魔導具を作って特許を取得しよう 4
ギルドマスターとの面会を終えた後、私は魔導具ギルドの依頼掲示板を眺めていた。直後、背中にシェリルがのし掛かってくる。
「カナタ、なに見てるのよ~?」
「なにって、見ての通り掲示板よ」
「そうじゃなくて、どうして掲示板を見てるのかってこと」
「実績を稼ぐために決まってるじゃない。……というか重いから離れて欲しいんだけど」
肩越しに彼女の顔を押しやるが、シェリルは上機嫌でしがみついてくる。なんというか、彼女のいつものテンションとはまったく違う。
「シェリル、いつの間にお酒を飲んだの?」
「お酒なんて飲んでないわよ。というか、カナタはどうしてそんなにいつも通りなのよ? 特許……あんなことがあったんだし、もっとはしゃいでもいいじゃない?」
特許の部分は声をひそめた。
理性は残っているようだが、特許が取れそうではしゃいでいるらしい。
「まだ確定じゃないからね。というか、それは通過点でしかないんだよ? 商品を売り出すためにも、シェリルは実績を稼がなきゃダメだからね?」
知名度があれば、特許を習得した時点で色々な人が目を付けてくれるだろう。
そうなれば、放っておいても誰かが特許使用料を支払ってくれるかもしれない。だがFランクのメンバーが習得した特許というだけでは誰も見向きしないかもしれない。
「実績稼ぎで依頼を受けるの?」
「他にも目的はあるけど、取り敢えず実績稼ぎは必須かなって。でも、あんまりいい依頼がないんだよね。ランク制限がある依頼ばっかりで」
「それは仕方ないわよ。制作者の能力で、魔導具の性能に影響が出るもの」
「……まぁ、そうなんだけどね」
魔導具ギルドのランク=魔導具師としての技能の高さではない。
だが、会員になるのは誰でも可能だし、そこに記載する情報も確認されないため、ギルドのメンバーだから信頼できるとは限らない。信頼できるのは実績で得られるランクのみ。
だから、Fランクに納品の依頼しかないのは当然なのだが……その納品の依頼もろくなものがない。報酬が安いのは当然で、受ければ確実に赤字になるような依頼まである。
「あ~たしかに、これなんて魔石代で赤字になるわね。こんな依頼があるのは受ける人がいるのか、それとも誰も受けないから残ってるのかしら?」
「――どちらかといえば前者ね」
シェリルの疑問に知らない声が答えた。
驚いて振り向いた私達の視界に飛び込んできたのは鮮やかなエメラルドグリーン。少女のとても艶やかな髪の色だった。そしてその髪の下からぴょこんと長い耳が飛び出している。
瘴気の影響で変容した人間――エルフ族だ。
「あなた達の会話が聞こえたから、思わず答えちゃったの。迷惑だったらごめんね?」
私は少し警戒してしまったのだが、シェリルが「迷惑なんかじゃないわ。前者ということは、受ける人がいるってことかしら?」と問い掛ける。初対面でもお構いなしだ。
こういう、シェリルの人懐っこさは凄く感心する。
私はこの隙に、シェリルの腕の中から抜け出して二人の会話に耳を傾ける。
「たまにだけどね。なんらかの理由で倉庫に眠っている完成品を売る人や、ランクを早くアップさせたい人が赤字覚悟で受けたりするわね」
「なるほど、それで依頼書があるのね。教えてくれてありがとう」
「いいのよ。未来ある魔導具師とは仲良くしておきたいからね」
彼女はそう言うと、手を振って離れていった。そのまま、近くにいた冒険者とおぼしき者達と合流して魔導具ギルドを後にする。
「冒険者、だったのかしら?」
「みたいだね。というかシェリル、よく初対面の人とあんな風に喋れるね?」
「え、別に普通じゃないかしら?」
「ギルドマスターを前にしたときはガチガチだったじゃない」
「あれは、相手が凄く偉い人だったからよ」
「なるほど、権力に弱いんだね」
「ちょっと、カナタ、言い方、言い方ぁ」
シェリルが腰に手を当てる。だが本気で怒っている訳ではないのは明らかだ。私が笑っていると、シェリルは小さな溜め息をついた。
「あたしから見たら、ギルドマスターと対等に話してたカナタの方が凄いと思うけどね」
「あれは、他人じゃなくて、仕事の相手だからだよ。仕事相手となら普通に話せるけど、知らない人と喋るのは苦手なの」
「そうなんだ? その割には、あたしとは最初から普通に話してるわよね? もしかして、あたしのことも仕事相手だと思ってるの?」
「え、そんなことはないけど……言われてみると、シェリルとは最初から普通に話してるね」
なぜだろう?
理由は分からないけど、シェリルはなんとなく喋りやすい。
「なるほどなるほど。カナタは、あたしのことをお姉ちゃんのように慕っているのね」
「いや、私の方が年上だから。……というか、依頼の話に戻すよ。ひとまずはこのギリギリ赤字にならない依頼をいくつか受けてランクを上げよう」
「うぅん、こっちの依頼は受けないの?」
シェリルが指差したのは、さっきエルフの女の子が説明してくれたタイプの依頼だ。ランクは上げやすそうな内容だが赤字は免れない。
「貢献稼ぎにはありだけど、赤字になるのは困るでしょ?」
「それは、ね。でも、カナタは――」
魔石を造れると口にしようとしたシェリルの口を指先で塞ぐ。更に、周囲に聞き耳を立てている人がいないことを確認した上で声をひそめた。
「たしかにそれは可能だよ。でも言ったでしょ? いまは出来るだけ魔石の因子を継承する技術は表に出したくないって」
「それは分かってるけど……ずっと使わない訳じゃないでしょ? カナタが魔石を用意して、私が魔導具を造るって言ったわよね?」
「もちろん。相応の環境が整ったら、ね」
「その環境ってどんなの? 後ろ盾が必要っていうのは聞いたけど……」
シェリルが気にしている。
そういえば、今後の予定を話していなかったことを思いだした。
「いま考えているのは、冒険者と手を組むことだよ」
「……どういうこと?」
「たとえば……そうだね。冒険者と契約して、魔導具を提供する代わりに、魔石を直接売ってもらう、とかかな。そうすることで、色々な魔石を入手出来るでしょ?」
複数の冒険者から様々な魔石を買い取ることで、レアな魔石を持っていても不自然ではないという状況を作り出す。そうすることで、因子継承で造った魔石を紛れ込ませるのだ。
それに、強い冒険者と縁を結べば、私達を我が物にしようとする者への牽制にもなる。
「そっか……色々考えているのね」
「言うのが遅くなってごめんね」
「うぅん、それはいいわ。でも、早くカナタと一緒にたくさんの魔導具を造れるようになりたいなって思ってたから、どうしたらいいか目標が分かって嬉しいわ」
「ありがとう。私も……その、シェリルと魔導具を造るのが楽しみだよ」
そう言ってから恥ずかしくなって視線を逸らす。次の瞬間、シェリルに抱きつかれた。
「ちょっと、抱きつかないでっ!」
「嫌よ、カナタが可愛いことを言うのが悪いのよ!」
「あぁもう、胸を押し付けるな――っ!」
ぐいっと引き剥がす。
「なに拗ねてるのよ。カナタもそのうち大きくなるわよ」
「ぶっとばすよ?」
「ふふ、ごめん、謝るわよ。もう言わないから、依頼を選びましょ」
シェリルに促され、手頃な依頼をいくつか受けることにした。どれもこれも、魔石屋で魔石を購入する値段に、わずかばかりの製作手数料を含む程度の値段。
仕事としては美味しくないが、安全に実績を得られるのが利点だ。
私とシェリルは魔石屋によって、必要な魔石を購入。
その足でシェリルの家へと帰還した。
「それじゃ、さっそく納品用の魔導具を造ろうと思うんだけど……」
シェリルの工房で、彼女がチラチラと私に視線を向ける。
「分かってる。魔石に刻む魔法陣を見てあげるわ。たぶん、あなたの頭の中にある魔法陣をそのまま刻んだら、一、二等級の魔石なんて粉々に砕け散るだろうから」
「あはは……分かってはいるつもり、なんだけどね」
「まぁ、仕方ないよ。普通は少しでも効率のよい魔法陣を考えるからね」
歪んだ線よりも、綺麗な線を引いた方が魔導具の性能が高くなる。それが分かっていて、わざわざ線を歪めて書こうとする人はいない。
とはいえ――
「慣れれば、意図的に出力を落とすことも出来るはずだよ。まずはここに刻むつもりだった魔法陣を描き出して、それから改良していこう」
「分かったわ。それじゃ……」
シェリルがペンと紙を用意して、フリーハンドで精巧な魔法陣を描き出していく。その魔法陣の構成を見ていた私の口から、思わず「うわぁ……」という声が漏れた。
「な、なにかダメだった?」
「分かってるでしょ? ダメなところがないのがダメなのよ。よくここまで緻密な魔法陣を考えるわね。というか、これを二等級の魔石に刻むつもりで創ったの?」
モノにもよるが、魔石は指の先くらいのサイズが一般的だ。
魔石に文字通り魔法陣を彫り込む訳ではなく、魔石の中に存在する領域に魔法陣を描き出すため、実際に指の爪くらいにまで魔法陣を小さくする必要はない。
ないのだが……それを考慮しても、シェリルの魔法陣は精密すぎである。
「あはは。カナタに教わるまでは、とにかく魔法陣の完成度を高めようとしてたからね。『また魔石が砕けた。きっと私の創った魔法陣がダメなせいよ!』って感じで」
「まぁ、ある意味で魔法陣が原因だったね」
方向がまったく逆だったのだが、結果的にはスキルアップになっている。
「じゃあ今度はグレードをダウンさせましょう。魔力の出力を三割程度に落としてみて」
「そ、そんなに落とすの?」
「食器洗いの魔導具もそんな感じだったでしょ? あれを参考に作ってみて」
「わ、分かった、やってみるわ」
シェリルが紙に描いた魔法陣と睨めっこを始める。
私はそれを横目で眺めながら、クズ魔石の因子を継承する準備を始めた。
「カナタはなにを作るの?」
「私は特許の習得に必要な魔導具の魔石なんかを作るよ」
「魔石なんか、ね。なんだか、色々と作ろうとしているように見えるけど?」
私の言い回しと、クズ魔石を複数の山に分けていることから、私が色々な魔石を作ろうとしていることに気付いたらしい。
「まずは高級食器洗い用の魔石。それに、防暑の魔導具を衣類限定とするなら、服で作り直した方がいいでしょ? それに、ついでに防寒の魔導具も作ろうかなって」
いまの季節的には防暑の魔導具に需要がある。だが防暑の魔導具が生まれれば、防寒の魔導具なんて誰でも思い付く。だからいまのうちに特許を取っておこうという話である。
私はそう応えながら、魔石をぽいぽいっと釜の中に放り込んでいく。
「もう新しい魔導具を思い付くなんてさすがカナタね」
「思い付いたというか、私の生活必需品なんだけどね」
生活を豊かにする魔導具を作ろうという動きがあったのは魔導具が生まれた時代だけだ。その後はずっと、魔物に対抗するための研究が続けられている。サラ先輩みたいな気さくな魔導具師と、私みたいにものぐさな研究者がいなければ生み出されない技術だろう。
サラ先輩なら、作って広めていてもおかしくない。けど、この時代に広まっていないなら、サラ先輩はそういった魔導具は造らなかったのだろう。
他の魔導具を造っていたのか、それとも……
「カナタ、どうしたの? なんだか怖い顔をしているわよ?」
「うぅん、ちょっと考え事をしてただけ。さっき冒険者らしき女の子が魔導具ギルドにいたけど、この町にはどのくらいの数の冒険者がいるの?」
「え、どうかしら? 正確な数は知らないけど、たくさんいることはたしかよ」
「そっか……」
先日、シェリルは言った。
森の奥にある迷宮は200年前から氾濫したままだと。
だが戦力が十分なら、森の魔物を狩り尽くしてゲートの向こうにある迷宮に足を運ぶはずだ。それが出来ていないと言うことは、戦力が足りていないと言うことに他ならない。
そして数が十分なら、足りていないのは質と言うことになる。
考えられる理由は……
「もしかして、強力な魔導具が不足しているの?」
「ん~、あたしも詳しくは知らないけど、そんな話は聞いたことがあるわね」
「そっかぁ」
最初の頃は、騎士団を派遣したりと、数の暴力で魔物を間引いていった。
その後――つまり200年ほど前は、迷宮で得た強力な魔石で魔導具を生み出し、それを利用して、再び迷宮に挑むと言うことを繰り返していた。
だけど、いまの時代のこの町は、迷宮に手を出さず、森で魔物を狩っているという。動物が瘴気で変容した魔物は狩りやすいが、習得出来る素材の質も低い。
おそらく、少しずつ強力な魔導具が失われ、じり貧になっているのだろう。
それがこの町だけの現象か、それとも大陸中で起きている問題なのか……どっちにしても、このまま放っておく訳には行かない。
……それに、当面の目的にもちょうどいいよね。
「カナタ、なんだか悪い顔をしてるわよ?」
「失礼な。そんな顔してないよ。冒険者と手を組むことを考えてただけ」
「そういえば、そんなことを言ってたわね」
「うん。そのためにも、まずはシェリルの知名度を上げよう」
いまの状況では、冒険者に手を貸すと言っても笑われるだけだ。だから私達は実績を積み上げて。相手から手を貸して欲しいと言われるレベルを目指す。
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