領主様に目を付けられた 4

 領主様より手紙が届いてから十二日が過ぎた。いつ領主様に招待されてもおかしくないこの日、私達は朝から魔導具ギルドの会議室を貸し切っての面接をおこなっていた。


「つまり、力を得るために魔導具が欲しいということですか?」

「――その通りだ。俺達は強い魔導具があればもっと上に行けると思っている。この応募を見たとき、迷わずモニターに応募したのはそれが理由だ」


 私の質問に冒険者が答える。

 面接を担当するのは私とシェリルの二人。それにサポートでエミリーさんが同席してくれているのだが、質問をしているのはさっきから私一人だ。


 同席しているだけのエミリーさんはともかく、シェリルはもっと質問してもいいと思う。そう思って視線を向けるが彼女はなにも言わない。

 私は溜め息を吐きたくなるような内心を隠して冒険者に笑顔を向けた。


「ありがとうございました。結果はギルドを通じてお伝えさせていただきます」


 そう締めくくってパーティーには退出を願う。

 次のパーティーがやってくるのを待ちながら私は一息をついた。


 ちなみに、応募してきたパーティーは二十組。私はずいぶんと多いと思ったのだけど、実際には事前に冒険者同士での牽制があって、応募数はそれなりに減っているらしい。

 シェリルはそういった場外乱闘に否定的のようだが、私は目的のために全力を尽くす姿勢は評価している。もちろん、人の道を踏み外さない範囲でなら、ではあるが。


「というか、シェリルは質問しないの?」

「だって私がしゃべるよりも、カナタが質問してくれた方がスムーズに行くじゃない。カナタは自分が思ってるよりも、人の話を聞くのが上手だと思うわ」

「……そんなこと言って、自分で質問するのが嫌なだけでしょ?」


 ジト目を向けると、シェリルの視線が泳いだ。


「あ、あはは。それより、カナタはどのパーティーがいいと思う?」

「……じとぉ」


 声に出して呆れていることを主張する。

 シェリルの目がますます泳いでいく。彼女の瞳はずいぶんと水泳が得意そうだ。これ以上の追求は無駄そうだと、私はこれ見よがしに溜め息を吐いた。


「とりあえず、さっきのパーティーは除外、かな」


 強い装備を使えば強くなれる。それは間違っていないし、だから強い魔導具を求めることも間違ってない。でも、私達がモニターを募集する理由とは合致しない。

 そう思うのは、他にもっと強い想いを語るパーティーがあったからだろう。


「いまのところだと、私は最初のパーティーが推しかな」

「え、カナタはあのパーティーが気に入ったの? たしかに実績は凄いけど、あの人達、ちょっと乱暴そうじゃない?」

「あはは」


 面接でのやりとりを思いだして苦笑いを浮かべる。最初のパーティーはこの町で一番と名高いパーティーで、リーダーの名前はフレッドと名乗った。

 そのフレッドは開口一番こう言い放った。


『俺達はもっと上に行く人間だ。そしてそんな俺の勘が、嬢ちゃん達はただ者じゃないと告げている。だから俺達を選べ。間違いなく互いの利益になるはずだ』――と。


 人によっては傲慢と捉えるだろう。

 実際、シェリルの第一印象はあまりよろしくないようだ。

 だが、彼らは事実として、この町のパーティーで一番の実績を誇っている。実績に裏付けされた自信、私は嫌いじゃない。互いの利益になるという意見もポイントが高かった。

 なにより――


「実際は、あの言動ほど乱暴な性格じゃないと思うんだよね」


 強面だし、口調もかなり強い。

 だけど、私達を女子供と見下している様子はまったくなかった。


「たしかに、フレッドさんのパーティーが問題を起こしたという話は聞きませんね。もちろん、些細な諍いを除けば、ですが」

「へぇ……冒険者って見た目じゃ判断できないのね」


 私の意見に賛同したのはエミリーさんで、それを聞いたシェリルも理解の色を滲ませる。そこに扉がノックされた。どうやら、最後の冒険者がやってきたようだ。


「どうぞ、入ってください」


 私が返事をすると一呼吸置き、失礼しますと冒険者達が姿を現した。

 一人はエルフ耳の少女で、もう一人は左目が宝石眼の少女。そして最後の一人は、異国風の露出が高い出で立ちの女性だった。


 三人の特異性に加えて、全員が二十歳前後の若いパーティー。それ自体にも驚かされるが、なにより私はそのエルフ耳の少女を見て目を見張った。

 私が魔導具ギルドの依頼掲示板を眺めていたとき、声を掛けてくれた少女だったからだ。


「この耳が珍しいですか? 私、ハーフエルフなんです」


 私の視線に気付いたのだろ、エルフ耳の少女が開口一番にそういった。

 覚えて……ないか。そうだよね。私からすれば印象的な出会いだったけど、相手からしてみれば、掲示板を眺めていた新人に声を掛けただけだろうから。


「失礼しました。私はカナタ、そして隣が魔導具師のシェリルです」


 まずは名乗りを上げて、続けて彼女達の名前と特技を尋ねる。

 ハーフエルフのリズさんが弓や短剣での戦闘や索敵を得意とし、ルシアさんが魔術による攻撃を得意とし、最後のメリッサさんは剣による攻撃を得意とするそうだ。


 手元にある冒険資料を見ても悪くない。結成からおよそ半年でCランクに到達。そこから半年ほどは足踏みをしているようだが、依頼の達成率は悪くない。


「それでは、リズさん。さっそくですがお話を伺わせてください。まずは、どうして私どものモニターの募集に応募してくれたのか、それを聞かせてもらえますか?」

「それは――モニターを受ければ、強力な魔導具を扱えるかもしれないと思ったからです」

「強い装備があれば自分達も強くなれる、と?」


 私が首を傾けると、リズさんは慌てて首を横に振った。同じ質問に、その通りだと肯定した一つまえのグループと対照的で興味深い。


「すみません、言葉選びを間違えました」

「かまいません。あなたのペースでかまわないので、思いの丈を教えてください」


 リズさんを落ち着かせるように笑いかける。

 その言葉が届いたのかどうか、彼女は胸に手のひらを添えて大きく深呼吸をした。――大きく深呼吸をしたにもかかわらず、彼女の慎ましやかな胸はそれほど膨らまなかった。


 なんだか、彼女とは気が合いそうな気がする。……いや、彼女は私よりもだいぶ年下っぽいし、これから成長する可能性もあるかな?


 そう思って資料に視線を落とすと、二十四歳という記載が目に飛び込んできた。私よりも年上、これは間違いなく私の同志である。

 ……っと、そんなことを考えていると彼女が話しを再開した。


「魔導具が戦闘に特化したものばかりではないと分かっているつもりです。ただ、先日のファッション誌で防暑の魔導具化した服の特集を見ました。あの服は、ルシアの弱点を補うことが可能なんです」

「……弱点、ですか?」


 私が首を傾げると、ローブを纏っていたルシアさんが袖を捲る。

 透けるように白い肌が外気に晒された。


「……アルビノですか」

「わたくしの体質をご存じなのですか?」

「聞きかじった程度ですが」


 瞳や髪、それに肌の色素が少ない症状のことだ。他の人よりも日焼けをしやすく、強い陽差しで目を痛めたり、肌を火傷をすることもある。


「ご指摘の通りわたくしはアルビノです。ですから、普段はローブのフードを目深く被っています。ですが夏場は大変で……ですから、防暑の服は運命の出会いだったのです」

「……失礼ですが、耐熱のローブは使おうと思わなかったのですか?」


 用途が違うだけで、同じ効果の魔導具は以前から存在した。他の人ならともかく、ローブで熱い思いをしているルシアさんなら気付いたのではと疑問を投げかける。


「耐熱のローブを着ることがあれば気付いていたかもしれません。ですが、使い捨ての魔導具はコストパフォーマンスがよくありませんから」


 長持ちする服と、使い捨ての魔導具を組み合わせる感覚がそもそも珍しいのだろう。そう理解した私は、再びリズさんに視線を戻す。


「ルシアさんがアルビノで、だから防暑の魔導具化した服が有用。それは理解しました。では、モニターに応募したのはそれが理由ですか?」

「それは切っ掛けに過ぎません」

「つまり、その先があると?」


 私の問いにリズさんが頷く。


「あのファッション誌を見て、私達は可能性を見たんです。魔導具が私達の弱点を補ってくれるかもしれない。そうしたら、私達はもっともっと上に行けるんじゃないか、って。……あ、もちろん、いまはまだまだなんですけどね」


 熱く語った彼女は、ハッと我に返ったように頬を赤く染めた。


「興味深い話をありがとうございました」


 その後もいくつか話を聞き、結果は後ほど通知すると退出を願う。その上で、エミリーさんの意見も参考にしつつ、どのパーティーを選ぶかシェリルと話し合った。


     ◆◆◆ 冒険者リズの視点


 面接を終えた後。

 私――リズは、魔導具ギルドの片隅にある食堂で遅めの昼食を採っていた。けれど面接の結果待ちというこの状況で私の食はあまり進まない。

 だと言うのに、ルシアやメリッサは普段通りの食事をしていた。


「二人とも、この状況でよく食べられるね」

「こんな状況だからこそ、だ」

「メリッサの言うとおりですわ。いまさら足掻いたところでなるようにしかなりませんわ」


 二人とも図太い。


「私はそんな風に考えられないよ。変なこと喋ったんじゃないかなって不安になるの。もし私のせいで、このチャンスを逃したりしたらって思うと……」


 出自で差別を受けてきた私達にとって初めての、そしてもしかしたら最後のチャンスかもしれない。それを逃すことの意味は誰よりも分かっている。

 そんな弱音を零せば、ルシアとメリッサが顔を見合わせて笑った。


「なにをテンパってるかと思えば、貴方をリーダーに選んだのはわたくし達ですわよ。それに、あなたは立派にリーダーとして喋っていましたわ」

「あたしもルシアに同意見だ。あれで選ばれなければ、運がなかったと諦めるしかないだろう。だから、もし望まぬ結果だったとしても、それは全員の責任だ」


 二人は励ましてくれるが、大丈夫だなんて気休めを言わない。どれだけベストを尽くしても、努力が報われないことの方が多いと知っているからだ。

 だけど、だからこそ、私がいつまでも怯えてる訳にはいかない。


「弱気になってごめんね。もう大丈夫よ」


 私はぎこちなく笑って、食べかけのサンドイッチを口の中に押し込んだ。

 刹那――


「あぁ、ちくしょう!」


 不意にそんな声が食堂に響く。驚いて視線を向けると、魔導具ギルド職員に話しかけられた冒険者ががっくりと項垂れていた。


「私達の前に面接をしていたメンバーだな。ということはおそらく……」


 残念な結果が知らされたのだろう。

 次は私達かもしれない。そんな可能性に思い至ってゴクリと生唾を飲み込む。ほどなく、その魔導具ギルドの職員が周囲を見回し、私達の下に歩み寄って来た。


「失礼、リズさんの率いるパーティーですか?」

「はい、そうですが……」

「シェリルさんより伝言です。三十分後、もう一度会議室へ来て欲しいとのことです」


 それだけ告げると職員は立ち去ろうとする。そのあっさりした内容に一瞬呆け、我に返った私は「待ってください」と職員を慌てて呼び止める。


「はい、なんでしょう?」

「その……私達は選ばれた、ということでしょか?」

「すみません、私は伝言を頼まれただけですので。そこまでは分かりかねます」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえ、それでは」


 今度こそ立ち去っていく。

 その職員の背中を見送り、私は仲間達と顔を見合わせた。


「選ばれたってことで……いいのかな?」

「言い回しに疑問は残るが、さっきの連中とは違う結果だったはずだ」

「そうですわね。彼の反応はもう一度呼び出された反応ではありませんでした。そういう意味で、わたくし達は期待してもいいのではありませんか?」


 二人の言うとおり、これは期待できるかもしれない。だが、だからこそと言うべきか、今度は期待に胸が一杯で食事が喉を通らなくなった。



 その後、私達は時間より少しだけ早く会議室の前へとやってきた。

 だが――


「なんだ、おまえ達も来たのか」


 会議室の前にはフレッドさん達のパーティーが集まっていた。


「もしかして、フレッドさん達も……?」

「ああ。会議室に顔を出して欲しいとさ。もったいぶった言い回しが気になってはいたが、どうやらまだ決定した訳じゃなかったみたいだな」

「そう、ですか……」


 それはつまり、私達がフレッドさん達のパーティーの対抗として存在していると言うことだ。だが同時に、彼らに勝たなくては選ばれないという現実を思い知って気が遠くなる。


 私達は将来有望で、新人としてはトップクラスの実力を持っていると自負している。だけど、彼らは今現在、この町でトップクラスの冒険者として認められているのだ。


「リズ、大丈夫か?」


 メリッサが、そしてルシアが心配そうに私を見ている。


「ごめん、大丈夫よ。ここまで来たら当たって砕けましょう」


 砕けるというある意味弱気な発言だけど、二人はそれしかないと肩をすくめる。それを見計らうように、ギルドの職員に声を掛けられ、中に入るように促される。

 まずはフレッドさん達が部屋に入り、私達は意を決してその後に続いた。

 

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