彼女は約束を違えない 1

 招待された当日の午後。

 私とシェリルは領主様のお屋敷に向かう準備をしていた。


 シェリルが身に付けるのはオフショルダーで胸元を強調したワンピース。

 強調した胸元には彼女が大切にしているネックレスの魔導具が輝いている。更に髪型も変えて後ろで緩やかに纏め、唇には紅を引く。いつもよりもずっと大人びた装いだ。


 対して私は刺繍の入った無地のブラウスに、アシンメトリーのティアードスカート。

 ストールを羽織って胸を強調しないデザイン。スカートは重ねたシースルー生地で、片側が大きく切れ上がっている。加えてヒールの高い靴を履いて、より足を長く見せている。

 ちなみに、髪型はシェリルとおそろいにした。


「ねぇカナタ、あたしの恰好、本当に変じゃない?」

「似合ってるよ。アリアさんのセンスは本物だね」


 性癖が偏っている感はあるけれど、その方向性で似合う服を選ぶセンスは本物だ。シェリルがこの格好で何処かのパーティーに出席したら狼が群がってくることだろう。

 そして、真っ赤になって慌てるシェリルの様子まで目に浮かぶ。


 アリアさんのセンスは本物だ。

 私は胸元を強調せず、足が綺麗に見えるようなデザインのロングスカート。自分のスタイル的にもあっているし、好み的にも悪くない。

 そんな風に考えながら、私も魔導具のネックレスを付ける。


「カナタ、そのネックレスってあたしが持ってるのと同じデザインだよね?」

「そうだね。もしかしたら作者が同じなのかもしれないね」


 ネックレスの制作者ではなく、魔導具師が――とは言わずに応じる。シェリルも深い意図があって聞いた訳ではなかったようで、「そうかもね」と答えた。

 直後、扉がノックされた。

 返事をするとチェスターくんが姿を見せるが、彼は私達を見て固まってしまった。


「チェスターくん、どうかしたの?」

「ん? あ、いや、ファッション誌で見た二人が目の前にいるのがなんだか不思議だな、と」

「あぁ……たしかに、そうかもね。――似合ってる?」


 私はクルリと回ってスカートの端を持ち上げ、意味ありげにウィンクをして見せた。


「お、おう。凄く似合ってるぞ」

「ありがと、チェスターくん」


 自分の目で見るよりも、他人に見てもらった方が安心だ。そう思って微笑むと、チェスターくんの顔が少しだけ赤くなった。


「兄さん、カナタはあたしのだからね?」


 シェリルに背後から抱き寄せられた。


「……いや、私はシェリルのじゃないよ?」

「それより兄さん、なにか用?」

「うん、聞いてないね」


 いつものことだけどさぁ……と、溜め息を吐く。


「あぁそうだった。領主様の屋敷から迎えの馬車が来てる」

「え、それを早く言ってよ! カナタ、準備はいい?」

「うん、大丈夫だよ――って、そんなに慌てなくて大丈夫だから」


 シェリルに手を引かれ、私は慌てて足を踏み出す。


「おいおい、慌てすぎて転ぶなよ」

「分かってるわよ、行ってきます」

「チェスターくん、後よろしくね」


 シェリルに手を引かれながら、私はその後を追い掛ける。そうして迎えの馬車に乗り込んだ私達は、その内装の高級感に驚きながらお屋敷へとたどり着いた。



 屋敷の前で馬車を降りると、使用人達が出迎えてくれる。


「カナタ様とシェリル様ですね、ようこそいらっしゃいました。部屋まで案内いたしますので、どうぞ私に着いてきてください」


 メイドの案内に従って屋敷の廊下を歩く。

 立派な建物で絨毯もふかふかではあるが、調度品は控えめだ。さすが貴族様のお屋敷という凄味はあるが、お金持ちであることを見せつけるような嫌らしさはない。


「こちらでお待ちください」


 メイドに案内されたのは大きな応接間。着席を勧められてソファに腰を下ろす。メイドが控えてはいるが手持ち無沙汰。周囲を見回すと、壁に飾られた魔導具の剣が目に入った。


 鑑定した私は目を瞬いた。

 その魔導具の剣――魔剣に使われている魔石が、私の造った人工魔石だったからだ。

 効果因子が六つで、攻撃特化に有効な因子だけで構成されている。ただし、一番必要な増幅の効果因子が継承されなかった。惜しい魔石なんだけど……と、その魔剣を眺めていた私は、その魔導具に込められたギミックに気付く。

 間違いない。

 この魔剣を創ったのはサラ先輩だ。


「あの魔剣は?」

「ご当主が所有している魔導具の一つです」

「そうですか……」


 いまの領主様は、私を攫おうとした領主じゃない。それは分かっているけれど、サラ先輩の造った魔剣が領主様の下に持ち込まれた理由を想像するともやっとする。

 そんなことを考えていると可愛らしい女の子が姿を現した。

 見た目は幼いが、服装的に領主様のご令嬢だろう。

 私すぐに席を立って頭を下げた。


「本日はお招きありがとうございます。私はカナタ、彼女が魔導具師のシェリルです」

「は、初めまして、シェリルです」

「あら、ご丁寧にありがとうございます。わたくしはローズマリー・ラニスベルグ。この町を治めるラニスベルグ子爵の娘ですわ。お父様が所用で少し席を外しておりまして、お父様が来られるまで、わたくしがおもてなしをさせていただきます」


 彼女は私達の向かいのソファに座り、メイドに合図を送る。すぐにメイドがトレイに乗せたお茶菓子を彼女や私達の前に並べていった。

 シェリルよりも明らかに年下。おそらく十四、五歳くらいだろう。にもかかわらず、彼女からは大人びた令嬢の気品が感じられる。

 というか、私の知る200年前の領主よりもよっぽど立派だ。

 そんな彼女が紅茶に口を付け、私達にどうぞと勧めた。


 シェリルが、どうしたらいいのと視線を向けてくる。

 けど、私だって、貴族の礼儀作法なんて詳しくない。たしか、ホストが口に付けた後、勧められたらそれに応じればいいんだよね? それとも、二度勧められてから、だっけ?

 いや、たしか貴族の場合は、毒味を兼ねてホストが最初に口を付ける。だから、一回目の後で問題なかった気がする――と、私はティーカップを口に運ぶ。


「ふわぁ……凄く爽やかな香り」

「ふふっ、気に入っていただけて嬉しいです。わたくしのとっておき、ファーストフラッシュの茶葉を用意したんですよ」

「それは……その、恐縮です」


 私が言葉通りに恐縮していると、シェリルにツンツンと袖を引かれた。


「ねぇねぇ、カナタ。ファーストフラッシュって春摘みのことよね? いまだと、セカンドフラッシュの茶葉が出回ってる時期じゃないの?」

「うん。だから、長期保存していた茶葉を出してくれたんだと思うよ」


 茶葉は摘んだ季節によって微妙に味や香りが異なる。

 ゆえに、人によって好みが分かれるところだが、長期保管にはそれ相応の管理が必要になるため、一般人はその季節に摘まれた茶葉を使うことが多い。

 とっておきを用意したというのは、誇張じゃない可能性が高い。


 正直にいえば意外だ。

 もっと高圧的な態度で来られると思っていた。


「紅茶の長期保存かぁ……魔導具で作れないかな?」

「コストと見合うかどうか、だね。でも、それを考えるのは後で、だよ」


 ローズマリー様が向かいにいることをほのめかすと、シェリルは慌てて姿勢を正した。それを見たローズマリー様がクスクスと笑う。


「お二人はとても仲がいいのですね」


 ローズマリー様の言葉に――


「シェリルは私の恩人なんです」

「カナタは私の恩人なんです」


 私とシェリルは同時に答えて顔を見合わせる。

 直後、ローズマリー様が再び笑みを零した。


「本当に仲良しなのですわね。一体なにがあったのか、もしよろしければ、わたくしにも聞かせていただけますか?」


 私は答えあぐねた。町を管理するのは領主の仕事であり、町の近くで魔物に襲われたというのは領主批難に繋がりかねないと思ったからだ。

 そんな一瞬の沈黙に、シェリルが口を開いた。


「あたしはカナタのおかげで魔導具を造れるようになったんです」

「え、それは最近の話ですか? シェリルさんはとても優秀な魔導具師だと聞いていますが」

「等級の低い魔石に複雑な魔法陣を刻もうとしていたのが原因みたいで。カナタから教えてもらうまで、毎日クズ魔石に魔法陣を刻もうとしては、魔石を粉々に砕いていました」

「それは、また……凄い、ですね」


 ローズマリー様の反応に私は少しだけ驚いた。凄いと感心する彼女は、魔石を砕くことの意味に気付いているような気がしたからだ。

 私は思わずそのことを尋ねた。


「もしかして、ローズマリー様は魔導具師としての知識があるのですか?」

「未熟ではありますが。実はわたくし、魔導具師を目指しているんです」


 可愛らしくはにかむ。彼女は私達の同士らしい。

 ちょっと近親感を抱いてしまう。


 と、そこにノックの音が響き、ローズマリー様が返事をする。領主様が来たのかと思ったが、姿を見せたのは私と同い年くらいの青年だった。


「あら、お兄様ではありませんか。どうなさったのですか?」

「いやなに、父上が気になる人物を屋敷に招待したと聞いてな。俺も少し話を聞かせてもらおうと思ったのだが……」


 ローズマリー様の兄が私達に視線を向ける。

 私を見て、シェリルを見て、その強調された胸元を見てセリフを飲み込んだ。そのまま沈黙し、シェリルの胸元をマジマジと見つめる。


「お兄様、そのように女性を見つめては失礼ですわよ」

「はっ? 馬鹿、違うっ! 俺が見ていたのはネックレスだ! うちから盗まれたアーティファクトと同じデザインじゃないか!」

「お兄様、失礼ですわよ。それにデザインこそそっくりですが、お守りの効果が違います」

「……む? ……ふむ、たしかに。早とちりのようだ」


 彼の足下に一瞬だけ魔法陣が浮かんだ。鑑定の魔術を使ったのだろう。

 加えてさきほどのやりとり、ローズマリー様もいつの間にか鑑定を使ったようだ。私には見えなかったが、会話の途中で足下にこっそり魔法陣を展開していたのだろう。


 鑑定は日常的に使われているので、こっそり使ってもマナー違反とはならない。というか、それがマナー違反だった場合、私がマナー違反を犯しまくりである。なので問題は、シェリルのネックレスと、盗まれたアーティファクトのネックレスが同じデザイン、ということだ。

 この屋敷にある魔導具は、サラ先輩が造った魔導具ばかり、なのだろうか?


「名乗るのが遅くなったな。俺はランスロット。ラニスベルグ子爵家の長男だ」

「あたしはシェリル、こっちはカナタです」

「そうか。ではシェリル。いきなりだが、そのネックレスを譲ってくれ」


 ランスロット様が唐突にそんな言葉を発した。


「え、その、このネックレスはお譲りできません」

「無論、相応の礼はする」

「いえ、その……」

「お兄様、失礼ですよ」


 言い淀むシェリルを見かねてか、ローズマリー様が兄をたしなめる。だが彼は「いまは交渉中だ。ローズマリーは黙っていろ」と妹を牽制。


「シェリル、そなたは知らぬだろうが、その魔導具はラニスベルグ子爵家が管理するアーティファクトの一部、真の所有者は父上なのだ。だから、おまえはその魔導具を譲るべきだ」


 その瞬間、私の中でなにかが弾けた。。


「彼女がどんな想いで魔導具を造ったのか知らないくせに、真の所有者を名乗らないで」


 私がそう口にした瞬間、その部屋の空気が凍り付いた。ローズマリー様とシェリルが息を呑んで、ランスロットが私を睨み付けた。


「……いまのは、俺に言ったのか? ラニスベルグ子爵家が、アーティファクトを所有するに相応しくないと言っているように聞こえたが」

「申し訳ありません、口が滑りました」


 私は口が滑ったことは謝罪するが、内容については訂正しない。それに気付いているのだろう。ランスロットは無言で私を睨みつけてくる。

 私は無言でその視線を真っ向から受け止めた。


 ここで逆らうべきじゃない。それは分かっている。それでも、シェリルを脅しつけ、サラ先輩の思いを踏みにじるような彼の発言を見過ごすことは出来なかった。


「あなた方がどのような経緯で魔導具を所有することになったか、私は知りません。ですから、あなた方が魔導具を所有することを否定するつもりもありません。それでも……」

「それでも、真の所有者ではない、と?」

「…………」


 沈黙は肯定。

 周囲の空気が張り詰めていく。


「カ、カナタ、いくらなんでも言い過ぎよ」

「お兄様も、相手が嫌がっているのに無理強いはよくありませんわ。それに、彼女達はお父様のお客様です。勝手をしてはお父様にしかられますわよ」


 シェリルが私の袖を引き、ローズマリー様はランスロットをたしなめる。

 だが、


「……言うに事欠いて、代々アーティファクトを護るラニスベルグ子爵家を侮辱するか」


 彼は引き下がれるラインはとっくに越えていた。

 そして、私も――


「真の所有者だとおっしゃるのなら、なぜ魔剣を壁に飾っているのですか?」

「……どういう意味だ?」

「あれは武器です。それ以上の説明が必要ですか?」


 名剣を壁に飾るのは珍しくないし、それが悪いことだとは言わない。

 だけど、私やサラ先輩が武器の魔導具を造るのは、魔物に支配される領域を取り戻そうと最前線で戦う人達を支援するためだ。決して、お屋敷の装飾品にするためじゃない。


「なるほど、おまえの言い分は理解した。たしかに使ってこその武器だ。だが、その力をろくに引き出せない者に授け、この世から失われるようなことは見過ごせぬ」

「……ならば、貴方はあの武器を使いこなせるのですか?」

「当然だ。ラニスベルグ子爵家の者として、必要な訓練はしている」


 ランスロットが壁際に歩み寄り、そこに飾られている剣を手に取った。続けて鞘から剣を抜き、遠目から私に向かって突きつける。

 刹那――刀身が様々な淡い色の粒子を纏い始めた。

 高レベルの効果因子が発動しているときに発生する現象だ。


「見ろ。これがこの魔剣の力だ」

「……分かっていませんね」


 私は彼に向かって一歩踏み出した。


「その魔導具を造った彼女は天才です。少しでも強い魔導具を創り、少しでも多く人類のためになるようにと、様々な工夫を凝らしたんです」

「……急になんの話だ?」


 彼が怪訝な顔をする。それと同時に剣から光の粒子が消えてしまった。長らく放置していたせいで、魔石に魔力が残っていなかったのだろう。


「貸してください。真の力を見せましょう」

「真の力だと? そんな力は聞いたこともない」

「それは貴方が真の所有者ではないからです」

「……いいだろう。そこまで言うのなら証明してみせろ。もし証明できるのなら、おまえが真の所有者だと認めてやる。ただし、証明できなければ彼女のネックレスは譲ってもらうぞ」

「分かりました。そのときはこのネックレスを差し上げます」


 胸に掛かっているネックレスを軽く持ち上げる。万が一にも負けることはないが、それでもシェリルのネックレスを掛け金に使うことはできない。

 まぁ私のネックレスも、サラ先輩からの預かり物なんだけどね。


 とにかく、そのネックレスを示した瞬間、ランスロットが目を見張った。


「まさか、同じデザインのアーティファクトがもう一つ、だと!?」


 シェリルとおそろいだったのに、私の胸に輝くネックレスには気付いていなかったようだ。

 シェリルの胸元を強調する服のデザインが凄いのか、私の胸元から視線を外す服のデザインが凄いのか、どっちにしてもランスロットを殴りたい。


 私はランスロットの手から魔剣を奪い取り、その魔石に魔力を注ぎ込んだ。

 続けて、剣の柄を握って、そちらにも魔力を通す。

 そして――発動。


 刀身が光の粒子を纏う。それは、さきほどの淡い光の粒子とはまるで違う。青、赤、緑と明確な色を帯びた光の粒子を纏い、金色に煌めく強い光が刀身から立ち上った。


「な、なんだその光は!」

「これが魔剣の真の力です」

「嘘を吐くなっ! 俺はそのような効果があるなんて知らない!」

「知らないのなら、それは真の所有者ではない、ということです」

「――ぐっ」


 ランスロットはよほど自信があったのだろう。

 目の前の、決して否定しようのない事実を前に顔面が蒼白になる。


 彼の言い分に従うのなら、これでこの魔剣の真の所有者は私だ。そして、真の所有者でないのなら、真の所有者に譲ることが正しいと彼は言った。

 だけど――と、私はローズマリー様に視線を向ける。


「さきほども言いましたが、私は真の所有者が所持するのが正しい、などと言うつもりはありません。ただ、シェリルのネックレスはシェリルの物、それを認めていただきたいだけです」


 私の意図に気付いたローズマリー様がハッとする。


「そ、そうですわ、お兄様。彼女はネックレスを大切にしているご様子。真の所有者などと主張し、彼女からネックレスを取り上げるべきではありませんわ!」


 やはりローズマリー様は聡い。

 私は真の所有者などといって、魔剣の所有権を主張するつもりはない。だから、そちらもネックレスの所有権を主張しないで欲しいという、私の意図を汲み取ってくれた。

 その上で彼女は続ける。


「それに、お兄様はお父様の想いを誤解なさっています」

「……誤解、だと?」

「その通りだ、我が息子よ」


 不意に新たな声が会話に混じる。視線を向ければ、開け放たれた扉の前に風格の男性の姿があった。その姿を目にした使用人達が一斉に頭を下げる。

 私達を招いた本人、ラニスベルグ子爵家の当主の登場だ。

 

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