魔導具を作って特許を取得しよう 1
翌朝、私はリビングに顔を出した。
そこにシェリルの姿はなく、チェスターが朝食の用意をしていた。
「おはよう、チェスターくん。……シェリルは?」
「ああ、カナタか、おはよう。シェリルはまだ寝てるみたいだぞ。昨日はなにやらはしゃいでいたから、寝付けなかったんじゃないかな」
「ふふ、子供みたいだね」
「まったくだ」
チェスターくんはしみじみと同意する。呆れるような口調だが、妹に対する愛情を隠しきれていない。素直じゃないところに親しみを覚え、私はクスクスと笑った。
「ところで、朝食の用意をしているの? 私も手伝おうか?」
「――必要ない」
気遣われたというよりも、拒絶されたという方がしっくりとくる反応。滞在を許可してくれたけど、やっぱり迷惑なのかなと戸惑う。
「あぁいや、すまない。シェリルは料理がからっきしでな」
「あ~、そういう……」
条件反射で断ってしまうほど、シェリルは手伝わない方がマシということ。
「一応、人並みには手伝えると思うよ」
「ふむ。では、盛り付けなどを頼む。もうすぐシェリルも起きてくるはずだからな」
「うん、任せて。……と、お皿はそこの棚かな?」
「ああ、いつも使うのはこっちだ。ただ、三人分だと小皿が足りないな。そっちの奥にしまってあるから、それを出して洗ってくれ」
「了解、っと」
私は奥の棚からお皿を取り出して、魔術を使ってお皿を洗浄する。
「へぇ、器用なものだな。魔術で皿を洗うやつなんて初めて見た」
「あはは、結構めんどくさがりなもので」
笑って誤魔化す。
魔力は時間と共に回復するが、眠っているあいだが一番回復する。一日に使える魔力の量には限りが有るため、魔術師の魔力は決して無駄遣いできない。
冒険者の魔術師なら戦いのために使い、研究者の魔術師なら研究のために使う。それ以外の魔術師は、魔石に魔力を込めて小銭を稼ぐのに使う。
魔力を馬鹿食いする研究をしているのに、他のことに魔力を使う余裕があるなんて信じられない――とはサラ先輩の言葉である。同僚にもよく、魔力の無駄遣いだと呆れられた。
私の魔力量は平均よりもかなり多い。
「ま、俺としては助かるけどな。それじゃ、その皿に盛り付けも頼む」
「任されたよ」
鼻歌交じりに盛り付けていく。
故郷で暮らしていた頃はよくこんな風に親の手伝いをしていたけど、研究所に所属してからは、食堂で食べることがほとんどだったのでわりと懐かしい。
「そういえば、昨晩にシェリルから聞いた」
「……あぁ、お店のこと? チェスターくんに確認も取らずにごめんね」
「いや、俺が口を出すことじゃないからな。聞いているかもしれないが、あいつは自分で借金をして、自分の力で親の跡を継ぐと決めたんだ」
「……でも、支えてあげているんだよね?」
シェリルから聞いた話だが、チェスターくんには仕事先に住み込む話もあったらしい。それでも家から仕事先に通って、朝はこうしてシェリルの分の朝食も作っている。
「……これは、約束みたいなものだ」
「約束?」
「魔導具師だった母との約束だ……っと話しすぎた」
二人の母親の話。彼女の先祖がサラ先輩なのかどうか、少し聞いてみたいと思ったのだが、彼は「とにかく」と話を変えてしまった。
どうやら、いまは聞かない方がよさそうだ。
「とにかく、シェリルとカナタが共同で魔導具を作ることに異論はない。俺も可能な範囲でなら手伝うつもりだ。なにかあれば言ってくれ」
「ありがとう。シェリルには絶対に後悔させないよ」
私がそう口にすると、チェスターくんは安堵するように笑った。
そこに寝ぼけ眼のシェリルが顔を出す。
「ふわぁ~、おはよう、お兄ちゃん。それに、カナタもおはよぉ~」
「シェリル、だらしないぞ。カナタを少しは見習え」
「……寝間着? 凄い恰好だね」
眠そうなシェリルは、ぶかぶかのシャツが一枚だけという恰好だ。さすがに下着は付けていると思うが、肩はずり落ちてオフショルダーのようになっている。
「ふぇ……っ。~~~っ」
我に返ったシェリルは物凄い速さで消えていった。
「ふむ。女性が二人になったところでますますだらしなくなるかと思ったが……意外と良い方向に効果がありそうだな。それとも、最初だけか……?」
「……私は、きちんとするよ?」
こいつがシェリルに染まるのでは? みたいな目で見られたので否定した。さすがに、異性のいる家で隙を見せるつもりはない。
――と、そんな感じで朝のひとときは経過。
チェスターくんはお仕事に出掛け、私とシェリルは工房に足を運んだ。
「それじゃ、昨日買ってきたローブを魔導具化しちゃおうか」
「その前に! カナタ、さっきのあれを魔導具で作れば売れると思うわ!」
「……どれ?」
出鼻を挫かれ、私は目を瞬いた。
「さっき、カナタが使い終わった食器を魔術で洗浄したでしょ?」
「あぁ、したね」
便利は便利だけど、普通の魔術師はたぶん使わない。
なぜなら、魔力の無駄遣いだからだ。
「あれ、発想は凄いけど、技術的には水属性の魔術、レベル一くらいで出来るよね? 食器洗いの魔導具を造れば売れると思うんだけど、どうかしら?」
「食器洗いの魔導具かぁ~。たしかに売れるかもだけど……」
「けど?」
「簡単に真似されそうだなぁと」
シェリルが商品化に興味を示すということは、似たような魔導具はないのだろう。だが、いわゆるアイディア商品。構造が簡単な分だけど、真似されるのも一瞬だ。
発表するのはかまわないが、借金返済を目的とするには向かないだろう。
「それなら大丈夫だよ。魔導具ギルドに登録すれば」
「えっと、どういうこと」
「聞いたことない? 特許っていうのがあるんだけど――」
シェリル曰く、魔導ギルドに新商品を登録すると特許が与えられるそうだ。その権利は向こう三年は有効で、他の人がその商品を作る場合は特許の使用料を払う必要があるとのこと。
200年前にはなかった制度である。
そんな制度があるなら、人工魔石の技術を公開して大丈夫――と判断するのは少し早計かな? 因子継承が魔導ギルドの範囲内か不明だし、貴族から護ってもらえるかも分からない。
とはいえ――
「そんな制度があるなら、食器洗いの魔導具とか、特許を取ってみてもいいかもね。でも、既に特許を取ってる人っていないのかな?」
「たぶんいないと思うわ。魔導具って基本的に、魔物と戦うための道具っていうイメージだから、生活に使う魔導具って意外と少ないのよね」
「なるほどねぇ」
日常に使う魔導具が盛んに開発されていたのは魔導歴が始まった当初のみ。迷宮の氾濫が始まってからは、戦闘に関連した魔導具の開発に傾いていった。
200年前ですら、日常に使う魔導具の開発はほとんどされていなかった。あの頃よりも、日常品の魔導具を造ろうという人間は減っているのだろう。
「もしかして、ローブの方もなかったり?」
「もしかしたら、とは思ってるわ。だからギルドで確認してもらうつもり」
「なるほどね~」
そういうことなら、アイディア商品もありかもしれないと考えを巡らす。もっとも、そういう商品は、考えても簡単に思いつくものではないのだが……
「それじゃ、取り敢えず魔導具を造ってギルドに持っていきましょうか」
「うぐっ」
なぜかシェリルが呻き声を上げた。
「……どうしたの?」
「その、食器洗いの魔導具の原理を考えると、魔石は一、二等級くらいよね? 水属性の魔石で、魔術のレベルが一か二あれば十分だろうし」
「あぁ……シェリルの組んだ魔法陣を刻むと魔石が砕けちゃうかもね」
もちろん、もう少し等級の高い魔石で拡散や効果時間拡大、あるいは範囲拡大などの因子を利用した、高級食器洗い機なんかも作れなくはない。
だが、サンプルは安価な使い捨ての魔導具の方がいいだろう。
「仕方ないなぁ。紙とペンはある?」
「え、ここに在るけど……」
「ちょっと貸して。魔法陣を設計するから」
私はサラサラっと、水流を循環させて食器を洗う魔法陣を書き起こした。自分で使っている術なので、術式を書くのはさして苦労しない。
「こんな感じでどうかな?」
「うわぁ、早い、凄い!」
「褒めてもなにも出ないよ」
そんな相槌を打つが、シェリルの視線は紙に描いた魔法陣に釘付けになっている。その瞳がいつになく真剣なことから、私は無言でその様子を見守った。
「ねぇ、カナタ。この術式だと、食器の形に合わせて水流を変化させたりはしないわよね?」
「まぁね」
「だったら……」
シェリルが新しい紙にペンを走らせていく。私が描き出したのよりも二倍複雑で、ずっとずっと洗煉された魔法陣が見る見る描き出されていく。
「こんな感じにしたらどうかな?」
「……へぇ。食器の形に添って水流を変化させる術式を組み込んだのね」
「うん。これなら少ない魔力で、食器が綺麗になると思わない?」
「うぅん……」
苦笑いを浮かべずにはいられない。
シェリルはやっぱり天才で、それ以上に未熟である。
「ねぇシェリル。私が魔術で食器を洗ってたときは、ちゃんと食器に合わせて水流を変化させていたよね? 加えて、汚れていた部分を重点的に洗ってたでしょ?」
「えっと……そうね、たしかにそうだったわ」
「だったら、どうして書き起こした魔法陣にはそれを組み込まなかったと思う?」
「え、どうしてかしら?」
「一、二等級の魔石にそんな魔法陣を刻んだら魔石が砕けるからよっ」
「あっ」
忘れていたとばかりにシェリルは目を見張った。
せっかく、魔石を砕かないような魔法陣を私が組んだのに、シェリルが改良してはまるで意味がない。改良した魔法陣を使うなら、最低でも三等級の魔石が欲しい。
「ところで、魔石の容量を超えるような魔法陣を描いたら魔石が砕けるってカナタは言ってたわよね? それなら、私以外にももっと魔石を砕く人がいるんじゃない?」
「普通の人は、等級の低い魔石に複雑な魔法陣は刻めないんだよ」
「……そうなの?」
「昨日、四等級の魔石に魔法陣を刻んだでしょ? そのとき、刻みやすいと思わなかった?」
「あ、そういえば……」
等級が高いほど、複雑な魔法陣を描きやすくなる。
あくまで感覚の話だが、等級が高いほど魔法陣を描く領域が大きくなるイメージだ。なので他の魔導具師には、シェリルの構築した術式を等級の低い魔石に詰め込むことは難しい。
少なくとも、私はやろうとすら思わない。
「そうだったんだ。私、ずっと無駄な努力を続けていたのね」
「そうでもないよ。自覚はないかもだけど、シェリルは魔法陣を刻む能力が突出してる。それは、等級の低い魔石に複雑な魔法陣を刻む練習をしたからだよ。凄く頑張ったんだね」
「~~~っ」
評価されると思っていなかったのか、シェリルが頬を染めて身悶える。
「反面、一般的な知識はまったくないけどね」
「ちょっと、カナタ? 上げて落とさなくてもいいじゃない?」
「大丈夫だよ。シェリルはこれから上がっていくんだから」
シェリルが固まった。
それからちょっと頬を染め、続けて恨めしそうな顔で私を見る。
「カナタって、わりと人誑しよね」
「私は事実を口にしただけだけだよ」
「じゃあ、天然の人誑しね。私の純情を弄ぶ人でなしよ!」
「なんか酷いこと言われた!?」
びっくりする私を前に、シェリルは相好を崩した。最初は落ち着いた少女というイメージだったが、ここに来て無邪気な表情を見せるようになった。素の彼女が顔を覗かせている。
私に、気を許してくれてるのかな?
もしそうなら……うん、悪い気はしない。
「シェリル、私が構築した魔法陣を一等級の魔石に刻んじゃって。その次はローブ。他にもいくつか造って欲しい魔導具があるから、そのあいだに私は魔石の因子を継承させるね」
私が魔石を作り、シェリルが魔導具を造る。
食器洗いの魔導具を造った後は、ローブを魔導具化。他にも、特許を申請するためのサンプルを作ってみたりと作業を続けた。
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