魔導具を作って特許を取得しよう 5

 シェリルが納品用の魔導具を造っている頃、私はアリアのいる服飾店に足を運んだ。

 途端、その足にアリアが飛びついてきた。


「カナタ、私のモデルになりに来てくれたのね!」

「ごめん、今日は別件なの」

「大丈夫よ、カナタが私の用意してくれたミニスカートを穿いてくれるなら異論はないわ。あるいは、ホットパンツにガーダーベルトなんて組み合わせもありだと思うの!」

「うん、なにを言っているか分からないよ。実は新しい魔導具の試作品を作るために、手頃な服が必要なの。なにか、シンプルな夏服と冬服を一着ずつ見繕ってくれる?」

「……いいけど、服の新しい魔導具? そこのところ詳しく!」


 私としては軽く流すつもりだったのだが、アリアは想像以上に食い付いてきた。


「ごめん。特許を申請するから詳細はまだ秘密なの」

「つまり未知の魔導具、それも服飾関係のなにかを作るつもりなのね?」

「うん、そんな感じ」

「なるほど……」


 アリアが思案を始める。特許申請前に教える訳にはいかないが、商品化を予定している身としては望ましい反応だ。そう思っていると、アリアがぎゅっと私の手を握った。


「カナタ、いますぐに詳細を教えてとは言わないわ。だから、教えられる段階になったら真っ先に教えて欲しいの。どうかしら?」

「それくらいなら、まあ……大丈夫かな?」


 シェリルもダメとは言わないだろう。


「ありがとう! それじゃ、そのときはよろしくね! ――と、服だったわね。デザインにこだわりがなければ無料でかまわないけど、それでいいかしら?」

「助かるけど……いいの?」

「試作品で没になったヤツだからね。下手に売ることも出来ないし、ちょうどいいわ。取ってくるからちょっと待ってて!」


 アリアが奥に消えていった。ほどなく戻ってきた彼女が持っていたのは、なにやらやたらと胸元が強調された冬服と、パンツルックスの夏服だった。

 なんとなく、どういうコンセプトで作られたのか分かる気がする。


「まあ……ありがたくもらっていくね」

「ええ、それじゃ、さっきの件、忘れないでね」


 こうして、アリアから冬服と夏服を入手。シェリルの工房に戻って、防暑と防寒の服を製作、続けて高級食器洗いの魔導具、それに納品用の魔導具を造り出していった。



 翌日も、シェリルと魔導具ギルドに向かう。

 まずは納品の依頼を達成――しようと受付に顔を出すと、受付のお姉さんが担当をお呼びしますと席を外し――やってきたのは昨日の受付嬢だった。


「あなたは……」

「名乗るのが遅くなりました。私はエミリー。このギルドのサブマスターの地位にいます」

「サブマスターだったんですね」


 決して小さくないギルドだ。そのギルドのナンバー二が受付にいることに少し驚いた。そして、そんな彼女が、私達の担当になったと言うことにもう一度驚く。


「というか、メンバーに特定の担当ってつくものなんですか?」

「普通はもっと上位のランクになってからね。でもあなた達は特別だから」


 彼女がパチリとウィンクをする。


 なんだか含みがありそうだけど、特許のこと……かな? 特許が上手くいきそうだから、それを見越して、専属の担当を付ける……うん、ありそうだね。


「なんにしても、二度手間にならないのはありがたいです。シェリル」

「うん。――エミリーさん。まずは先日の件をお願いできますか?」

「かしこまりました。こちらへお越しください」


 周囲に聞かれないようにと、別室へと通される。


「これが昨日言っていた魔導具ですか? 一つ多いようですが」


 エミリーさんがシェリルに問い掛ける。


「カナタの提案で、防寒の魔導具も用意しました」

「……なるほど、たしかに需要はありそうですね。というか、これが様々なデザインで売り出されるなら、私も購入したいくらいです。販売する予定はあるのですか?」

「あ、えっと……」


 シェリルが私に視線で問い掛けてきた。



「アリアさんが興味を示してたよ。シェリルにそのつもりがあるなら販売できると思う」

「さすがカナタ! という訳で、申請が下りれば販売することになります」

「そうですか。では楽しみにしています」


 エミリーさんはそう言いながら、手元の書類に色々と書き込んでいく。どうやら、特許の申請に必要な書類のようだ。最後にシェリルに手渡し、サインを促してくる。


「そこにサインをして、魔力を登録していただければ手続きは完了です」

「えっと……」


 なぜか、シェリルがサインを躊躇した。

 そうして、困った顔で私に助けを求めてくる。


「なにを躊躇ってるの?」

「だって、この魔導具を考えたのはほとんどカナタじゃない」

「なんだ、そういうことなら気にしなくていいよ」


 私の目的はお金を稼ぐことではなく、かつての約束を果たすことだ。それに後ろ盾さえ手に入れることが出来れば、人工魔石でいくらでも稼ぐことが出来る。

 そう思っていたら、シェリルに頬を引っ張られた。


「いひゃい、なにふるの」

「なにするの、じゃないでしょ。これらの魔導具を考えたのはカナタなんだから、特許はカナタが取るべきよ」

「でも、食器洗いの魔導具を考えたのはシェリルだし、作ったのもシェリルじゃない」

「でも、カナタがいなければ作れなかったのよ。それなのに、私がすべての利益を甘受するなんて出来ないわよ。せめて半分ことか、なにかあるでしょ?」


 シェリルの借金返済が目的だとほのめかすが、それでもシェリルは引き下がらない。それを見かねたのか、エミリーさんが提案をしてくれる。


「そういうことであれば、共同開発として登録してはいかがですか? 特許を二人で習得すれば、その利益も二人に分配されることになりますよ」


 エミリーさんの提案に私達は顔を見合わせた。


「それなら、あたしに異論はないわ」

「シェリルがそれでいいなら、私も問題ないよ」

「――では、その部分だけ作り直しますね。こちらにサインしてください」


 言われたとおりに二人で名前を書き連ねる。

 それから、サインの横にある小さな魔石に魔力を流し込むように言われた。魔導具ギルドの会員カードと同じように、魔力パターンを登録する認証システムのようだ。

 私とシェリルは言われたとおりに魔力を登録する。


「はい、ありがとうございます。これで特許の申請は完了です。判断が下るまでに二週間ほど掛かる予定ですが、それまでお二人はどうするおつもりですか?」

「え? そうですね。あたしは実績稼ぎでしょうか」

「実績、ですか?」

「はい。カナタに言われたんです。ただ特許を習得しただけで実績がないと、周囲に相手にされない可能性が高いって」

「……たしかに、そういうケースはあります。内容を考えれば大丈夫だとは思いますが、実績をあげておくことは悪いことじゃありません」

「よかった。それじゃさっそく、納品させてください」

「おや、昨日の今日でもう魔導具を作ったのですか?」

「はい。といってもまだ一日なので、そんなに数はありませんが……」


 そういったシェリルが革袋から魔導具を取り出し、一つ、二つ、三つ、四つと数えながら並べる。それが十を超えたころ、エミリーさんのこめかみが引き攣り始めた。


「二十五、二十六、二十七……と、これで全部です」

「こ、この数の魔導具を一日で作ったのですか?」

「……え? はい、そうですけど」

「驚きました。とてもFランクとは思えない技術ですね」


 エミリーさんは大きな溜め息をついた。

 不慣れな魔導具師であれば、簡単な魔導具を一つ作るのにも長い時間と精神力を必要とする。一日――実質数時間でこれだけの魔導具を作れるはずがないのだ。


 もっとも、一流の魔導具師ならまったく問題のないペース。そういう意味では、シェリルも一流にはまだまだ届かないが、それでも駆け出しが一日で作れる量ではない。


 それをエミリーさんから聞かされ、目を見張ったシェリルは『聞いてないわよ?』と非難の視線を向けてきた。だから私も『言ってないからね』と微笑み返す。

 シェリルがドンと肩をぶつけてきた。

 その上で声をひそめる。


「……目立ちすぎはダメなんじゃなかったの?」

「目立ちすぎるのはダメだよ。でも、少しは目立たないと誰にも見向きされないでしょ? そのバランスは難しいけど、このくらいなら大丈夫なはずだよ」

「……まあカナタがいいならかまわないけど」


 シェリルは肩をすくめ、エミリーさんに確認をお願いする。


「かしこまりました、それでは確認させていただきます」


 エミリーさんが鑑定の魔術を使って確認作業を進める。大量に提出したせいかそこそこの時間が掛かったが、特に問題なく確認作業は終わった。


「はい、品質に問題はありませんね。制作者とシェリルさんの魔力パターンも一致いたしました。これでシェリルさんのランクはFからEにランクアップします。手続きをいたしますのでカードを貸してください」


 シェリルがカードを渡し、エミリーさんがその場で手続きをする。


「これだけ納品して、ようやくEランクかぁ……」


 私がぽつりと呟くと、作業をしていたエミリーさんが顔を上げた。


「納品の依頼は本来、魔導具師が腕を磨くためのものですから」

「あぁ、それで自然と数をこなすようになっているんですね」


 どうやら、シェリルのランクアップは地道に済ませるしかなさそうだ。



 という訳で、特許の申請と納品依頼を終えた私達は、新たにEランクの納品依頼を受けて、魔導具ギルドを後にする。そうしてギルドの前で、シェリルが私に聞いた。


「あたしは魔石屋によるけど、カナタはどうする?」

「うぅん、私は……そうだなぁ。いまのうちに商業ギルドに登録しておこうかな」

「あーそっか、アリアと提携したりして魔導具を売るなら、登録しておいた方がいいね」

「うん、ということで、ちょっと行ってくるね」

「分かったわ。気を付けてね~」


 シェリルに見送られ、私は商業ギルドへと向かった。

 向かったと言っても、主要なギルドは町の表通りに並んでいるのですぐ近くなのだが……とにかく、私は商業ギルドに到着した。


 中を見渡すが、内装が魔導具ギルドと似ている。

 似ているだけではなく繋がりもあるのだろう。商業ギルドの一角にある依頼掲示板には、魔導具ギルドで見かけたのと同じ依頼書も張り出されていた。


 そんな依頼掲示板の前、依頼書と睨めっこしている少女がいた。このあいだ、割の合わない依頼書がある事情について教えてくれたエルフ族とおぼしき少女だ。


 彼女はなにやら依頼書を見つめ――がっくりと肩を落とした。どうしたんだろうと眺めていると、「次の方――」と受付のお姉さんに呼ばれてしまった。

 後ろ髪を引かれつつも受付のお姉さんの元へと足を運ぶ。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用でしょう」

「近々取り引きを始める予定なので、商業ギルドに登録しようと思いまして」

「かしこまりました。他のギルドのカードはお持ちですか?」

「魔導具ギルドのカードがあります」

「では、そちらに登録させていただきますので提出をお願いします」

「分かりました。ではこれで」


 魔導具ギルドのカードを提出する。

 それを受け取った受付嬢は登録用の魔導具にカードを通し――


「はい、これで登録完了です」

「え、あ、はい……って、これで終わりですか?」


 私がキョトンとすると、受付のお姉さんはクスクスと笑った。


「確認もなにもないのでびっくりしますよね」

「はい。商売は信用が第一だって聞いていたので正直に言うと拍子抜けです」

「その気持ち分かります。でも、ギルドカードが示すのは、そのカードの持ち主があなたと言うことと、そのカードを作ってからの実績だけですから」

「そういえば、魔導具ギルドでも同じようなことを言われました」

「はい、それと同じです。そのカードを作っただけではなんの信頼も得られません。商人としての信頼を得られるかどうかはこれからのあなた次第なので頑張ってください」


 こうして、私は魔導具ギルドに続いて、商業ギルドにも登録した。

 両方、Fランクのままなんだけどね。


 ちなみに、帰りに依頼掲示板に立ち寄ってみたけど、さきほどのエルフの少女はいなくなっていた。どうやら、少しだけ間が悪かったようだ。

 

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