領主様に目を付けられた 5
◆◆◆ 冒険者リズの視点
「――邪魔するぜ。ここに呼ばれたってことは、俺達を選ばれたってことかと思ったんだが、呼ばれたのは俺達だけじゃなかったみたいだな」
先に入ったフレッドさんが、部屋の中にいる魔導具師に声を掛けた。自分達を面接する相手に対する口調と思えず、私は軽く目を見張った。
同時に、魔導具師の女の子達がそれを平然と受け入れていることにも気付く。
私は堅苦しい口調でやりとりをしていた一次面接で、彼らは既に魔導具師と軽口を交わす仲にまで進展している。自分達が出遅れていることを思い知らされた。
……うぅん、そんなネガティブじゃダメよ。
私達だって、最初の面接を乗り越えてここに呼ばれてきたんだから。
頭を振り、指定された席に腰を下ろす。私の視線の先にはプラチナブロンドの女性と、夜色の髪の女の子、それに魔導具ギルドのサブマスターが並んでいる。
仲間が調べた情報によると、プラチナブロンドの女性――シェリルさんが魔導具師。その隣に座る夜色の髪の女の子――カナタさんはシェリルの協力者だ。
立場を考えれば、重要視するべきなのはシェリルさんの方。
だが、面接を取り仕切っているのはカナタさんの方だ。加えて、シェリルさんがカナタさんに意見を求める光景を何度も目にしている。
それを踏まえて、私はカナタさんに視線を定めた。
そのカナタさんが笑みを浮かべて口を開く。
「誤解を招いたようで申し訳ありません。最終的な決断を下すに当たり、最後にあなた方から話を伺いたいと思い、このような場を用意させていただきました」
やはり見た目よりもしっかりしている。
私と違ってエルフの血が流れている訳ではないようだけど、一体何歳なんだろう? そんなことを考えている一瞬に、フレッドが「そういうことならなんでも聞いてくれ」と笑った。
いけない、出遅れた。
「わ、私達も、なんでも聞いてください!」
慌ててフレッドさんの後に続く。いまは余計なことを考えている場合じゃない。仲間のためにも、彼女達に選ばれなくちゃいけない。
そう意気込む私達の前でカナタさんが微笑んだ。
「ありがとうございます。それではさっそく」
彼女がトンと指先で机を叩いた。その指を起点にして、テーブルの上に魔法陣が広がる。
「――なっ!?」
攻撃を警戒してフレッドさんが立ち上がり、一瞬遅れで私達も腰を浮かす。それとほぼ同時、彼女の机の上にあった書類が全員の前に一枚ずつ飛んできた。
「それは私達と交わすことになる契約の内容です。いまのうちに、疑問、あるいは異論があればおっしゃってください」
「……契約内容?」
呆気にとられながらも書類に視線を落とせば、そこには契約の内容が変わりやすく記載されていた。どうやらさきほどの魔術は、書類を配るためのものだったらしい。
信じられない――と私は独りごちた。
いや、おそらくここにいる冒険者全員が同じ気持ちだっただろう。
魔力で魔法陣を描いて、そこに魔力を流し込みさえすれば魔術は発動する。
だがそれは究極的には、という前置きがついてくる。
リンゴという言葉なくして、リンゴの形や色を思い浮かべることが難しいように、魔術に必要な魔法陣を描く場合にも、絵描き歌のように呪文を唱えることが一般的だ。慣れれば心の中だけで呪文を唱えてイメージすることも可能だが、それでも一瞬というのはあり得ない。
ましてや、全員の前に風で書類を運ぶには、その変数を魔法陣に組み込む必要がある。それを一瞬で描き出すなんて常人に出来るはずがない。
シェリルさんのサポート役だって聞いてたけど、間違いなく彼女も普通じゃない。
「あの……私じゃなくて、契約内容を見て欲しいんですが」
困ったカナタさんの声を聞いて我に返る。他の人達も一斉に下を向いたので、おそらく全員が彼女に視線を奪われていたのだろう。
とにかく、彼女達は二人揃ってただ者ではない。
なおさら彼女達に選ばれたい理由が増えた。
私は彼女の指示に従って契約内容に目を通す。いわゆる秘密保持契約と、魔導具に対する取り扱い。それに魔石の買い取りについての決まりが記載してあった。
気を付けないといけないのは秘密の保持と、魔導具を横流ししないこと。あるいは、そうと疑われるような行為を極力避けることである。
冒険者ギルドにも問い合わせてあるが、その辺りの契約内容に問題はない。むしろ――と私は質問のために手を上げた。
「リズさんでしたね。なんでしょう?」
「魔導具の取り扱いについてです。損壊について罰則がないのは本当でしょうか?」
「事実です。むろん、故意に壊した場合はその限りではありませんが」
「過失ならお咎めはない、と?」
「はい。戦闘でどのように魔導具が壊れるかも含めてテストと考えています。森での戦闘はもちろん、迷宮での戦闘は過酷だと聞いているので」
「なるほど、理解いたしました」
納得する素振りを見せておく。
だが実際には、彼女の口ぶりは少し大げさだと思った。私達が魔物と戦うのは森が大半で、残りは街道なんかの移動中に魔物や盗賊と戦うくらい。
カナタさんがいうように迷宮で戦うなんて、この町に滞在する限りはあり得ない。もちろん、自分達が不利になるような発言をするつもりはないけれど。
「――では、他に疑問や不満点はございませんか?」
カナタさんがフレッドさん達にも視線を向けるが追加の質問はなかった。カナタさんはシェリルさんになにか耳打ちをすると、こくりと頷いて視線を戻す。
「では、一つだけ質問させてください。あなた方の目指すところはどこですか?」
「ずいぶん抽象的な質問だな?」
フレッドさんが眉を寄せた。強面の彼がそうするとかなり怖いのだが、カナタさんは彼の言葉を笑顔で受け止める。見た目は幼いのにずいぶんと肝が据わっている。
「たしかに抽象的な質問ですね。ですからその答えも、あなた方の思うまま、自由に答えてくださってかまいません。……という訳で、どちらから答えますか?」
彼女が私達を交互に見る。先に答えて印象をよくするか、後に回って話す内容を考えるか。一瞬だけ迷った私は即座に手を上げて発言の許可を求めた。
「それでは、リズさんのお話からうかがいましょう」
「私達の目標は、逆境を跳ね返して先に進むことです」
「逆境、ですか?」
「はい。私達はご覧のように女性ばかりのパーティーですし、それ以外にも出自で色々と言われることがあります。ですがそれでも、私達は先に進める。それを証明したいのです。そして叶うなら、私達のような苦労をする人を減らせればいいと思っています」
瘴気によって変容した人間、魔族が人類の敵となった。だから、人間から変容した種族すべてが蔑まれている。そういう理屈であれば、私達が大きな功績を挙げて人類の味方と認められれば、変容した人間だからという理由で差別されることはなくなるはずだ。
「そうですか、とても素敵な理由だと思います」
カナタさんは微笑んで、それからフレッドさんへと視線を向けた。
「それでは、貴方の展望を教えていただけますか?」
「俺の、俺達の目標は、森にある迷宮の氾濫を止めることだ」
私は思わず息を呑んだ。
この町の近くにある迷宮、そこが氾濫したのはいまからおよそ200年前。当時は氾濫した迷宮の魔物を討伐するという動きもあったそうだが、いまはそういう話を聞いたことがない。
いくらなんでもハッタリが過ぎると思った。
だけど――
「つまり、迷宮に潜る覚悟がある、と?」
「その通りだ。さっき嬢ちゃんは、冒険者はときに迷宮で戦う――と、そう言ったな? それはつまり、俺達に迷宮へ潜ることを望んでいるって意味じゃないのか?」
私は目を見張った。
たしかに、カナタさんはそう口にしていた。でも私は、氾濫している迷宮に入るなんて考えもしていなかった。だから、彼女の認識が間違っているのだと思っていた。
だけど、もしかしたら――と、私の疑問に答えるようにカナタさんは笑った。
「そうですね。迷宮の氾濫を止めるのは私の目標の一つです」
私は自分が誤解していたことに気付く。それと同時、自分が正しかったことに気付いたであろう、フレッドさんは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「俺達の目標も同じだ。知っているかもしれないが、俺達はこの町で唯一、迷宮に足を踏み入れたことのあるパーティーだ。……もっとも、その結果は散々だったが……」
「……少なくない被害が出たとうかがっています」
「そうだ。それ以来、俺達は迷宮に足を踏み入れていない。だが、諦めた訳じゃない。いずれ迷宮に再挑戦するために力を溜めているんだ。だから俺達に手を貸してくれ」
屈強で強面、そんな彼が幼い少女に頭を下げた。私と対して変わらない、あるいは年下に見える少女達の実力を彼は認めているのだ。
その瞬間、私が抱いた感情はなんだったのか……
私がその答えを出すよりも早く、カナタさんが口を開く。
「頭を上げてください」
「……おう」
頭を上げるフレッドさん。そしてカナタさんは――嬉しそうに笑っていた。
「最初は地味な魔導具のテストから始まると思います。ですが、いずれは迷宮で通用するような魔導具を作るつもりです。ですから……私達に手を貸してくださいますか?」
「それは……つまり、俺達を選ぶ、ということか?」
「はい、そのつもりです」
「――っしゃっ!」
フレッドさん達が歓声を上げる。
その瞬間、私は不思議と落胆しなかった。そして気付く。さきほど抱いた感情こそが敗北感。私はフレッドさんの言葉を聞いて自分が負けたと悟っていたのだ。
「嬢ちゃん、俺達を選んでくれて感謝するぜ」
「ラニスの町でトップの実力を誇るあなた方の活躍、期待しています。後ほど、あなた方が戦いの中で必要とするものを教えてください。試作する魔導具の参考にさせてもらいます」
「ああ、もちろんだ。……という訳だ、悪いな」
一瞬遅れで、フレッドさんの言葉が私達に向けられていることに気付く。
「いえ、その……悔しいですが、フレッドさんの理念は素晴らしかったです。ただぼんやりとした目標を持つだけの私達とは違う。私が彼女達でも同じ選択をしたでしょう」
「……そうか」
彼はなにかを言いかけ、だけど口をぎゅっと結んだ。それから仲間を見て頷きあい、最後にカナタさんへと視線を戻した。
「嬢ちゃん、一つ頼みがある」
「はい、なんでしょう?」
「もしも余裕があるのなら、追加でこいつらとも契約してやってくれないか?」
「――なっ!?」
驚いたのは私達だけだった。いや、よく見ればシェリルさんも驚いている。でも、フレッドさんの仲間はもちろん、カナタさんも驚いているようには見えない。
カナタさんは平然とした様子で口を開いた。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「嬢ちゃんは俺達がいずれ迷宮にはいることを望んでいるんだろ? だが、俺達だけじゃ限界がある。いくら強い魔導具だけがあっても無理、って意味だ」
「つまり、仲間を増やす必要がある、と?」
「端的に言えばそういうことだ。ここに呼んだってことは気付いてるんだろ? こいつらが、俺達の後に続くくらい将来有望な冒険者だって」
なにを言われているか分からなかった。
信じられないとフレッドさんの顔を見上げると、彼は鼻で笑う。
「なんて顔をしてやがる。俺はおまえ達の実力や努力を知らないとでも思っていたのか?」
「だって、私達のこと、そんな風に思ってるなんて、少しも……」
「ランクやナリで見下すヤツは三流、そういったはずだ。そもそも、俺達が歯牙にも掛けてない奴らを牽制するはずねぇだろ。ライバルになり得ると思ったから蹴落とそうとしたまでだ」
あの接触が、私達を蹴落とそうとするためだったとハッキリ言われた。だけどどうしてだろう? 私はそれを少しも嫌だと思わなかった。
むしろ、認められていたという事実が嬉しくて思わず涙ぐんでしまった。
「冒険者がこの程度で泣くんじゃねぇよ」
フレッドさんは私の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて、それからカナタさんへと視線を向ける。
「という訳で、どうだ?」
私も思わずカナタさんへ視線を向けた。フレッドさんやそのパーティーのメンバー。それに私の仲間達が固唾を呑んで彼女の返事に耳を傾けた。
そして――
「いいですよ、最初からそのつもりでしたから」
事もなげにそんな言葉を告げられ、私は頭が真っ白になった。
「……え? ええっと……え?」
「最初に言ったじゃありませんか。彼が『自分達が選ばれたと思ったんだが――』って言ったとき、誤解を招いたようで申し訳ありません、って」
「それは聞いたけど……え? もしかして、決定した訳じゃないと肯定した訳じゃなくて、私達全員が選ばれたんだって肯定していた、の?」
きっと、彼女は意図的に誤解されるような言い回しを選んだのだ。
その証拠に、彼女はクスリと小さく笑った。
「おかげで、とても良い話が聞けました。両方のパーティーが信頼できることも分かりましたし、これからよろしくお願いしますね」
一筋縄じゃ行かない。なんとなくだけど、私は彼女にこれからも振り回されるような予感がした。そしてその予想は、色んな意味で当たることとなる。
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