魔導具を作って特許を取得しよう 6
この時代に来てからおよそ半月。私が指導をしながら、シェリルが納品依頼を次々にこなしていく日々が続いた。そんなある日、シェリルがついにランクCに昇格した。
「――やったよ、カナタ! ついに私もCランクよ!」
魔導具ギルドの受付前で、人目も憚らずシェリルがしがみついてくる。
その無駄に豊かな脂肪の塊を押し付けられてぐぬぬとなるけど、今日だけは文句も言わずにされるがままになる私は懐が深い。胸はないけど――って、余計なお世話だよっ。
「ありがとう、カナタ。私がCランクになれたのはカナタのおかげよ」
「おめでとう。シェリルが頑張ったからだよ。それよりほら、エミリーさんを待たせてるよ」
ここは受付の前だ。
周囲からむちゃくちゃ注目されていて、微笑ましい視線を向けられている。
エミリーさんも空気を読んで見守ってくれているが、いつまでも彼女を待たせる訳にはいかない。それをさり気なく指摘すると、シェリルは慌てて取り繕った。
「ご、ごめんなさい」
「お気になさらず。私としても、担当のあなたがCランクになったことはとても嬉しいです。これでシェリルさんも一人前の魔導具師に仲間入りですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます! これからも、もっともっとランクを上げていきますね」
「期待していますよ。それと――あわせておめでとうございます。先日申請なさっていた、特許が認められました。三つともすべて、ですよ」
ざわり――と、ギルドにざわめく声が上がった。
なにごとかと、私とシェリルが驚いて周囲を見回す。さきほどまで微笑ましい光景を見守るようにしていた者達が、いまはまったく違う視線で私達を見つめている。
羨望、嫉妬、疑念、そういった感情が入り乱れていた。
「あなた方に与えられた特許の内容です。ご確認ください」
エミリーさんに特許について詳細の書かれた書類を渡された。
それによると、特許が適用される期間は三年で、これはギルドにある通信の魔導具によって情報が伝達され、大陸中で適用されているそうだ。
他人が特許技術を使用した商品を売る場合は販売価格の5%、あるいは一つに付き200リーシュ、高い方の金額を特許使用料として魔導具ギルドに納める必要がある。
それらが遵守されるよう、魔導具ギルドが責任を持って管理する。その管理費が、納められた特許使用料の40%。なので、私達に支払われる金額は販売価格の3%、あるいは120リーシュとなる。少なくない管理費を取られることとなるが、特許を大陸中に適応し、管理してくれるならば相応の手数料だろう。
他には、特許の適用範囲が細かく書かれていた。
衣類だけでなく、衣類に身に付ける装飾品は特許の適用範囲。ただし、ローブを含む、冒険者が使用する装備は特許の適用範囲外。一般的なお守りも適用範囲外だ。
「衣類に身に付ける装飾品と、装備としての装飾品の違いはなんですか?」
「装備として取り扱うか、装飾品として取り扱うかの違いでしかありません。とはいえ、普通の服飾店で、冒険者の装備は取り扱えませんから」
「……なるほど」
曖昧な部分はあるが、その辺りはギルドが管理してくれるのだろう。
「シェリルさん、カナタさん」
エミリーさんが静かに、けれど強い意志を秘めた声で私達の名前を呼んだ。私はハッと顔を上げて背筋を正す。隣にいるシェリルもそれに倣った。
「特許の獲得は一流の魔導具師でも滅多に得られない栄誉です。お二人はこれから、否応もなく注目されることになるでしょう。お二人がどのような道を進むのか楽しみにしています」
エミリーさんが意味ありげに微笑む。
どうやら特許の習得は、私が思っていたよりも少しだけ目立つ行為だったらしい。予想外の周囲の反応に取り乱してしまったけど、都合良く周囲の注目を集めている。
いまこそ計画を進めるチャンスだ。
「シェリル、いいかな?」
「え? あ……うん、カナタに任せるよ」
「私任せでいいの?」
「もちろん、あたしがいまここにいるのはカナタのおかげだもの」
それを言うなら、私がここにいるのはシェリルのおかげだ。
彼女がいなければ、サラ先輩との約束を諦めていたかもしれない。私がこんな風に、もう一度頑張ろうと思えたのはシェリルのおかげだ。
でも、そんなことは口に出来ない。だから私は、シェリルの信頼に応える。
「エミリーさん。実は私達、手を組んでくれる冒険者を募集したいんです」
「手を組んでくれる冒険者? まさか、狩りに参加するのですか?」
「いいえ。私達が作った試作品を貸与する代わりに、その使い心地の感想を求めたり、狩りで習得した魔石を売ってもらったり、です」
聞き耳を立てていた者達から再びざわめきが上がる。
「試作の魔導具を貸与、ですか?」
「はい。いわゆるモニターですね。最初は特許を取った服などのモニターをしてもらうつもりですが、ゆくゆくは戦闘系の魔導具も取り扱いたいと思っています」
特許を出願して以来、人工魔石を使った魔導具は売っていない。だが、ここ毎日納品依頼をこなしていたこともあり、資金も少しなら使える。
もちろん借金が残っているが、いま口にしたことを実行に移すだけの目算は立てている。
「それは……希望者がたくさん現れそうですね」
私の言葉に、エミリーさんは周囲へちらりと視線を走らせてそう言った。振り向かなくても分かる。既に私達にいくつか熱い眼差しが注がれている。
「それだと嬉しいです。詳細をお伝えするので募集を出してもらえますか? それと、もしも複数応募があった場合は、審査で選ばせてもらうことを付け加えてください」
最後に付け加えたのは、いまにも詰め寄ってきそうな冒険者達に向けた言葉だ。私は自分のもくろみが順調に進んでいることに満足。必要な手続きを終え、魔導具ギルドを後にする。
ちなみに、魔導具ギルドを出るまでに、数名の冒険者に質問されたことを付け加えておく。
「カナタ、凄いわ、カナタ!」
外に出るなり、シェリルが抱きついてきた。
「……シェリル、喜ぶのは分かるけど、恥ずかしいから抱きつかないで」
最近、魔導具ギルドで毎日の様に抱きつかれているせいか、尊いとか、百合だとか、日を追うごとに見守る人が増えてきているのだ。ちょっと恥ずかしい。
「あたしは気にしないわ!」
「私が気にするの!」
振りほどくと、シェリルはむーっと唇を尖らせた。
「カナタはつれないなぁ」
「いつまでもふざけてないで、アリアさんのところへ行くんでしょ?」
「あ、そうだったわね」
すっかり浮かれているシェリルを連れてアリアさんのお店を訪ねる。
「シェリル、カナタ、今日こそモデルになりに来てくれたのね!」
「違うわよ。というか、カナタから聞いてない?」
「魔導具の特許が取れたよ」
私がシェリルに続いて報告すると、アリアさんはまん丸に目を見張った。そして次の瞬間、アリアが真正面からシェリルを抱きしめた。
「凄い、おめでとう! よかったわね、シェリル!」
「ありがとう、アリアが応援してくれたおかげよ」
「私はなにもしてないわよ」
「うぅん、服を安く売ってくれたり、貰い物だって嘘ついて、あたしに食事を分けてくれたりもしたでしょ? すごく感謝してる。だから、ありがとうね」
二人が仲良く抱き合っている。
その光景を見て私は――胸を痛めた。
なぜなら……二人の無駄にでっかい胸が、互いの胸で押し潰し合っているのだ。私のときは、私が一方的に埋もれるだけなのに……ぐぬぬっ。
「カナタ、自分の胸に手を当てたりして……どうかしたの?」
「……なんでもない」
ぷいっと視線を逸らす。
首を傾げたシェリルは、まぁいいかという顔でアリアに視線を戻す。
「それでね、アリア。もしよかったらだけど、特許を取った魔導具の服、あなたのお店で取り扱ってくれないかしら?」
「もちろんよ――と言いたいところだけど、それは現物をみてから決めさせてもらうわ。あなたが持ち込んだのなら、期待していいのよね?」
「当然よ。カナタの考えた魔導具は凄いんだから」
挑発的なアリアのセリフに、シェリルがにやっと応じる。そういえばこの二人、幼馴染み的な関係らしい。どうりで仲が良いはずである。
「それじゃ、さっそく見せてもらおうかしら。お父さーん」
「ん、どうかしたのか? おっと、シェリルちゃんじゃないか、いらっしゃい。それにそっちの子は、シェリルちゃんの友達かな?」
アリアさんがお父さんと呼んだ紳士的なおじさんが姿を現した。彼は私の存在に気付き、さきほどのように声を掛けてきた。私もそれに応じてぺこりと頭を下げた。
「初めまして、カナタです」
「カナタちゃんか、私はこの店の店長でアリアの父親だ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
形式的な挨拶を終えて、店長さんがアリアへと視線を向けた。
「それで、どうして私を呼んだんだ?」
「シェリルが服関連の魔導具で特許を取ったのよ!」
「おぉ、それはおめでとう! 凄いな、さすがオリヴィエさんの娘だ」
「あ、ありがとうございます」
シェリルが感極まったように涙ぐむ。
……オリヴィエさん。シェリルのお母さん、ってことかな。
「ふむ。それで、アリアは奥で詳しい話を、ということだな。分かった、こちらはいいからしっかりと話し合ってきなさい」
「ありがとうお父さん、それじゃこっちよ」
先導するアリアに連れられて、お店の奥にあるテーブル席に案内される。ソファを勧められてシェリルと並んで席に着くと、アリアは店員の女性に声を掛けた。
「いまから商談をするから、しばらくは人を近付けないようにお願いします。それから、飲み物をお出ししていただけますか?」
「かしこまりました、お嬢様」
店員の女性は一切の疑問を挟まずに従った。
彼女達にとってはいつものやりとりなのだろう。
「アリアさん、本当に店長の娘なんだね」
「あら、カナタさんはいままで、私をなんだと思っていたの?」
「ミニスカートを勧めてくるちょっと変わった店員さん」
真顔で答えるとシェリルが吹き出した。それを横目にアリアさんは「まぁ否定はしないけど」と笑って、再び口を開く。
「服って、いくつも用途があるでしょ? 旅先で身を護るような服もあれば、お店で仕事に合わせた服もあるし、見る者を楽しませたり、見せることを楽しんだり」
「その中で、アリアさんは見ることを楽しんでいるんですね」
「そういうこと。私のコーディネートでその人の魅力を引き出すのが好きなの。もちろん、着る人のニーズに合わせるのが一番だけどね」
「立派な考えだね。それで、出会い頭に私の足に抱きつかなければ完璧だったよ」
あの衝撃は忘れられないとチクリ。
「こーら、カナタ。ダメだよ、そんな風にイジワル言っちゃ」
「別に、イジワルを言ってるつもりはないんだけど?」
「でも、実際は口で言うほど悪く思ってないでしょ?」
「衝撃的だったのは事実だよ」
そう言ってぷいっと視線を逸らした。
そうして世間話をしているうちに、さきほどの店員の女性がやってきて、私達の前にアイスティーを並べて退席する。それを見届け、アリアが居住まいを正した。
「さっそくだけど、特許を取った魔導具の服を見せてくれるかしら。あるんでしょ、現物」
シェリルが頷き、革袋から取り出した折りたたまれた服をアリアに手渡す。
「といっても、見ただけじゃ分からないわよね。それは――」
「待って。先入観なしで試したいから、まずは着てみてもいいかしら?」
「え、別にかまわないけど……」
シェリルが同意した瞬間、アリアは立ち上がって服を脱いだ。人払いされたスペースとはいえ、私達が目の前にいるにもかかわらず、だ。
私が驚きに目を見張っていると、シェリルがクスクスと笑った。
「驚くわよね。アリアいわく、モデルは人前で着替えることを躊躇わない、だそうよ」
「そ、そうなんだ……」
モデルの話は保留にしてたけど、私には絶対無理だ。
「あ、言っておくけど、私だって相手は選んでるわよ。それに、シェリルやカナタさんがモデルを務めるときには、ちゃんと着替えるスペースを用意するから」
「……よく私の考えてることが分かったね」
「分かるわよ、シェリルと同じ反応だもの」
「……なるほど」
視線を向けるとシェリルが肩をすくめた。
どうやら、私と同じ道を通った後らしい。
なんてことを考えているうちにも、アリアは私達の前でささっと下着姿に。続けて魔導具化された服を身に着けると、その場でくるっと回って見せた。
その姿はとても堂に入っている。
なにより感心したのが服の着こなしだ。彼女が下着姿になったとき、決してそこまでスタイルがいいとは思わなかった。私の嫉妬を抜きにしても、胸が大きいだけの普通のスタイル。
だが、服を着こなしている彼女のスタイルは非常によく見える。
そういえば、試作に使った服は、アリアから譲り受けたものだった。
「……もしかしてその服」
「ええ、没にはなったけど、私が着る予定だったの」
「そっか、よく似合ってるよ。没にする必要なかったのに」
「ありがとう。でも採用したのは、これを改良した服だから」
完成した服の方がもっと出来がいい、ということのようだ。これだけスタイルがよく見えるのは、彼女の着こなしに加えて、服のデザインが優れている証拠だろう。
彼女が自分のために作った本気の作品がどんな出来なのか非常に気になる。
「私のモデルになってくれるなら、カナタさんに合わせた服を作ってあげるわよ?」
「……それは、魅力的だね」
「カナタ、騙されちゃダメだよ。頷いたら、ミニスカートをたくさん穿かされるんだから!」
「はっ、そうだった」
我に返る私の前でアリアさんが「手強いわね」と呟いた。
「言っておくけど、私はただ短いスカートを穿かせたい訳じゃないのよ。ちゃんと、カナタの足が綺麗に見えるような、可愛い服を着せたいだけよ」
「興味はあるけど、いまは魔導具の服の話を先にして欲しいかな」
私は議題を元に戻すように促した。アリアさんは頷き、色々と確認するように身体を動かしている。それからふとなにかに気付いたようにシェリルに視線を向ける。
「もしかしてこの服、涼しくなる仕様?」
「ええ、そうよ。それは防暑の魔導具、防寒もあるわよ」
「なるほど、たしかに快適ね。魔導具をこんな風に使う発想は思い付かなかったわ。でも……たしか、防熱の魔導具は既にあったわよね? その辺りはどうなっているの?」
「それは――」
と、シェリルが衣類に限定して特許を取ったことを説明した。
それを聞いたアリアさんが眉をひそめる。
「なにか問題があるの?」
「そうね。まず、この服の効果は素晴らしいと思うわ。魔導具の値段にもよるけど、確実に需要はあるでしょうね。それでも、いくつか問題があるの」
「聞かせて。きっとその問題も解決するわ。――カナタが」
――と、シェリルが自信満々に言い放った。
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