領主様に目を付けられた 2
領主様のお屋敷を訪問するまでに可能な限りの安全を確保する。そう決意した私は、ギルドを後にしてすぐ、シェリルを連れてアリアさんのいる服飾店を訪ねた。
「いらっしゃい二人とも! 今日こそモデルになりに来てくれたのねっ!」
私達を見つけたアリアさんが飛んでくる。正確には、シェリルの胸に飛び込んだ。
二人の豊かな胸が合わさり最強に見える。
いつもなら嫉妬する光景だが、今日ばかりはそれが頼もしく見えた。
「だーかーらー、あたし達はモデルにならないって言ってるじゃない。ねぇカナタ?」
「いいえ、私もシェリルもモデルを引き受けるわ」
「ほら、カナタもこう言って……えぇっ!?」
信じられないと目を見張ったのは二人。どうやら誘っているアリア本人すらも、私が首を縦に振るとは思っていなかったようだ。シェリルに抱きついたままポカンとしている。
だが、先に我に返ったのはアリアさんの方だった。
「ほ、ホントに? 本当にモデルになってくれるの!?」
「ええ、もちろんよ。シェリルもかまわないよね?」
「え? えぇっと……その、カナタが受けるなら?」
状況に流されてシェリルが首を縦に振る。それで言質を取った私は、アリアさんに「と言うことで、二人とも受けるよ」と答えた。
「ふわぁ! カナタさん、さいっこうに素敵よっ!」
「あはは、ありがとう。ただ一つお願いがあって、世間に露出するのは可能な限り早く、出来れば一週間以内がいいんだけど、なんとかなったりはしないかな?」
「い、一週間かぁ……」
アリアさんは顔を引き攣らせ、考え込んでしまった。
やはりスケジュール的に厳しいのだろう。無理を言っている自覚はあるが、それでも領主様に呼び出される時期を考えればギリギリだ。
彼女がどんな結論を下すのか、様子を見守っているとシェリルに袖を引かれた。私はそれに従ってアリアさんから少し離れ、シェリルに小声で話しかける。
「……どうしたの? もしかして、強引に進めたこと怒ってる?」
「怒ってはないけど、戸惑ってはいるわよ。モデルを引き受けたのって、領主様に招待されたことと関係してるのよね? そこまで警戒しなくちゃいけないの?」
「もしかしたら警戒しすぎかも知れないわね。だけど……」
私は迷宮の氾濫で両親と帰る家を失った。
身寄りをなくした私は、流れ着いた町でその魔力の豊富さを買われ、貴族に攫われそうになった。そのとき私を攫おうとした貴族は、ラニス――この町の領主様だ。
つまりは、私達を招こうとしている領主様のご先祖である。
200年前の領主様が私を捕らえ、豊富な魔力を利用しようとしたからといって、いまの領主様が同じように考えるとは限らない。
でも、シェリルを同じ目に遭わせてしまうかもしれない。そう考えれば、前回は前回、今回は今回だから大丈夫――と楽観的には考えられない。
あのときは研究所が私を護ってくれたけど、いまの私達を護ってくれる人はいないから。
「心配して、後から心配しすぎだったねって笑えればいいなって思ってる」
「そっか……分かった。カナタがそうした方がいいって言うなら私はあなたを信じる。それに、モデルになるだけで多少でも安全が買えるなら安いものよね」
「そう言ってくれると助かるよ。問題はスケジュールなんだけど……どうかな?」
最後はアリアさんに視線を戻して問い掛ける。
「そうね。あなた達の写真を撮って、ファッション誌に使う。それだけなら可能だけど、写真を載せておしまいという訳にはいかないの。なにか、目玉となる商品が必要よ」
「……防暑の魔導具化した服を売りにするのはどう? 言い忘れてたけど、シェリルが思い付いた技術も、特許を申請してきたよ」
「あれなら問題なく売り込みを掛けられるけど……特許の習得は間に合うの?」
「早くて二週間後、かな」
言ってから、どう考えても間に合わないなと苦笑いを浮かべた。
「あ……でも、仮に特許が取れなくても商品化は出来るのよね?」
「それは問題ないはずだよ」
ないとは思うが、仮に他の誰かが特許を習得済みだったとしても、特許使用料を払えば問題なく服を作ることが出来る。
とどのつまり、私達に特許使用料が入るかどうかだけの違いである。
「なら問題ないわね。問題はファッション誌の発行に合わせての生産が間に合うかどうかだけど……最初は受注生産とか、既存の服の魔導具化に限ればなんとかなる、かな?」
「ほんと? なんとかなりそう?」
なるといいなぁと目で訴えかけると、アリアさんは大丈夫と笑った。
「それがカナタさんの条件だっていうなら、絶対なんとかしてみせるわ。ただ、本当にスケジュールが厳しいから、出来るだけ協力してもらうわよ?」
「それはもちろん。あ、あと、別件でよそいきの服が欲しいんだけど、なんとかならない?」
「……よそ行きの服?」
「近々、二人で領主様のお屋敷に行くの。だから、領主様のお屋敷に着ていっても恥ずかしくない服を二人分、作って欲しいの」
もちろん、普段着でも門前払いになったりはしないだろう。だが、建前として、服を準備する時間が欲しいと返答した手前、ちゃんとした服を用意する必要がある。
そもそも、身だしなみは心を映し出す鏡のように見られることもある。領主様やその周辺の人間に舐められないためにも、きちんとした服は用意しておきたい。
「ふふ、ふふふ……一週間でファッション誌の進行をしながら、平民相手に商売をしている私の店に、超特急でお貴族様のお屋敷に着ていっても恥ずかしくない服を作れって?」
ジトっとした目で睨まれた。
「ごめん、でも、必要なの。もちろん、アリアさんのスケジュールが厳しいって言うなら別のお店で注文するけど、出来れば信頼できるアリアさんにお願いしたいかなって」
「……はあ。そんな風に言われたら頑張るしか亡いじゃない。なんて言うか、カナタさんって何気に人垂らしよね」
「えっと……ごめん?」
「謝らなくていいわよ。その代わり――いますぐ脱ぎなさい」
「……え?」
「いますぐ脱げっていったのよ。脱げないなら私が脱がすから」
手をわきわきさせて迫ってくるアリアさんを前に、私は壁の端まで後ずさった。
「……アリアさんに辱められた」
服飾店の奥にある採寸ルーム。
下着姿にひん剥かれて弄ばれた私は恨み言を口にする。
「辱めって、採寸をしただけじゃない。まぁ……シェリルの採寸データと並べてみると……うん、まあ、嘆きたくなるのも分かるけど」
「分かるなら言わないで、見比べないでっ!」
私の方が年上なのに背が低い。
それだけなら、私だって嘆いたりはしない。でも、胸のサイズも大きく負けているのだ。ウェストやヒップ、その他の寸法は大差がないにも関わらず、である。
「と言うか、着痩せするタイプでもなかったわね。むしろ……」
「くっ、いっそ殺しなさいよっ」
私は自分の胸元を隠してさめざめと泣いた。
「あはは、ごめんごめん。でも、そこまで嘆くことないでしょ? スレンダーな女の子として見ればスタイルはいいし、胸だって一般的に見れば普通でしょ」
「……だとしても、アリアさんが言っても説得力がない」
この空間で一番豊かな胸を持っているのはアリアさんである。
それに、シェリルは私よりも年下だ。
現実を見せつけられた上に、未来の可能性まで否定された気分である。
「よくよく考えたら、シェリルと並んで写真を撮ったりするんだよね。比較されそうでやだなぁ。やっぱりモデルになるの止めとこうかなぁ」
「……カナタ、大丈夫? そんなに嫌なら、あたしだけモデルになろうか?」
心配したのか、シェリルが私の顔を覗き込んでくる。
ダメだなぁ……
私から言いだしたことなのに、こんな風に気を使わせてどうするのよ。
私はパチンと頬を叩いて立ち上がった。
「泣き言を言ってごめん。もう大丈夫」
「……ホント? 無理しないでね?」
「うん、無理はしない。ホントに大丈夫だよ。それにアリアさんなら、私の長所と短所を考慮したうえで、上手くコーディネートしてくれるんだよね?」
「もちろん、二人の魅力を引き立てるコーディネートをするわよ」
そのまま私とシェリルはいくつかのパターンで衣装合わせをして初日は終了。
翌日はさっそくサイズ直しをした服の最終調整に入る。
そして三日目――
「カナタさんは足を組んで、そう、それでいいわ。で、シェリルはカナタさんの首に抱きつく感じで……あっと、もうちょっとくっついて。そうそう、それでいいわ!」
アリアさんが姿を写し取る魔導具を使って私達の写真を撮っている。
最初は町角のオシャレな女の子風のコーディネートから始まり、次は執事とメイド、定食屋の看板娘風の服装に着替え、最後はよそいきのドレスへと着替えた。
テーマは、どんな職業のあなたにも快適な一日を――だ。
前面に押し出すのは、服を防暑の魔導具化すること。
夏に向けた最新のデザインを売り込みつつも、既存の服を身に着ける職業の人達にも、防暑の魔導具化した服を売り込む計画である。
問題なのは職人の確保だ。針子自体はアリアが確保してくれるとのこと。だが、刺繍を使っての魔導具化は魔導具師としての知識がいるし、シェリルが一人で刺繍するのも不可能だ。
必然的に針子に魔導具師としての知識を学ばせる必要がある。という訳で、教育係として、魔導具ギルドで人を雇うことにした。
もちろん、急ぎの仕事は費用がかさむことになるが、その分は私達の特許使用料で補うことにした。収入が減るのは避けられないが、身の安全のために必要な経費だ。
「カナタさん、表情が硬いわよっ」
「あ、ごめん。……こんな感じ?」
アリアさんに指摘されて撮影中なことを思い出す。
指示に従って笑みを浮かべると呆れられた。
「ぜんぜん違うわよっ。もっと自然な感じで……ん、シェリル、なに?」
「カナタは素直じゃないから自然に笑わせようとしても無理よ。それより――」
背後に回り込んだシェリルが私に抱きついてきた。彼女の顔が私の頬に押し付けられる。柔らかなプラチナブロンドが私の首筋に掛かってくすぐったい。
「ちょっと、シェリル?」
「動いちゃダメよ。いまは撮影中でしょ?」
「それは――っ、そうだけど……でも、恥ずかしいよ」
どうしていいか分からなくて視線を彷徨わせると、写真の魔導具が連続で起動した。
「いいわ、その表情最高よ!」
「えっ、ちょっと待って。まさか、いまのをファッション誌に載せるつもり!?」
「当然じゃないっ!」
「当然って……そんな、だって。こんな……」
シェリルに抱きしめられて、私が妹みたいだ。
恥ずかしいと視線を彷徨わせると、再び姿を写し取られる。
「ふふ、カナタってば、可愛い。お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「呼ぶ訳ないでしょ~っ!」
シェリルを引き剥がそうとすると、再び連続でシャッターを切られる。
そんな感じで、私はひたすら辱めを受けた。
そんなこんなで、とにかく撮影は終了した。
私達は私服に着替えてアリアさんの待つ応接間に顔を出す。彼女はプリントしたばかりの写真と睨めっこをしていたが私達に気付いて顔を上げる。
「二人ともお疲れ様。初めてのモデル、どうだった?」
「もう二度としない……」
私がぼそりと呟く。
「そんなこと言って、この写真のカナタとかすっごく楽しそうよ?」
「やーめーてーっ」
アリアに証拠(写真)を突きつけられて私はまたもや辱めを受ける。
「あはは、ごめんごめん。無理にとは言わないけど、また引き受けてくれると嬉しいわ。二人とも、凄く写真映りがいいもの」
「あたしは結構楽しかったけど……?」
「……考えとく」
シェリルがアリアの味方に回ってしまったので、私は答えを先送りにした。私としてもそれなりに楽しかったけど、雑誌を見た人の反応を考えるとちょっと怖い。
……いや、尊いとか、百合っぽいとか、そのくらいは別にいいんだよ? でもね? 私の方が妹っぽいとか、年上としての威厳がね?
なんて考えていると、アリアが話を再開する。
「問題はページ数ね。撮った写真を纏めてみてるんだけど、やっぱり種類が少ないから、それだけでページを埋めるのは苦しいわ」
「……もしかして、他の服も着ろって言ってる?」
「そうね、他のモデルを探す時間もないし、他にアイディアがなければ?」
うぐぅと、私は呻き声を上げた。知名度を上げるためにモデルになることを選んだのは私だ。でも、既に色々なシチュエーションで写真を撮られまくっている。
町娘風のファッションではシェリルと仲良く並ぶ写真を撮られ、メイドに扮したシェリルに、執事に扮した
なにか他の方法はないかと、私は必死にアイディアを絞り出そうとする。
けど、なにも思いつかなかった。
いや、ちょっと待って。なにか、なにかあるはずだよ。
「――あ、そうだ」
声を上げたのはシェリルだった。
「さすがシェリル、あなたならなにか思いついてくれるって信じてたよ!」
「もう、調子がいいんだから」
肩をすくめつつ、シェリルはアリアさんに視線を向けた。
「あのね、ファッション誌のことは分からないから変なことをいうかもだけど、私達の作った魔導具の特集を組んでもらえないかしら」
「あなた達の作った魔導具の特集?」
どういうことと、アリアさんが首を傾けた。
「防暑や防寒以外にも、食器洗いの魔導具とかを作ったの。知名度を上げるというカナタの目的も果たせるし、魔導具の宣伝にもなると思うのよね」
「出来るか出来ないかで言えば出来ると思うけど……」
「もちろん、私達の宣伝だから掲載料は支払うわ」
「なるほど、それなら……」
アリアさんが考え始めた。
彼女の判断がどうなるかは分からないが、個人的には悪くないアイディアだと思う。シェリルの言うように私の目的に沿っているし、なにより追加でモデルをする必要がない。
「うぅん、それならいっそ、一冊全部纏めて二人の特集にする? いま話題急上昇中の魔導具師特集! みたいな感じで」
……え?
「いいわね。あたしとしては望むところだけど、アリアもそれでかまわない?」
「そうね、服の宣伝にはなるから。その代わり、モデル料を費用に充ててもかまわないなら」
「乗ったわ!」
乗らないで、余計に私が恥ずかしい思いをするじゃない!
「じゃあそれで。紹介用に、私服の写真も撮らせてもらうわね」
しかも結局、追加で写真を撮られることになってるし――っ!
なんて、言い出しっぺが文句を言えるはずもなく、私は追加で写真を撮られた。
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