魔導具を作って特許を取得しよう 2
翌日の午後、私達は魔導具ギルドへとやってきた。
町のメイン通りの一角にある立派な建物だが、建物の中はわりと閑散としていた。
「思っていたより人は少ないんだね」
「魔導具ギルドに立ち寄るのは冒険者が大半だからね。この時間は狩りをしている頃よ」
私の疑問にシェリルが答えてくれる。オフに買い物に来る冒険者もいるが、基本的には狩りに行く前の早朝か、あるいは狩りから戻ってきた夕方にギルドは賑わうらしい。
「狩りってことは迷宮に潜るの?」
「まさか。氾濫している迷宮に潜る冒険者なんていないわ」
「え、氾濫……?」
「そう。200年前に氾濫したの、知ってるでしょ?」
「それは、えっと……知ってるけど……」
私は混乱した。
まるで、200年前から氾濫しっぱなしのように聞こえたからだ。
「シェリル、氾濫した後、迷宮の魔物は間引いたのよね?」
「いいえ、間引いてないわよ」
「えぇっ! じゃあ氾濫しっぱなしってことだよね、それで大丈夫なの!?」
「もちろん。迷宮が氾濫しても、瘴気は一定の範囲までしか広がらないでしょ? この町は瘴気の範囲外だったから難を逃れたって訳」
広がらないでしょ? と言われても、私は知らない事実である。
あぁ……でも、一度溢れ出た瘴気は、聖属性の上級魔術で浄化しなければなくならないということは、一定の地域から拡散もしない、ということ。
その可能性は以前から指摘されていた。それが200年で実証されたと言うことだろう。
「でも、魔物は大丈夫なの?」
「迷宮から溢れた魔物は基本的に、瘴気のある範囲でしか活動しないそうよ。ただ、瘴気で変異して生まれた魔物は範囲外にもやってくるから間引く必要があるの」
これも200年前には噂程度だった話だ。この200年でそれが確認された。つまり、確証を得るような事例がたくさんあったと言うことだ。
「ねぇ、変なことを聞くけど……この町以外はどんな感じなの?」
「どんな感じって?」
「その、迷宮の氾濫とか」
「そうね、迷宮の氾濫で広がった瘴気に飲まれた町もあるわよ。でも、町の付近は徹底的に迷宮を捜索して、魔物を間引いているから大半は問題はないはずよ」
「そうなんだ?」
「ええ。その代わり、町と町を繋ぐ街道なんかの多くは瘴気に侵されているけどね」
「そう、なんだ……」
私が思ったほどの混乱は起きていない。
だが、私が予想していたよりも何倍も酷い状況になっている。
まさか、街道が瘴気に侵されているレベルだなんて想像もしていなかった。町と町を何度も行き来しているだけでも、人間が魔族や他の種族に変容する危険があるレベル。
人類は、相当に追い詰められているようだ。
「カナタって魔術関連は詳しいのに、当たり前のことを知らなかったりするわよね?」
「え、そ、そうかな?」
シェリルに指摘に慌てる。ちょっと不用意に質問を重ねすぎたみたいだ。
「そ、それより、魔導具を売りに来たんでしょ?」
「そうだけど――って、ちょっと、背中を押さないでっ」
私はシェリルの背中を押し、受付のいるカウンターにまで押しやった。
私達に気付いた凜とした女性が笑顔で応対する。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用でしょうか?」
「あっと……こんにちは。魔導具の買い取りをお願いします」
さすがに受付を無視して私に詰め寄るほどのことではないと思ったのだろう。シェリルは意識を切り替えて受付と話を始める。
魔導具を詰めてきた袋から、たき火用の魔導具と、火属性の魔術をちょっと増幅するお守り二つを取り出し、カウンターの上に置く。
「まずはこの三つの買い取りをお願いします」
「それでは鑑定させていただきますね」
魔導具ギルドの受付だけあって、彼女も魔術師のようだ。魔術や魔導具の効果を調べる魔術を行使して、魔導具の鑑定を始めた。
「すべて四等級の魔石。火力を抑えて持続時間を延ばしたたき火の魔導具と、火属性の魔術を増幅するお守りが二つですね。とても丁寧な魔法陣ですね、素晴らしいです」
「あ、ありがとうございます」
褒められたシェリルが照れくさそうに笑う。
「それでは、買い取りを希望ですか? それとも委託販売を希望しますか?」
「あ~決めてなかったわね。カナタ、どうする?」
「え、どうすると言われても。なにが違うの?」
シェリルに問われるも、私はその辺りのことが分からない。もしかしたら私の生きていた時代にもあったシステムかもしれないが、私は研究所に籠もっていたので聞いたことがない。
「買い取りは、多少お安くなりますが即金でお支払いします。委託販売の場合はお値段をお客様がお決めになることが出来ますが、売りに出しているあいだは毎月手数料をいただき、売れれば、追加で販売価格の一割を手数料として頂戴いたします」
答えてくれたのは受付嬢だ。
シェリルは私が決めていいと言うので、私は迷わず買い取りでお願いした。今後も人工魔石を使った魔導具を売る予定なので、いまは出来るだけ目立たない方がいい。
「かしこまりました。では、ギルドカードの提示をお願いいたします」
「私は持っていないので、後で製作をお願いします。今回は――」
私の視線を受けてシェリルがギルドカードを提示する。
それを鑑定した受付嬢はピクリと眉を寄せた。
「……あたしのカード、なにか問題がありましたか?」
「いえ、カードには問題ありませんが……少々お待ちください」
そそくさと受付嬢が奥へ消えていった。
それを見送った私は「どうしたのかな?」と首を傾げる。
「私のカード“には”問題ないって言ってたわよね。なら、なにに問題があったのかって考えると、嫌な予感がするわ。このまま帰っちゃう訳には……」
「いくはずないよ」
「そうよねぇ……」
なんとなく居心地が悪そうなシェリルを大丈夫だと宥めつつ、受付嬢が戻るのを待つ。ほどなく、戻ってきた彼女は開口一番にこう言った。
「お手数ですが、マスターの部屋までお越しください」――と。
連れてこられたギルドマスターの部屋。テーブルを挟んだ向こう側に中年の渋い男性が座っている。おそらく彼が魔導具ギルドのマスターなのだろう。
その後ろには、さきほどの受付嬢が控えている。
「お、お目にかかれて光栄です」
シェリルは緊張していて、その声も明らかに震えている。ギルマスは斜め後ろにいる受付嬢を見上げ「おまえ、嬢ちゃん達になんて言ったんだ?」と問い掛けた。
「マスターの部屋までお越しくださいと言っただけですが?」
「ふむ、そうか?」
ギルマスが視線で本当なのかと問い掛けてくる。
シェリルに答える余裕はなさそうなので、私が事実だと頷いた。
「そうか……まぁ、なんだ。少し話を聞きたいだけだからそんなに緊張せずに掛けてくれ」
「では、お言葉に甘えて。ほら、シェリルも」
「え、あ、それじゃ、失礼して……っ」
なにもないところで躓いた。私は慌ててシェリルの腕を摑む。いくらなんでも緊張しすぎである。私は彼女をソファに座らせてから、自分もその隣に腰掛けた。
「シェリル、一体どうしたのよ?」
「だ、だって、ギルドマスターよ? 魔導具ギルドで一番偉いのよ?」
どうやら、単純に緊張しているらしい。まぁ、先日まで見習い魔導具師だった彼女が、いきなりギルドのトップに呼び出されたら慌てるのも無理はない、かな。
「すみません、シェリルがこの調子なので、私が代わりにお話を伺ってもいいですか?」
「ん、そういえば、嬢ちゃんは?」
「私はカナタ。シェリルの製作仲間です。この後、私も魔導具ギルドに登録して、彼女と一緒に魔導具を造る予定なんです」
「ほう、共同で、ね?」
探るような視線を向けられるが、私は笑顔でその視線を受け止めた。
「その話は置いといて、なぜ私達が呼ばれたのか教えていただけませんか?」
「ん? あぁ……実は少し聞きたいことがあってな。そっちの嬢ちゃんは昨日も魔導具を売りに来ているだろう? その入手先を聞かせてもらいたくてな」
「入手先もなにも、シェリルの作った魔導具ですよ?」
「……たしかか?」
「たしかです。お疑いなら、ギルドカードに登録した魔力のパターンと、魔導具に宿る魔力パターンを照合してください。解析の魔導具くらいありますよね?」
解析は鑑定の上位に当たる魔術だ。
研究などで重宝するため、200年前でも広く魔導具化されていた。なにより、今回のようなケースで必要となるため、魔導具ギルドになら必ずあると予想する。
その予想は当たっていたようで、ギルドマスターがエミリーに指示を出す。彼女は最初から想定していたかのように、すぐに棚から魔導具を取り出した。
私はその魔導具に目が釘付けになった。その魔導具は見間違えようもない。私がサラ先輩に作ってもらった解析の魔導具だ。どうやら、巡り巡ってここに流れ着いたらしい。
「たしかに解析の魔導具は在る。だが、この魔導具は扱いが難しくてな。詳細なデータを得るには、専門家に調べさせる必要があるんだ」
「……機能が多い反面、扱いが難しい魔導具ですからね」
「分かるのか?」
「ええ、もちろん。貸してください」
手を伸ばして魔導具を要求する。ギルドマスターは躊躇うような仕草を見せたあと、私の前に魔導具を押し出した。私は感謝の言葉と共に魔導具に触れた。
この魔導具を造ったのはサラ先輩で、彼女が私に作った魔導具にはちょっとした仕掛けが施されている。その仕掛けによって、私の魔力を受けた魔導具が淡い光を放つ。
解析を二つ並列で起動して、シェリルの魔導具と、ギルドカードにそれぞれ使用。虚空に光の波形グラフが浮かび上がる。その波形が魔力のパターンである。
「ご存じだと思いますが、これは検出された魔力パターンをすべて抽出しています。ですから、大半の波形はシェリルの魔力パターンと一致しませんが……ここをご覧ください」
「……なるほど、たしかに同じ波形をしている」
魔力のパターンは指紋のようなもので、他人と一致することはほぼあり得ない。
そして、魔導具から検出された魔力パターンと、術者の魔力パターンが一致するケースは私が知りうる限りは三つ。そして、一般に知られているのは二つだけだ。
「ちなみに、この魔石にチャージされているのは誰の魔力なのだ?」
「元からあった魔力です。魔力を抜くので、解析データのこの部分をご覧ください」
解析の魔導具を起動したまま、魔石から魔力を吸収していく。解析のデータが示していた、魔石に込められていた魔力パターンを示す部分が消えていく。
「これで、魔石にチャージされた魔力とシェリルの魔力が一致している訳ではないと理解していただけたと思うのですが、いかがですか?」
問い掛けるが反応がない。
「……ギルドマスター?」
「――んんっ」
エミリーさんが彼の後ろで咳払いをすると、ギルドマスターはハッと我に返った。
「……なにか、問題がありましたか?」
「いや、問題というか、なんというか……いや、なんでもない」
「そうですか? 制作者とシェリルの魔力のパターンが同じだと分かってもらえましたか?」
「ああ、たしかに確認できた。この魔導具は、そっちの嬢ちゃんが作ったものだ」
「そうですか、安心しました」
思わずぽろっと本音を零す。
魔導具をシェリルが造ったことは嘘偽りのない事実だ。
ただ、魔導具に使っているのが人工魔石なので、その波形パターンには私の魔力が混在している。つまり、複数の魔導具を比べた場合、魔石にも同じパターンがあることがバレる。
そっちを心配していたので、思わずぽろっと安心したと口にしてしまったのだ。
失言だったが、それが彼にバレた様子はなさそうだ。
「容疑が晴れたから教えるが、先日、領主の屋敷で魔導具の盗難があってな」
「……あぁ、盗品だと思われた訳ですね」
この程度の魔導具なら目を付けられないと思っていたのだが、この町で起きている事件を理由に目を付けられたようだ。ちょっと運が悪かった。
いや、人工魔石に気付かれなかったのは不幸中の幸いかな。
「一応、魔石の入手ルートも聞いていいか?」
「魔石は、私が他所の町から持ち込んだものです。町外れで倒れていたところを彼女に救われ、その縁で手を組むことになったんです」
「あぁ、町外れに魔物が出たって話があったな。そうか、嬢ちゃんが被害者か」
「ええ、まぁ。……魔物は見つかりましたか?」
「アッシュガルムを数体討伐したという報告が冒険者ギルドから上がっている。ただ、それが嬢ちゃんを襲った魔物かどうかまでは分からない。嬢ちゃんを襲ったのはどんな奴だった?」
「私を襲ったのもアッシュガルムだったので、おそらくそいつらでしょう」
カマを掛けられている可能性も零ではないだろう。だが、私が襲撃されたのは200年前だ。いもしない魔物を捜索させ続けるのは忍びないと話を合わせた。
「そうか、ならば各所に伝えておこう」
ギルドマスターは淡々と事務的な反応を示す。
私の生きていた時代、瘴気に侵された地域と隣接している土地はもっと悲壮感が漂っていたのだが、この200年でずいぶんと認識が変わっているようだ。
人々がこの状況に慣れつつあるのかもしれない。
「ま、なんにしても疑って悪かった。たしか……魔導具の買い取りと、魔導具ギルドへの登録だったな。エミリー、この嬢ちゃんのカードを作ってやれ」
「かしこまりました。それでは、まずはこのカードに魔力の登録を。それと、ギルドカードに登録しますので、この書類に必要事項を書き込んでください」
エミリーと呼ばれた受付嬢が、私の前に新品のギルドカードと申請書を置いた。まずはギルドカードに魔力を流して魔力パターンを登録。続けて申請書の内容に目を通し、名前、年齢、それに特記事項を埋めて、エミリーに手渡す。
「カナタ、魔術師で研究者。歳は二十一歳、ですか……?」
「なにか、問題が?」
「いえ、問題ありません。すぐにカードを用意します」
彼女が席を外す。それを見送ったギルドマスターがシェリルに視線を向けた。
「それで、こっちの嬢ちゃんは魔導具の買取を希望だったか?」
「は、はい!」
「ふむ、そうか。四等級で、繰り返しの使用が可能になる魔導具だな。刻まれた魔法陣の完成度も申し分ない。Fランクとは思えない腕前だな」
「そ、それは、あたしは……その、最近まで上手く造れなかったんです。でも、カナタにコツを教えてもらって、それで上手く造れるようになったんです」
「ふぅむ、そっちの嬢ちゃんが、か……?」
一体どんなアドバイスをしたのかと、その顔が物語っていた。
「彼女の描く魔法陣が、等級の低い魔石にあっていないと教えただけです」
「……ほぅ、それはそれは」
才能がないのではなく、才能がありすぎただけだとほのめかした。それに気付いたようで、ギルドマスターは興味深そうにシェリルを眺め始めた。
なお、ギルドマスターにジロジロ見られるシェリルは凄く居心地が悪そうだ。
「シェリル、持って来た魔導具を見せましょう」
「え、あ、そ、そうねっ」
シェリルが革袋を漁り、そこからローブを二着。それに、一等級の魔石を使った、食器洗いの魔導具を取り出した。後者は魔石に魔法陣を刻んだだけのシンプルなものだ。
「ふむ……ローブの魔導具と、こっちは……魔石だけか。ずいぶんと飾りっ気のない魔導具だが、これらも売るつもりなのか?」
「そ、それは、その……」
シェリルはまだ緊張しているようだ。私はテーブルの下で彼女の手をぎゅっと握った。それに驚いたシェリルが私の顔をマジマジと見る。
「立派な魔導具師になるんでしょ?」
「……そうね、そうよね。魔導具師のギルドマスターをまえにしているからって気後れしている場合じゃないわよね。ありがとう、カナタ」
シェリルは顎を引いて姿勢を正し、大きく息を吸った。豊かな胸を張り、深呼吸を繰り返す。引き攣っていた彼女の表情が、見る見る真剣なものへと変わっていく。
まるでサナギが蝶になるように、彼女のまとう雰囲気が一変していく。
「見苦しいところを見せてごめんなさい」
微笑んだ彼女は、さっきまでとはまるで別人。その驚くべき光景に、私は懐かしさを覚えて目を細めた。サラ先輩も、こんな風に人が変わることがあったからだ。
やっぱり、シェリルはサラ先輩の子孫っぽい。
――と、私は感心しているが、ギルドマスター達は戸惑っている。そんな彼らに向かって、シェリルは堂々とした口調で話し始めた。
「これらはカナタの提案で作った魔導具で、いままでにない新しい魔導具だと思います。なので、特許を申請いたします」
戸惑っていたギルドマスターだが、特許という言葉を聞いた彼は口の端を吊り上げる。
「……面白い。特許を習得出来るのは、いままで作られたことのない魔導具だけだ。毎月、それなりの数の申請があるが、実際に特許を習得出来るのはほんの一部だけ。それでも、自分達の作った魔導具の特許を申請する、と?」
ギルドマスターが威圧してくる。さきほどまでのシェリルなら縮こまっていただろう。だが、シェリルは私の手をぎゅっと握り返してその圧力に耐えた。
「実際に習得出来るかは分かりません。ですが私は、同タイプの魔導具を見たことがありません。ですから、確認をお願いしたいのです」
「……そうか、いいだろう。本来なら申請に費用が掛かるが、今回はあれこれ疑った迷惑料代わりにただにしておいてやる。まず、こっちのローブからだ」
彼はローブを手に取って、胸元に取り付けられている魔石に視線を向ける。
「これは……ただの耐熱の防具ではないか?」
「いいえ、防具とは用途が異なります。ご覧のようにエンチャントをしたのはローブで、耐熱ではなく、野外活動での暑さ対策となりますから」
「暑さ対策? それは、耐熱装備となにが違うのだ?」
「耐熱装備はあくまで、火属性の魔術や炎のブレス、あるいは溶岩地帯など、特殊な環境への対策に使用するものとうかがっています。違いますか?」
「いや、あっている」
「ならば用途が違うはずです。カナタをご覧ください。彼女の服も同じエンチャントを施した魔導具となっています。陽差しが強い夏日でも快適に過ごせる服です」
私は襟首にブローチのように取り付けられた魔石を指で示す。その魔石を中心に服には刺繍による紋様が刻まれている。
ギルドマスターには、私の着ている服がローブと同じ魔導具だと分かったはずだ。
ちなみに、この服を魔導具化したのは昨晩。実際に着ているところを見せるために製作したのだが、慣れない刺繍をするのが大変だった。
だが、その効果はあったようで、ギルドマスターは感心したような素振りを見せた。
「なるほど、既存の術式を違う用途に使用する、という訳か。たしかに耐熱装備とは用途が違うな。しかし、うぅむ……」
ギルドマスターが顎に手を添えて考えを巡らせ始める。
それに対し、不安な表情を見せたシェリルが口を開いた。
「問題があるのですか? 同じような術式を使っていても、用途が異なっていれば問題はないと認識していたのですが……」
「それはその通りだ。そしてそういう例は過去にいくらでもある。だが、おまえ達の申請をそのまま通した場合、耐熱装備のローブ類にも、今後は特許料が必要となってしまう」
「道理が通らない、ということでしょうか?」
「そうだ。そして、そういった問題を抱える特許申請は本部に上げても必ず却下される」
「そう、ですか……」
シェリルは肩を落としたけれど、ギルドマスターの言い分はおそらく……
「横からすみません。冒険者が使用する装備と被らないように、特許の範囲を衣類に限れば問題はない、という意味ですよね?」
私がギルドマスターに問い掛けると、シェリルがハッと顔を上げた。私達二人の視線を受けたギルドマスターはふっと笑みを零す。
「……そうだな。冒険に関わる装備を除外すれば問題はない。むろん、その定義はしっかりとする必要があるが、それは魔導具ギルドの仕事だから心配しなくていい」
「本当、ですか?」
シェリルが唾を飲み込む。
「ああ、本当だ。むろん最終的な審査をするのは本部の連中なので断言は出来ないが、一般的な衣服に限定するのならおそらく特許は取れるだろう」
「~~~っ」
シェリルはグッと拳を握り締めて打ち震える。そして次の瞬間「やったね、カナタ!」と私に抱きついてきた。彼女の豊かな胸が私にぎゅうぎゅうと押し付けられる。
この無駄に邪魔な脂肪の塊、やっぱりサラ先輩を思い出すよ……っ。
私は彼女の両肩を押して引っぺがした。
「カナタがつれないっ!」
「暑苦しいからやめなさい。というか、魔導具はもう一つ残ってるでしょ」
「あ、そ、そうだったわね」
コホンと咳払いを一つ。
シェリルが一等級の魔石で造った食器洗いの魔導具をギルドマスターに提出する。それを確認した彼は開口一番「こっちはダメだな」と無慈悲に言い放った。
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