取り戻したいと焦っていたときに、彼女のネックレスを見てしまったんだ」
「……シェリルのネックレスを、盗まれた魔導具の代わりにしようとしたんですね?」
「そうだ。だが、だからといっておまえ達を脅していい理由にはならない。ましてや、母の形見を取り上げようとしていい理由には絶対にならない。本当にすまなかった」
彼はもう一度頭を下げる。
それに対して、シェリルがもう気にしていませんからと慌てている。
焦って間違えたけど、彼はサラ先輩の魔導具を大切にしてくれているようだ。
分かっていなかったのは私も同じかもしれない。
「私もあなたに失礼なことを言いました。申し訳ありません」
自分の非を認め、私はランスロット様に謝罪した。
「いや、悪いのは俺の方だ」
「……では、お互い様と言うことで、水に流しませんか?」
「おまえがそれでいいのなら。……ありがとう」
彼は憑き物が落ちたように穏やかに笑った。
「平和に解決出来たようで安心しましたわ。ところで、カナタさん、さきほどの力はなんだったのですか? あの魔剣に、あのような力があるなんて初めて知りました」
「あれは……」
ローズマリー様に問われて私は視線を泳がせた。
それを説明するには、私の素性を明かす必要があるからだ。
そうして視線を彷徨わせていると、ラニスベルグ子爵が口を開いた。
「おまえ達にはまだ話していなかったな。いまこそ、ラニスベルグ子爵家がアーティファクトの多く所有し、護り続けている理由を話そう」
「……理由、ですか?」
「そうだ。我が子爵家が多くの魔導具を所有しているのは、あるお方に託されたからだ」
その言葉に私は目を見張る。
それに気付いたのかどうか、彼は静かな口調で話し始めた。
「200年前、森の奥で迷宮の氾濫があったことは知っているだろう。あのとき、多くの技術者と魔導具を失った。この国の魔導具の技術が大きく後退した原因とも言われているな」
私にとっては、つい一ヶ月前の出来事だ。
だが、ローズマリー様は、歴史の授業で学びましたと相槌を打った。
「お父様は、その失われた技術を取り戻すために尽力なさっているのですよね?」
「その通りだ。だがそれはどこの領地でも同じことだ。ラニスベルグ子爵家が、特別多くの魔導具を所有している理由にはならないとは思わないか?」
「言われてみると……その通りですわね。その理由が『託されたから』ですか?」
「そうだ。迷宮の氾濫で生き残った、当時最高の技術を持つ魔導具師から魔導具を託されたのだ。いつかこの地に現れるであろう、この世界を救う鍵となる少女に渡して欲しい、と」
私は息を呑んだ。
そのメッセージはきっと、サラ先輩から私宛のメッセージだと思ったからだ。
だが、私の正体を知らないローズマリー様達は首を傾げる。
「その、世界を救う鍵となる少女というのはなにかの隠語なのですか?」
「いや、原初の因子継承師のことを指している」
「原初の因子継承師、ですか?」
これは私も知らない言葉で、その場で話を聞く全員が首を傾げた。
「ランスロット、それにローズマリー。おまえ達は、この子爵領に強力なアーティファクトが数多く残っていることに疑問を持ったことはないか?」
「数百年前まで、迷宮で魔石を得ることも多かったと聞いています。迷宮産の魔石を使っているのなら、それほど不思議なことはないのではありませんか?」
答えたのはローズマリー様だ。
だがランスロット様が「いや、考えてみるとおかしい」と反論した。
「お兄様、どこがおかしいのですか? 迷宮からなら強力な魔石を得られるではありませんか。であれば、子爵領に強力な魔導具が残っていてもおかしくはないはずです」
「いや、違う。200年前まで、このラニスベルグ子爵領は内地だったはずだ。だから、この子爵領に強力な魔石があるはずがないのだ。強力な魔石は、どの領主も手放さぬからな」
「……たしかに、そう言われると不自然ですわね」
その答えを私は知っている。
そして、もしかしたら――と視線を向けると、ラニスベルグ子爵は再び話を再開した。
「ラニスベルグ子爵家が保管する魔導具の多くは、200年前の偉大な魔導具師が作った。一部は王に献上したが、その大半はラニスベルグ子爵家が保管していた」
「素晴らしい魔導具師だったのですね」
「だが問題は、魔石の出処だろう。その魔導具師が強力なツテでも持っていたのか?」
感心するローズマリー様に、疑問を呈するランスロット様。
そして、ラニスベルグ子爵は――
「結果から言おう。我が子爵家が保有する魔導具の魔石は、人工物だと言われている」
その答えにたどり着いていた。
答えを予想していた私は驚かなかったけど、シェリルはピクリと肩をふるわせた。
「人工物? 魔石を人工的に作るなど可能なのですか?」
ローズマリー様の問いにラニスベルグ子爵は「分からない」と答えた。
「誰もその方法を解明できなかった。だが、当時の研究員の一人が魔石について研究していた。人工魔石とおぼしき魔石からは残らす彼女の魔力パターンが検出されたそうだ」
「状況証拠、ということですよね? なぜ、本人に聞かなかったのですか?」
「迷宮の氾濫で行方不明になったからだ」
「そんな……」
「なんてことだ。そいつがいたら、世界が変わっていたかも知れないのに……」
ショックを受けるローズマリー様とランスロット様。
そして、さきほどから無言のシェリルは既に気付いているのかもしれない。彼女はラニスベルグ子爵にこう尋ねた。「その、原初の因子継承師の名前はなんというのですか?」――と。
「原初の因子継承師の名前はカナタと言うそうだ。彼女と同じ名前だな」
ラニスベルグ子爵の言葉に異なる反応があった。面白い偶然だと驚くローズマリー様達と、やはりと驚くシェリルの二通りの反応である。
そして、ラニスベルグ子爵はこう続ける。
「カナタさん、キミがその原初の因子継承師だね?」――と。
ローズマリー様達は冗談が過ぎると笑うが、私は沈黙で返した。
そして、無言は肯定も同然である。
笑っていた者達の表情が怪訝、そして困惑へと変化する。
「カナタさん、どうか真実を教えてくれないだろうか?」
「私は……原初の因子継承師という名前を初めて聞きます」
「それでも、あなたのことを指しているのではないか?」
「……もし、そうだと答えたらどうするつもりですか?」
私はかつてのラニスベルグ当主に攫われそうになった。返答次第では歴史を繰り返す可能性もある。だけど私は、先ほどの件で謝罪してくれたラニスベルグ子爵に賭けることにした。
果たして――
「魔導具師サラより、原初の因子継承師カナタへのメッセージを預かっている」
「――それを聞かせてください!」
反射的に叫んでいた。刹那、様々な感情の込められた視線が私に向けられるが、私は体裁をかなぐり捨ててラニスベルグ子爵に詰め寄った。
「焦らずとも用意してある。この魔導具に魔力を注いでみるといい。魔導具師サラのメッセージを受け取るべき人間であるなら、託されたメッセージが流れるはずだ」
「お借り、します」
声が震えないように気を付けて、彼からオーブのような魔導具を受け取る。
しかし、その魔導具には魔石がついていなかった。私の魔力パターンで起動するように調整してあるのだろう。そう理解して、魔導具に直接魔力を注ぎ込んだ。
魔導具が淡い光を放ち、そこから懐かしい声が聞こえてくる。
――久しぶりね、カナタ。
きっと生きているって信じていたわ。
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