領主様に目を付けられた 1

 その日、私達は朝から魔導具ギルドに顔を出していた。受付に行くと、こちらに気付いた受付嬢が奥に向かって一声掛ける。それに応じてすぐにエミリーさんが姿を見せた。


「エミリーさん、おはようございます。これ、納品依頼の魔導具です、確認してください」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 まずは日課となりつつある納品依頼の品を提出。資金稼ぎと実績の積み上げを兼ねた納品を、エミリーさんが鑑定を使って確認している。


「相変わらず仕事が早いですね。それに紋様や魔法陣も見事です。シェリルさんが納品した魔導具を購入した人からも、効果が安定していると評判になっていますよ」

「そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいです」


 シェリルはすまし顔で微笑む。最初の頃は少し褒められただけで涙ぐんでいたのに、わずかな期間でずいぶんと自信を付けたものだ。なんて思っていると、なによ? とでも言いたげな半眼を向けられたので、私はすまし顔でそっぽを向く。


「はい、すべて問題ありません。報酬はこちらになります。それとギルドカードを」


 シェリルがギルドカードを提出した。エミリーがそのカードを魔導具にかざし、依頼達成の貢献ポイントを加算する。このポイントが一定値を越えるとランクが上がる仕様だ。


 そのポイントはランクアップに必要な分から見ると微々たる量でしかない。ここまではわりと簡単に上がってきたが、ここからは地道に上げていくしかないだろう。

 だけど――


「カナタ、これで借金も完済できるわ!」


 ランクが上がれば、納品依頼で得られる技術料が増える。

 納品依頼に必要な魔石は魔石屋で買っていたので利益が少なかったが、ランクアップに伴って技術料が増えてきたこともあり、ついに借金を完済する目処が立ったのだ。

 それに感極まったのか、シェリルが私に抱きついてきた。


「ありがとう、カナタ。全部カナタのおかげよ!」

「分かったから、抱きつくな~~~っ」


 嬉しいのは分かるし、私と喜びを分かち合おうとしてくれるのは嬉しい。だが、無駄に大きな胸を、私の慎ましやかな胸に押し付けられるのはイラッとする。

 シェリルを引き剥がしていると、エミリーさんがカードを差し出してきた。


「ほら、カードの更新が終わったみたいだよ」

「あっと、そうだったね。――ありがとうございます」


 シェリルはお礼を言いつつ、エミリーさんから更新されたギルドカードを受け取った。


「こちらこそ、いつもありがとうございます。本日のご用件は以上ですか?」

「あ、いえ、委託販売の依頼があります」

「かしこまりました。先日、特許を習得された魔導具ですか?」

「はい。委託販売をお願いしたいのは繰り返し使える食器洗いの魔導具で、食器の形に合わせて水流を調整することで、繊細な食器でも洗えるようにしてあります」

「特許を習得された魔導具ですね。確認させていただいてよろしいですか?」

「はい、もちろんです」


 シェリルが笑顔で応じる。

 受付でやることではないと言うことで奥の部屋を使うことになった。エミリーさんが食器を用意して、それをまえにシェリルが実演を始める。

 そこにギルドマスターがやってきた。噂を聞きつけて飛んできたのだろうか? 彼は私の隣で、壁にもたれて成り行きを見守る私と同じようにする。


「ギルドマスターもこういう魔導具に興味があるのですか?」

「もちろんあるに決まっている。現状ではどうしても、魔導具は戦闘関連に偏っているが、本来はこういう用途に使うべきだと思うんだ。戦士の生活を支えているのは平民だからな」

「……私もそう思います」


 魔導具が生まれた歴史を紐解けば、戦闘に関連する品ばかりが生み出されるのは必然だ。だが、戦士を支える人達の暮らしを豊かにする道具を作ってもいいと思う。なんてことをサラ先輩に言ったら『カナタは自分が楽したいだけでしょ?』と、からかわれそうだけど。


「しかし、コップの中まで綺麗に水流が届いているな。一見では分からないが、かなり高度な術式を使っているだろう。あれは誰が考えたんだ?」

「もちろんシェリルですよ」

「……本当にシェリルだけで考えたのか?」

「基礎的なアドバイスはしましたが……なぜそこまで気にするのですか?」


 気のせいかもしれない。でも、私の勘はそれなりに当たる。今回はどうだったのか? その答えとして、ギルドマスターは私に手紙を差し出してきた。


「封蝋に紋章、ですか。この紋章は、もしかして……」

「この町の領主様が、嬢ちゃん達に会いたいと言っている」


 やっぱりか――と私は天を仰いだ。

 いずれは権力者が接触してくることを予想していたが、それがあまりにも早すぎる。私の予想では、早くとも特許の商品が評判になってからだった。


 ……そうだ、やっぱりおかしい。いまはまだ特許を習得しただけ。ちまたでは噂になっているとしても、領主様の耳に入るほどではないはずだ。


「――まさか、まだ強盗の件で疑われているんですか?」

「いや、その疑いは晴れている」

「では、用件は特許関連なんですか?」

「……そうだな、要約するとそう言うことになる」


 要約? と首を傾げるが、ギルドマスターはそれ以上答えてくれなかった。

 なんだか分からないが、やはり面倒ごとの予感がする。


「ちなみに、辞退は可能ですか?」

「日にちの調整は可能だが、辞退となると難しいな」

「……では質問を変えます。私達が死んだ場合、特許はどうなりますか?」

「遺族がいれば遺族に。遺族がいない場合はギルドが管理することになる。……と言うか、ちょっと待て。嬢ちゃんはまさか、殺される可能性を考えているのか?」

「最悪の可能性としてはあると思っています」


 特許料として動く金額が少なければ問題ないし、後ろ盾があったり、自分自身が有名人ならば、相手も手を出しにくくなるので安全性は高まる。

 だが、無名のまま多額の特許料を得る状況は危険だ。


 だから特許の内容は無難なものに限っている。安全マージンは取っていたつもりだが、領主様が接触してきた以上は警戒せざるを得ない。


「なるほど、嬢ちゃんの危惧は分かった。そういう危険が不要だと言うつもりもない。実際、過去にそういった事件は起こっている。だがそれでも、今回は杞憂だと言っておこう」

「……本当に?」

「あれこれ頼まれることはあるかもしれないが、殺されたり監禁されることはない。それどころか、上手く立ち回れば味方になってくれるはずだ。ここの領主様なら、な」


 いまの言葉には、二つの重要な情報が含まれていた。

 一つは、領主様に殺されたり監禁される可能性は低いが、なにかを強制される可能性はあるということ。そしてもう一つは、領主様以外になら殺されたり監禁される可能性があるということだ。付け加えるのなら、それらはあくまでギルドマスターの主観に過ぎない。


「……厄介ですね」

「俺の言葉を聞いてそんな反応を示すのか。ずいぶんと疑り深い。……いや、それだけ苦労しているということか?」

「すべて私の杞憂だと思いますか?」


 質問に質問で返す。

 ギルドマスターは眉間を指でグリグリと揉みほぐした。


「どうだろうな。だが、少なくとも領主様は、嬢ちゃん達の都合を聞く程度の配慮は見せているぞ。その手紙は召喚状ではなく、嬢ちゃん達の都合を尋ねる内容だからな」

「……そう、ですか」


 手紙に開封された後はないが、ギルドマスター宛てにも手紙があったのだろう。その上で、予断を許さない状況とは思っていないようだ。


 ならば私は、現状で出来る限りのことをするだけだ。

 ということで、私はシェリルを呼んで、内緒話をするために廊下へと連れ出した。


「カナタ、どうしたの? 食器洗いの魔導具なら、委託販売の手続きが終わったわよ」

「よかった。ただこっちは少し問題よ。これを見て」

「……なんだか高そうな手紙ね」

「領主様からなんだって」

「あぁ、それで高そうなんだ……って、領主様!? え、待って。私達宛てなの? え、それってまさか、カナタが前に言ってた……?」


 驚き、そして誇らしげな顔をして、最後に顔を青ざめさせた。


「大丈夫、そこまでの事態にはなってないよ。ただ……これからも大丈夫だとは言えないかもしれない。ごめんなさい、私のせいで……」


 その言葉を口にした私は、自分が情けなくなって俯いた。

 私は、両親やサラ先輩との約束を果たすという目的がある。だから、こんな無茶だって望んでやっている。だけど、シェリルはそうじゃなかった。

 なのに、私が危険な状況に巻き込んでしまった。


「ごめん……って、なに? まさか、この状況のことを謝ってるの?」

「うん。だって、私がシェリルを巻き込んだから――いひゃい、なにひゅるの」


 両手でほっぺを摘ままれ、思いっ切り引っ張られた。その手を払おうとすると、今度は両手で頬をぎゅっと摑まれた。私のすぐ目の前に彼女の愛嬌のある顔がある。

 だけど、そのアメシストの瞳は強い意志を秘めていた。


「言っておくけど、あたしは巻き込まれた訳じゃないわよ」

「でも……」

「でもじゃない。あたしが望んだのよ。そもそも、なに? あたしは借金を完済した途端、手のひらを返してカナタを厄介者扱いするような恩知らずだって思ってる?」

「そ、そういう訳じゃないけど……」

「けど、なによ?」

「えっと……ごめん」


 目を伏せて彼女の目から視線を外す。


「仕方ないから許してあげる。でも、また同じことを言ったら怒るわよ?」

「わ、分かった」

「約束だからね?」

「……うん、約束する」


 約束は違えない。

 私は新たな約束を胸に刻み込んだ。


「よろしい。それじゃ、これからどうしたらいいか教えて?」

「待って、少し考える」


 自分の頬を手で叩き、いまから選べる最善手を考える。

 目立ちすぎないようにしながら、足場を固める計画は失敗した。次にしなくてはならないのは、権力者に目を付けられても身を護れるだけの状況を作り上げることだ。


「そう、だね。まずは分かりやすく知名度を上げる必要があると思う。だから、シェリルが思い付いた、魔導具の一部だけを交換する技術の特許を取ってしまおう」

「目立ちすぎはよくなかったんじゃなかった?」

「そうだね。でも、既に領主様の耳に入ってしまったから」


 目立ちすぎないようにしたのは、貴族や富豪に目を付けられないためだった。だが、既に目を付けられてしまった以上、ある日いきなり消えたら不審に思われる程度の知名度は欲しい。


 もちろん、やり過ぎはよくない。

 たとえば、因子継承の技術や、シェリルが思い付いた魔石のみ換装できる術式までいくと、領主様どころか他領の人間に狙われる可能性が高くなる。

 どこまで踏み込むべきか、手探りの状態だけど――


「私は、これがいま選べる最善手だと信じるよ」

「分かった。ならあたしはカナタを信じる」


 シェリルはそう言って笑顔を浮かべると、「さっそく特許を取るわ」と部屋に戻る。私はその後を追い掛けていった。そして――

 部屋に戻ったシェリルは開口一番にこう言った。


「という訳で、特許の申請をお願いします」

「……どういう訳かは分からないが、新しい特許、ということか?」


 いきなりな申し出にギルドマスターは目を丸くする。


「防暑と防寒の服の魔導具を作る過程で思い付いたんです」

「なるほど、付随する特許か。その程度ならまぁよくある話だな。見せてみろ」


 シェリルは頷き、革袋から紙に書いた術式を取り出す。


「これがあたしの開発した術式です。ご覧のように、魔石を含む一部のパーツを交換するだけで、使い捨ての魔導具が再利用できます」

「………………は? ま、待て。ちょっと待て。魔石の交換だけで、使い捨ての魔導具を再利用できるようになったと、そう言ったのか?」

「魔石だけではありません。見ての通り、媒体も一部は交換する必要があります」

「それでも、触媒となる装備を作り直す必要はない、と?」

「はい」


 ギルドマスターは信じられないと目を見張り、食い入るように術式を眺める。横で話を聞いていたエミリーさんも同じように見入っている。


「これは……まさか、本当に可能なのか?」

「わ、分かりません。ですが、分かる範囲で矛盾は見つかりません」

「使い捨ての魔導具の再利用など、いままでの常識を覆す技術だぞ」

「消耗品の消費が大幅に抑えられるかもしれませんね」


 震える声でギルドマスターとエミリーさんが話し合う。


「あの、特許の申請は出来そうですか?」

「ん? あ、あぁ、もちろんだ。エミリー、いますぐ手続きを始めてくれ」

「最優先で準備いたします」


 こうして、新しい技術の特許申請は超特急でおこなわれた。


 なお、領主様の手紙はギルドマスターの言ったとおりの内容。私達を招待したいから、都合を聞かせてもらいたいという趣旨の言葉が並んでいた。

 高圧的な態度でないことには安心したが、いずれ呼び出されることには変わりない。


 私は領主様の屋敷に着ていく服を用意する必要があるという建前で、出来るだけ呼び出しが先になるような返事を出しておいた。

 それでも、長くは稼げないだろ。

 つまり、そのわずかな時間で、万が一に備えて出来るだけのことをする必要がある。その手段に考えを巡らせながら、私達は魔導具ギルドを後にした。

 

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