領主様に目を付けられた 7

 工房に戻ると、シェリルの手によって既に多くの術式が構築されていた。それに目を通しながら、シェリルに冷えた紅茶を渡す。


「ありがとう、気が利くわね」

「お礼はチェスターくんにね」

「あぁ、兄さん、今日はお休みとか言ってたわね」


 彼女は冷えた紅茶を一口、満足そうに笑って一枚の紙を私に指し示した。


「カナタ、この術式をどう思う?」

「……うん、複雑すぎて私にはよく分からないわ。ちょっと待ってね」


 私はコップをテーブルの上に置いて、紙に書かれた術式を脳裏に焼き付ける。


「ここがこうで……こっちはこう? ……うん、合ってるね」


 魔力を使って、紙に書かれた紋様を紅茶を運んできたトレイに転写する。


「え、ちょっと、カナタ?」


 続けて自分の足下に魔法陣を描き出し、慎重に魔力を注いでいく。

 次の瞬間、トレイが淡い光を放った。

 私という存在を魔石代わりに、トレイが一時的に魔導具化した証拠だ。


「って、カナタ、なにやってるのよ!?」


 いきなり両肩を摑まれた。


「なにって、実験?」

「そうだけどそうじゃないでしょ!? 正しく機能してるか分からない術式で魔術を使うなんて、なにを考えてるのよ! なにかあったらどうするつもり!?」

「大丈夫だよ、そのときは上手く制御するから」


 私は制御力に自信があるが、たしかに制御に失敗すれば怪我をする可能性もある。よくサラ先輩にもこんな風に怒られたなぁ……なんて思った私は、シェリルの顔を見て後悔した。

 彼女が凄く悲しそうな顔をしたからだ。


「カナタ、危ないことはしないで。あなたが怪我をしたら、あたしは嫌よ」

「……分かった、出来るだけ気を付けるよ」


 ここで多少の怪我なら治癒のお守りで治るから平気、なんてことは言わない。その代わり、シェリルの見てないときはやるけど、なんて本心も言わない。


「……カナタ、考えてることが顔に出てるわよ」

「いひゃい。ほめん、できるひゃけ、気をひゅけるひゃら」


 建前を繰り返すと、溜め息を吐かれた。


「もう、怪我をしたら許さないからね? 出来ればやって欲しくないけど、カナタは言っても聞きそうにないから、やるなら絶対に制御して。じゃないと許さないわ」

「うん、分かった。最善の注意を払って制御するよ」


 歩み寄ってくれたシェリルに対して、私も少しだけ歩み寄る。でもって、さっきよりは少しだけ慎重に、魔法陣だけを書き換えても術が発動するかのテストもおこなう。

 もくろみ通り、トレイがさきほどとは違う効果を持つ魔導具と化した。

 それはつまり、切り換え式の術式が正しく動いている証拠だ。


「……凄いわね、シェリルは」

「ありがとう。でも、カナタのアドバイスがなかったら絶対、出来なかったから」

「私は大したことしてないけどね。でも、シェリルがそう言ってくれるのは嬉しいよ。だから、試作品を作って、ギルドマスター達を驚かせちゃおう」


 さっそく試作品を作ることにする。

 今回の試作品は、使い捨てでない魔石を使う。魔石屋で買うと高価になるため、私が等級だけを上げた、効果因子の組み合わせがいまいちな人工魔石を用意する。


 そのあいだに、シェリルには魔術師ギルドで軽い木製の杖を購入してもらった。即席で、魔石を填めるパーツだけを取り替えられるように加工もしてもらう。

 そうして出来た試作品の杖を布でくるみ、魔導具ギルドへと足を運んだ。


 魔導具ギルドの扉をくぐると、やら楽しげな声が聞こえてくる。聞き覚えのある声に視線を向ければ、待合用のスペースでリズさんやフレッドさんのパーティーが楽しげに喋っていた。

 そんな彼らが私達に気付いて声を掛けてくる。


「よう、嬢ちゃん達じゃねぇか」

「フレッドさん、こんにちは。今日はリズさん達と一緒なんですね」

「そこで出くわしただけだ。用件が同じだったようでな」


 フレッドさんとリズさんが私達の前に立つ。他のメンバー達は少し控えたところでこちらをうかがっているのを見るに、なにか話があるのだろう。


「私達に用事、ということですよね? どのような用件ですか?」

「ああ、まぁ……その、なんだ。契約を結んだからといって、すぐに試作品のモニターをさせてもらえるとは思っていない。だが、出来ればあの服を入手したいと思ってな」

「服というと、防暑の服ですか?」

「そう、その服だ。あれは既に商品化してるみたいだし、モニターとして貸与して欲しいなんて贅沢を言うつもりはない。ただ早めに売ってくれるだけでも助かるんだが……」

「売るのは構いませんが、早めにとなると……」


 私は頬に指先を添えて考える。

 ギルドに魔導具師を募集している現状。他の受注も把握していないので、アリアと相談しなければいつごろに供給できるか分からない。

 と、シェリルが肩をぶつけてきた。


「アリアの方が忙しければ、彼らの分はあたしが作るわよ」

「いいの?」

「もちろん、あたしがカナタの頼みを断る訳ないでしょ?」

「ありがと、シェリル。――という訳なので、優先的に作るのは問題ありません。アリアさんに話を通しておくので、店に足を運んでくださいますか?」

「おう、助かるぜ。これから、森は暑くなるからな」

「あぁ、もうそんな季節ですね」


 直射日光こそ遮られるが、森は風が遮られ、湿度も高くなる。軽装の人間はともかく、重装備を身に付ける近接タイプの冒険者は大変だろう。

 そういうことなら、そっち系の試作を優先的にシェリルと相談した方がいいかもしれない。

 でも、取り敢えずは――


「話は変わりますが、あなた方に試用して欲しい装備があります。シェリル――」


 私が呼びかけると、彼女は背中に背負っていた布で包んだ杖を二本。それぞれのパーティーに所属する魔術師、ルシアさんとアイシャさんに手渡した。


「わたくしに渡すということは杖でしょうか?」


 ルシアが首を傾げつつ、杖を包む布を取り払おうとする。


「あっと、出来ればここでは開けないで。これから特許を取る予定なので」


 シェリルの言葉に、ルシアさん達の表情がピシリと固まった。


「いま、なんとおっしゃいました?」

「特許、いまから申請する予定なのよ」

「ええっと……」


 シェリルの言葉を受け、ルシアさんが恐る恐るといった表情で私に説明を求めてきた。


「シェリルがまた新しい技術を思い付いたので、その杖はその技術を使っているんです。内容は最重要機密ですが、いまから特許を申請するから安心していいですよ」

「ぜんぜん、まったく、これっぽっちも安心できないんですが……」

「今すぐ杖を奪われたりしなければ大丈夫です。どうしても心配だって言うなら、申請してから渡しますが――新型の魔導具、早くテストしたくない?」


 最後はいたずらっ子のように笑って誘惑する。ルシアさんと、アイシャさんは物凄く苦悩した据えに、縋るような顔でパーティーのメンバーに視線を向けた。


「あぁ、分かった分かった。その代わり、絶対に奪われないようにしろよ」

「ルシアも、しっかり管理してね」


 フレッドさんに続きリズさんも許可を出す。

 それを聞いた魔術師二人は嬉しそうに杖を抱きしめた。魔術師的にはやっぱり、エンチャントが施されている杖に憧れがあるのかな?


「ところで、あの杖にはどのような効果があるのですか?」

「あれは新技術に対する試作品なので、実はエンチャント自体は大したことがありません。将来的には杖だけじゃなくて……って、え?」


 質問に答えていた私は目を瞬いた。話している相手がいまここにいるメンバーではなく、どこからともなく現れたエミリーさんだったからだ。


「いつの間に」

「ギルドにあなたが来た時点で私には報告が来ますから。それで、さっそく新しい魔導具のモニターを始めるのですか? 差し支えなければ、教えてくださいませんか?」

「いいですよ。というか、特許の申請をお願いします」

「……え? また、ですか?」


 目を見張るエミリーさんに、「またシェリルがやっちゃいました」と私は笑う。


「ちょっとカナタ、私がダメな子みたいに言わないでくれるかしら?」

「あはは、ごめね。シェリルはとっても優秀だよ」

「え、そ、そう? カナタはそう思ってくれるの?」


 照れるシェリルがチョロ可愛いと私は小さく微笑んだ。

 それから、特許を申請するという理由で奥の会議室を借り、そこに両パーティーのメンバーに加えて、エミリーさんは分かるんだけど、なぜかギルドマスターまで参加している。


「ギルドマスター、実は暇なんですか?」

「おまえ達がいつもとんでもない技術を持ち込むから気になって仕事が手につかないんだ」

「それは……ごめんなさい」


 今回の特許でもっと手につかなくなるだろうと思って素直に謝罪した。それが分かったのか、ギルドマスターのこめかみがひくっと引き攣る。


「……それで、今度はどんな発明をしたんだ?」

「思い付いたのはシェリルなので、説明は本人にお願いしますね」


 私は追及を避けるためにシェリルをまえに押し出す。彼女は「これはカナタも一緒に研究したのに」と少し不満そうだが、最終的には私の前に立って、試作品の杖を取り出した。


「この杖はいま、水属性の威力を上げるエンチャントが施してあります」

「水属性の威力アップに効果を絞った特化型か? たしかに効果を絞ることでそれなりの威力アップは期待できるが、汎用性に欠けるのではないか?」

「そうですね。ですが、こうすると――」


 シェリルが杖の先の部分、魔石がハマっている台座をネジって取り外した。ちなみに、さきほど即席で加工したギミックなのでわりと不格好である。

 それもあってか、ギルドマスターが目を剥いた。


「おい、どうして魔導具を壊すんだ!?」

「壊した訳ではありません。ここに別の魔石をこうやって……出来ましたね。これで、この杖は風属性の効果範囲を広げるのに特化した魔導具になりました」

「………………は?」


 ギルドマスターが呆けた顔をさらす。

 渋いおじさま顔が台無しである。


「台座となるパーツごと魔石を取り替えることで、異なる魔導具としてして能力を発動させることに成功したんです。いまは二種類ですが、将来的には――」

「待て、待て待て待て、ちょっと待て!」


 ギルドマスターが手のひらを突きつけ、シェリルの説明を止める。


「前回の、使い捨ての魔導具を繰り返し使う技術のことではないんだな?」

「はい。あれは同じ効果を発動するだけでしたが、こちらは異なる効果を発動させます」

「さっきみたいに、パーツを取り替えるだけで、か?」

「はい。現時点では交換に手間が掛かりますし、種類も限られています。でも、将来的には、それも改善するつもりです」

「……ここからまだ発展するのか、頭が痛い話だ」


 ギルドマスターが溜め息交じりに言い放った。

 だけど――


「マスター、セリフと表情があっていませんよ」


 私の思ったのと同じことをエミリーさんが指摘した。


「ふん。一つの装備を複数の魔導具にするなんて芸当、魔導具の製作が最盛期の時代でも噂程度でしかなかった技術だぞ。一人の魔導具師として期待せずにいられるか」

「……期待するのはかまいませんが、現役に戻るとか言い出さないでくださいよ。いま、魔導具ギルドはかつてないほど大忙しなんですから」

「ぐっ、わ、分かっている」


 ギルドマスターはそう言いつつも、シェリルの手元にある魔導具から視線を外さない。もっとも、シェリルの産みだした技術に興味を惹かれる気持ちはよく分かる。

 私だって、サラ先輩を前に抱いたのと同じ感情を彼女には抱いているから。


 とはいえ、いまはフレッドさん達、冒険者組を待たせているので技術的な話は後回しだ。


「話が逸れましたが、シェリルが産み出したのは、魔導具の能力を切り替える技術です。今回はテスト的な意味合いが強いですが、理論的には他の武器でも同じことが出来ると思います」

「他の武器というと、剣や弓なんかもか?」

「強度やバランスなど、クリアしなくてはいけない問題はありますが、理論上は……」


 出来るとほのめかせば、近接武器を使うフレッドさん達も目の色を変えた。

 だから――


「次に会うまでに、どのような組み合わせが望ましいか考えておいてください。いまのところ、可能な組み合わせは限られていますが、将来的にはその組み合わせの幅を広げるので」


 次の約束を取り付けておく。

 万が一の保険。これで、私達が領主の屋敷から帰ってこなくても探してもらえるだろう。


 という訳で、ルシアさんとアイシャさんに試作の杖を貸与して、ギルドマスターには特許申請用の試作品として杖を預けてその場は解散となった。

 だけど――


「シェリルさん、カナタさん、少しお待ちください」


 ギルドを立ち去ろうとした私達をエミリーさんが呼び止めた。彼女の手には、以前にも見た領主様からの手紙。今度は予定の確認ではなく、夕食への招待状。

 指定された日時は明後日の午後だった。

 

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