見習い魔導具師との出会い 3

 さっそく、シェリルに魔導具の基礎技術を叩き込もう――としたところで来客があった。私はリビングで待つが、玄関口でのシェリルと客のやりとりが聞こえてくる。

 どうやら、やってきたのは借金の取り立てのようだ。


 そういえば、チェスターくんがシェリルに、人助けをしている場合じゃないと言っていた。もしかしたら、結構な借金をしているのかも知れない。

 そんなことを考えているとシェリルが戻ってきた。


「おまたせ、カナタ」

「うぅん、気にしないで。それよりも、大丈夫なの?」

「あはは……聞こえちゃってた? 心配しないで。さっき売った魔導具のお金があるから大丈夫よ。あ、もちろん、カナタの分には手を付けてないわよ」


 シェリルが決めた私の取り分には手を付けていないが、自分の取り分には手を付けていると言うこと。それはつまり、あの魔導具を売らなければ危なかったということだ。

 私を保護したことに、チェスターくんが難色を示したのも当然だ。借金の返済もままならない状況で、他人の面倒を見ている場合ではないだろう。

 ちょっとお人好しが過ぎると呆れてしまう。


「助けてくれたのはありがたいけど、もう少し自分の心配をしなきゃダメだよ?」

「分かってるわ。という訳で、さっそく魔導具の作り方を教えて?」


 シェリルに背中を押されて工房に連れて行かれる。


「それで、私はなにを学べばいいのかしら」

「そうだね。実は基礎を叩き込むつもりだったんだけど……」

「だったんだけど?」

「基礎訓練は儲からないの」


 一流の魔導具師になるためには基礎が重要だ。だが、基礎ばかりやっていては借金がかさむばかりだ。そうなれば、訓練もままならなくなってしまう。


「それはちょっと……困るわね」

「だよね。……ちなみに、どれくらいの借金があるの?」

「えっと、耳を貸して」


 言われて顔を寄せると、シェリルが私の耳元に顔を寄せる。透き通るようなウィスパーヴォイス、彼女の金色の髪が頬に触れてくすぐったい。

 だがその額を聞いた瞬間、私は思わず眉をひそめた。


「子供が二人で抱えるには大きな金額だね。もしかして、ご両親の……?」

「うぅん、これは私一人の借金だよ」

「……え?」

「両親が亡くなったとき、兄はこの工房付きの家を売って、小さな家に移って、残ったお金で仕事を探そうって言ったの。でもあたしは、母さんの跡を継いで魔導具師になりたいから、この家は売りたくないって兄さんにワガママを言ったの」

「それで借金を? でも、それは……」


 チェスターくんも了承してこの家に住んでいるなら、シェリル一人の借金になるのはおかしい。そう思ったのだが、シェリルは私の心を読んだように首を横に振った。


「これは私のワガママだから。兄さんは半分受け持つって言ってくれてるけど、もう十分に助けてもらっているし、これ以上は甘えたくないの」

「そっか……いいお兄さんなんだね」


 心配して叱りつけながらも、彼がシェリルの意思を尊重していたことを思い出す。支え合って生きているようだし、私が口を出すことではなさそうだ。

 口を出すとしたら、借金の返済方法についてだろう。


「そういうことなら、借金を返済しつつ、合間に練習するのがいいかな」

「それはそう、なんだけど……さっき見たでしょ? あたしが魔石を砕いちゃうところ」

「魔石が砕けたのは、等級の低い魔石に不相応な魔法陣を刻もうとしたからだよ。手のひらサイズの小箱に、一抱えもあるような道具を詰め込んだら箱は壊れちゃうでしょ?」

「……あたしが魔法陣を刻んだら魔石が砕けるのってそういう理由なの?」

「おおむねはね。だからシェリルは基礎を磨いて、魔石の等級に見合った魔法陣や紋様を刻める技術を身に付ける必要があるの。でも、その練習には数をこなす必要があるから……」


 そのあいだ、魔石を大量に砕くことになる。


「という訳で基礎は後、まずは借金を返済だね。ホントなら高額の魔導具を一つ売れば済むんだけど、私が魔石の因子を継承できることは、しばらく隠していたいんだよね」

「どうして? みんなに教えれば、救われる人がたくさんいるはずよ」

「うん。私も出来ればそうしたい。でも、私のこの技術を知ったら、独占しようとする人が必ず現れる。それに対抗できるだけの環境が必要なの」


 因子の継承には相応の技術と知識が要る。やり方を広めた瞬間、みんなが出来るようになる訳ではない。私の身柄を押さえれば、技術の独占が出来てしまう。

 いままでは研究所という後ろ盾があったけど、これからは慎重にならざるを得ない。


「だから、因子継承の技術を広めるのは、しかるべき後ろ盾を見つけてから。それまでは、ほどほどの魔石を造るのに留めたいんだよね。だから、シェリルも秘密にしてね」

「うん、それは分かった、けど……」

「……けど?」

「そんな危険を冒してまで、どうしてあたしを助けてくれるの?」

「うーん、なんでだろう?」


 頬に指を添えて思いを巡らす。

 彼女に魔導具師としての才能がありそうだと思ったのは事実。だが、だからって、私が彼女を育てる理由にはならない。助けてもらったお礼は十分にしているのだから。


 だから、彼女に肩入れする理由はない。

 しいて理由を挙げるとしたら……


「なんとなく、かな?」

「え~、なによそれ」

「さぁ? でもなんとなく放っておけない。そんな気がしたんだよ」


 そう口にすると、シェリルは軽く目を見張った。


「実はね。あたしも行き倒れていたあなたを助けたとき、兵士の駐屯所に連れて行くつもりだったの。でもなんとなく放っておけなくて、家に連れて帰ってきたのよね」


 似た者同士ね――と、シェリルが破顔して、私も釣られて笑った。



「ひとまず、シェリルが壊さない等級にしつつ、ほどほどの魔石を造ろうか」

「……狙ってそんなことが出来るの?」

「うん。等級は、魔石を混ぜるほどに高くなるの。つまり、さっきと同じ数と質の魔石を投入すれば、大体四等級の魔石が完成するんだよ」

「でもそうすると、因子の数も多くなるんじゃないの?」

「同じ因子が一つのときに継承される確率はおよそ20%。だから、全部バラバラの因子で十二個入れても、多くの因子が付く可能性は高くないよ。それに因子のレベルも上昇しないから、本来ならオススメは出来ないね」


 ちなみに私の技術込みだと20%を少し上回る。二つ以上の因子が付く可能性は80%ほどあるが、その大半は効果因子が二つと三つのパターンである。


 しかも、因子の組み合わせによっては無駄になる因子もあり、効果因子のレベルも上がらないので、このやり方では高額な魔石が出来る可能性はかなり低い。


 ――という説明を軽くおこなったが、彼女にはよく分からなかったようだ。

 ということで、実践することにした。


「さっそく作ってみるね。今度は火属性で十二個、全部バラバラの因子を入れて……」


 小さな釜に、ざらりと魔石を流し込んだ。続けて自分の魔力で釜を満たし、濃度を上げていくと魔力が可視化して液体のようになる。

 その魔力に浸(ひた)された魔石が徐々に融解して混ざり合っていく。


 淡い光を帯びた魔力に、様々な因子を含んだ魔石の成分が溶け合っていく。だが、その中には不純物も多い。私はそれを魔力操作で取り除いていった。

 料理でアクを取るように、丁寧に不純物を取り除く。


 釜の中をたゆたう魔力の色味が強くなる。

 それを確認した私は、自分の魔力を少しずつ釜の中から取り除いていく。魔力の濃度が下がったことで、釜の中で魔石の成分が再結晶を始める。

 その結晶化が終わったとき、人工魔石は完成である。


「どれどれ……と、これはハズレだね」


 火属性は継承されているが、効果因子が一つも継承されていなかった。天然では決して存在しない、因子効果が一つも存在しないレアなクズ魔石。20%が十二回連続で外れる可能性はおよそ7%なので、いきなり大ハズレを引いた気分だ。


「……カナタ、ハズレって言ってるけど、魔石は魔導具以外にも用途があるし、四等級の魔石自体がそこそこの値段よ。少なくとも、クズ魔石十二個分の値段よりはずっと高いから」

「ん? あぁ……そういえばそうだね」


 因子が使えない魔石にも一応の使い道は存在する。等級の高い魔石ならそれなりの値段にはなるのだろう。だが、私は研究所から出ることがほとんどなかった。

 人工魔石の研究では、研究資金ばかりか、給料も魔石につぎ込んで、実験で廃棄した品は全部シェルターに放り込んでいた。もし売っていれば、一財産になったかもしれない。


 ……そういや、あの人工魔石、どうなったんだろう?

 サラ先輩が有効活用してくれていたらいいんだけど……


「カナタ?」

「うぅん、なんでもない。もう一回チャレンジするね」

「ええ、それはいいんだけど……魔力は大丈夫なの? 魔石を解かすとき、相当な量の魔力を放出してるように見えるんだけど」

「魔力の一部は魔石に吸収されるけど、大半は回収できるから大丈夫。それに、もともと魔力量には自信があるんだ」


 戦災孤児で未熟な魔術師だった当時の私が、一流の研究所で働けたのはそれが理由。というか、領主に攫われそうになったのもそれが理由。

 魔力量なら、研究所でも一番だったと言える。


「そう、なんだ。なら、あたしには無理かしら?」

「練習すれば出来なくはない、かな。ただ、シェリルは魔導具を造る方が向いてるね」


 私は笑って、再び魔石の因子継承を開始した。再び効果因子がバラバラな火属性のクズ魔石を十二個纏めて釜に入れ、さきほどと同じ手順で再結晶させる。

 それを鑑定した私は……思わず天を仰いだ。


「また、レアな確率を引いちゃった」

「……失敗したの?」

「失敗したというか……うん、ある意味では失敗だね。これも売れそうにないもの」


 さっきの魔石は、自然界には存在しない効果因子がない魔石なので売れない。だが、今度はまったく逆の理由で安易に売ることが出来ない。


 鑑定してみてと、シェリルに向かって魔石を放った。彼女は慌ててそれをキャッチして、言われたとおりに鑑定すると――ブルブルと震え始めた。


「カ、カカカ、カナタ!? こ、これ、因子が五つもあるんだけど!?」

「あるね」

「あるね、じゃないわよ! 国宝級――とまではいかないけど、家宝になるレベルだよ!?」

「そうだね、だから当分は売ることも出来なさそうだね」


 がっかりだと溜め息を吐く。


「どうしてカナタはそんなに冷静なのよ!」

「だって、五つの因子が付く確率は5%くらいだよ。効果因子なしの確率と大差ないじゃない。一つも付かないときがあるなら、五つの因子が付くときだってあるよ」

「いや、そんな、効果因子がなしの魔石と同じにされても」

「確率の上では同程度の珍しさなんだって」


 ちなみに、六、七つ付くことだって確率的には十分にあり得る。テストを繰り返した私は、その過程でいくつか神懸かった因子の組み合わせを持つ魔石を造っている。

 加えて、同じ因子の魔石を複数加えたときと違ってレベルが低いので驚くことじゃない。シェリルは家宝クラスだと言ったけど、その表現はちょっと大げさすぎだ。


「取り敢えず、売りに出すことは出来ないけど、魔導具にしてお守りにでもしたら?」

「こ、怖すぎてエンチャント出来ないわよ!」

「四等級の魔石なら、さすがに砕けたりしないって……たぶん」

「いま、たぶんって言った! 言ったよね!? 絶対、嫌だからね!?」

「……それじゃ、ひとまずしまっておいてよ」


 いつか、もう少し自信が付いたら魔導具を造らせよう。


「絶対、造らないからね!?」

「分かったってば」

「ならいいけど。というか、しまっておくのも怖いんだけど」

「……仕方ない、私が預かるよ」


 シェリルの手のひらから魔石をつまみ取って、無造作にワンピースのポケットに突っ込むと、信じられないという顔をされた。


「……カナタ、まさか、ポケットに入れて持ち歩くつもり?」

「うん、そうだけど?」

「信じられない! 落としたらどうするつもりよ!」

「私は気にしないよ」

「あたしが気にするのよ! もうっ、分かったわよっ。この魔石はあたしが保管するわ!」

「うん、お願いね」


 私はあっさりと、彼女の手のひらの上に魔石を戻した。シェリルはキョトンと瞬きを二つ、続けて仏頂面になる。


「……もしかして、最初からそのつもりだった?」

「大丈夫。失っても責任を追及したりしないから」


 私は間借りしている身だし、持ち歩く以外に保管する方法がない。そうなると結局、シェリルに保管を頼むしかないのである。


「もぅ、油断ならないなぁ……」


 シェリルは文句を言いつつも、工房の隠しスペースにある金庫を開けた。


「ちょっとシェリル、私が見てるんだけど?」

「こんな高価な魔石を預けておいて、今更でしょ?」

「それはまぁ、そうなんだけど――」


 喋ってるあいだにも、シェリルは金庫中にあった収納スペースに魔石をしまった。そのとき、偶然にちらりと、銀色に煌めくネックレスが目に入った。

 そのネックレスが気になるが、シェリルはすぐに金庫を閉じてしまった。


「これでよし、と。カナタ、今度は売れそうな魔石を造ってね?」

「え、あ……う、うん。確率的にも、そろそろ出来ると思うよ」


 その後、私は無事に手頃な魔石をいくつか造り出した。

 

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