領主様に目を付けられた 3
私の名前はリズ。
母親が瘴気で変容した人種――エルフであるため、その娘である私はハーフエルフとして生を享けた。今年で二十四歳になるけれど、エルフの血で身体の成長はずいぶんと遅い。
いまだ十代半ばくらいの容姿で、耳も少し尖っている。
そんな私は小さい頃から迫害されて育った。
母親がなにかをした訳ではないし、もちろん私がなにかをした訳でもない。それどころか、エルフという種族が人間に対して悪事を働いた訳でもない。
ただ、エルフと同じように人間から変容した、魔族と呼ばれる種族が人間に悪事を働いただけ。それなのに、変容した人種は一括りに亜人と呼ばれて迫害されている。
迫害の強さは国や地域によっても違う。
私が生まれ育った町は比較的マシだったのだと後から知った。
でも色々とあって、私は冒険者となる道を選んだ。
それがいまから三年前の出来事だ。
それから二年はソロで冒険者を続けていた。
自分で言うのもなんだけど、私には冒険者としての素質が合った。短剣や弓を使えば誰にも負けないし、野外活動に必要な知識も一通り身に付けていた。
だけど、エルフの血を引く私は華奢な体付きをしている。スピードを活かした戦い方をしているが、屈強な男と比べれば私はいかにも頼りなく見えるだろう。
だが、だからといって、すべてが劣っている訳ではない。
総合力なら、並みの冒険者よりも勝っている自信だってある。
だけど――
頼りなく見えるから。
そんな単純な理由で私は護衛などの依頼は任せてもらえない。
その状況を打開するために、それまでソロだった私は仲間を募った。
それが一年前。
そうして出会ったのがルシアとメリッサの二人だ。
ルシアは元貴族令嬢で、私と違って両親ともに人間だ。だが、母親が彼女を妊娠しているときに瘴気を浴びたことで彼女は変容した人間として生を享けた。
左目が氷属性の魔石と化している――宝石眼と呼ばれる青い瞳を持ち、更には肌が透けるように白い、色素が抜け落ちた特徴を持つアルビノとして生まれたのだ。
余談だが、各地で迷宮の氾濫が発生して人類の生存領域が削られ続けている昨今、土地持ちの領主に求められるのは、いまある生存領域を護り通すことだ。
それゆえ、瘴気に侵されるということは、いままで暮らしていた領域を瘴気に侵されるのを見過ごしたことにも繋がり、貴族にとっては大変に不名誉なこととなる。
貴族にとって、ルシアは生きる不名誉の証、という訳だ。
詳細は聞いたことがないが、ルシアは色々と苦労をして育ったようだ。その辺りが原因で、彼女は十五という若さで家を出て冒険者になった。
だが、貴族社会では瘴気で変容した容姿を理由に迫害されていた彼女が、冒険者界隈では貴族令嬢のお嬢ちゃんという理由で侮られていた。
その状況を打開すべく仲間を求めた先で、私達と出会ったのだという。
もう一人の剣士、メリッサも似たような境遇で出国してこの国にたどり着いた。
彼女はこの国では珍しい褐色の肌を持つ。それが理由で色々と差別を受ける日々に嫌気がさし、理解ある仲間を探していたときに私達と出会った。
だから私達は三人でパーティーを組んだ。
短剣や弓を扱い、トラップや索敵能力に特化した私と、駆け出しとはいえ魔術を扱うルシア。それに他国の剣術を扱うメリッサの三人で次々に依頼をこなす。
この一年で、私達は着実に実績を積み重ねてきた。
だけど、やっぱり――
女ばかりのパーティーは頼りなく見えるから。あるいは、亜人や異国の人間のパーティーは信頼できないから。そんな理由で、私達が受けられる依頼の種類は限られている。
見返してやりたい。
性別なんて関係ない。種族や人種だって関係ない。私達だって他の冒険者に負けないくらいの実力があるんだって証明してやりたい。
そんな感情を抱きながら冒険者を続けていたある日の早朝。
冒険者ギルドで依頼を物色していた私の元にルシアが駆け寄ってきた。
「リズ、見て、これ、見てくださいませ!」
「ルシア、そんなに慌ててどうかしたの?」
「いいから、これを見てください!」
ルシアに雑誌を押し付けられた私は仕方なく表紙に視線を落とす。どうやらそれはファッション誌だったようで、表紙では愛らしい二人の女の子が仲睦まじげに笑っていた。
何処かで見たような……気のせいかしら?
「このファッション誌がどうかしたの?」
「だから、内容ですわ」
「……内容?」
パラパラとページをめくる。
クールな見た目の女の子が、ふわふわっとした女の子に顎をくいっとされる写真や、抱きつかれて照れる写真なんかが目に入る。
容姿や服装的に逆じゃないのかなと思う反面、とても絵になっているとも思う。
ファッション誌というよりも、二人の特集雑誌みたいだ。そんな風に思ったのは間違いではなかったようで、二人の紹介文が掲載されていた。
新鋭の魔導具師とその相方で、二人はいくつもの特許を習得しているらしい。中でも、今回特集されている服はすべて防暑の魔導具化されていて、夏でも快適とあった。
「……凄いね。と言うか、これ。ルシアに最適じゃない」
ルシアは身体の色素が薄く、他の人が日焼けする程度の陽差しで火傷する。それを防ぐために、いまもフード付きのローブで全身を覆っている。
ただでさえパーティー内で最年少、十六歳で体力のない彼女に夏の暑さは致命的なのだ。
「それもですが、そっちではありませんわ。わたくしが見て欲しいのはこちらです」
彼女が向かいからページをパラパラとめくる。
私の目に飛び込んできたのは――
「……冒険者のモニターを募集?」
「そう、それですわ! モニターというのは、彼女達の試作魔導具を使って使い心地をたしかめる人のこと。つまり、最新の魔導具を貸与されるのです!」
「え、嘘、ホントにそんなことが書いてあるの!?」
使い捨ての魔導具だって継続的に使えばかなりの費用がかさむし、チャージして繰り返し使える魔導具はどれもこれも値が張る物ばかりだ。
もちろん、モニターになったからといって、優れた魔導具を貸与されることばかりではないだろうが、相手は新鋭の特許持ち魔導具師だ。
驚くような装備が貸与されるかもしれない。
「あぁいやでも、契約内容に落とし穴があるとか……」
「ここに書いてあるように、秘密保持契約は当然ありますし、それを破ると魔導具ギルドから罰則があるみたいですわ。ですが、過失の破壊や紛失に対しては甘いくらいです」
契約相手によっては、魔物に襲撃されて紛失しても重い罰則がある。だがこのファッション誌に記載されている契約通りなら、過失の場合のお咎めは最大で契約の解除。
絶対に応募するべきだとルシアが断言する。
彼女は元貴族なので、契約内容の善し悪しについては信じても大丈夫だろう。
だが、締め切りが思ったよりも短い。早急にメリッサにも相談する必要があるだろう。そう思った私達の前にちょうどメリッサが現れた。
胸のまえを斜めに走る革ベルトでロングソードを背負う彼女の出で立ちはルシアとは大局的だ。攻撃に特化するために鎧は必要最小限で、褐色の肌を惜しげもなく晒している。
「二人ともいるな。実は面白い募集を見つけたんだが……なんだ、おまえ達も見ていたのか」
彼女は笑って雑誌を見せた。
ルシアが持って来たのと同じファッション誌だ。
「メリッサもそれを見たのね。ちょうど私もルシアから見せられて、あなたに相談しようと思っていたところよ。でも、相談するまでもなさそうね」
「そうだな、そういうことなら私はルシアと同意見だ。むろん、リズの判断に従うが」
私達は仲睦まじく、他の冒険者からは姉妹にたとえられることもある。その中では私が末っ子という扱いだが、それはあくまで周囲の認識だ。
実は私が一番年上で冒険者歴も長い。
という訳で、なにかの決定を下すときは私に判断が委ねられることも多い。ときには、その判断が自分達の命運を左右することもあり、重責だと感じることもあった。
でも、いまこの件については迷うことはなにもない。
「応募しましょう。こんなチャンス、逃す手はないわ!」
「さすがリズですわ」
「うむ。リズならそう言ってくれると思っていたぞ」
ルシアとメリッサが歓声を上げる。
「――なにをギルドの前で騒いでいる?」
不意に男の声が割って入る。驚いて振り返ると、そこには分厚い胸板。そこから視線を上げて行くと、私達を見下ろす強面の顔がそこにあった。
この町の冒険者で彼を知らないものはいない。ラニスの町で唯一、迷宮に足を踏み入れて生還したことのある、この町でトップを張るパーティーのリーダー、フレッドさんだ。
「おはようございます。これから狩りですか?」
「いや、今日は別件で……ん?」
彼の視線が私の持つファッション誌に向けられた。反射的にそれを隠そうとするが、その行為は無意味だった。彼の手には、同じファッション誌が握られていたからだ。
「なんだ、おまえ達もモニターの募集に応募するつもりか」
「と言うことは、フレッドさんも?」
「当然だろ? こんな機会を逃してたまるかよ」
彼の言葉に頭が真っ白になった。
彼は、彼のパーティーはこの町でトップと言われている。対して、私達のパーティーは結成してまだ半年、冒険者歴も、三人合わせて五年かそこら。
彼一人の冒険者歴にも叶わない。
「なんだ、いきなり暗い顔をしやがって。まさか、ライバルがいないとでも思ってたのか?」
「それは……でも、フレッドさん達はこの町でトップのパーティーじゃないですか。なのに、Cランクでしかない魔導具師のモニターに応募するんですか?」
恨み言を口にした瞬間、私はフレッドさんに胸ぐらを摑まれた。
「てめぇ、俺を舐めてるのか?」
「私は別に、舐めてなんて……」
「だったらさっきのはどういう意味だ。いいか? ランクやナリで見下すのは三流だ。この魔導具師がただ者じゃないことくらい、少し調べれば分かることだろうがよっ!」
身長差的に私の身体が浮き上がり、私は思わず爪先立ちになる。そんな私に顔を寄せる、フレッドさんの瞳は怒りに揺れていた。
予想外の彼の怒りに晒され、私は反論することが出来なかった。
見かねたルシアとメリッサが左右から彼に詰め寄る。
「おい、リズを離せっ!」
「そうですわ、暴力に訴えるならこっちにも考えがありますわよ!」
二人が武器に手を掛ける。
「――二人ともダメよっ」
冒険者ギルドには荒くれ者も少なくない。それゆえに規律はそれなりに厳しい。ちょっとした言い争い程度なら見逃されるが、武器を抜けば明確な罰を受ける。
必死に止めようとする私に、けれど舌打ちをしたのはフレッドさんだった。彼は舌打ちをするのと同時に、私の胸ぐらから手を離した。
「はっ、しらけたぜ。とにかく、モニターに選ばれるのは俺達だ。俺達に負けるのが怖いなら、応募は諦めて身の丈に合った依頼でもこなしてるんだな」
フレッドさんはそう吐き捨てて立ち去っていった。それを見届けるより早く、ルシア達が軽く咳き込む私のもとに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと胸ぐらを摑まれただけだから」
「だけ、ではありませんわ!」
憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子のルシアをまあまあとなだめすかす。
ルシアはまだ冒険者になって日が浅いので耐性がないが、冒険者をしていればさっきのようなやりとりは珍しくもなんともない。彼女もそのうち慣れるだろう。
それより重要なのは、あんな風に言われて、実際に尻尾を巻いて逃げるかどうかである。
そんな私の内心を見透かしたようにメリッサが口を開いた。
「リズ、分かっているな?」
「ええ、もちろん。冒険者が舐められたままじゃ終われないわ。ライバルがこの町でトップの冒険者達? 魔導具師がそういう人を募集してるとは限らないじゃない」
「その通りだ。あたし達はあたし達の良さを売り込めばいい」
私とメリッサのやりとりに、ルシアも拳を握り締めた。
「わたくしも同意見ですわ! この募集、なんとしても勝ち取りましょう! その上で、わたくし達を見下している他の者達を見返してやるんですわ!」
「そうね、私達も出来るってところを見せてやりましょう」
三人で手を重ね合わせて意気込みを口に、その足で応募の手続きに足を運んだ。
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