見習い魔導具師との出会い 2

「ま、待ってください。なにを……なにを言っているんですか? 迷宮の氾濫が起きたのは、200年前だって、そう言ったんですか?」

「ん? あぁ、そうだが?」


 あり得ない。

 ここは瘴気に侵された領域に接触していない内地だ。最初のゲートがこの世界に現れてから320年、この付近で迷宮の氾濫は一度も発生していなかった。


 つまり、迷宮の氾濫は私が体験した一度だけ。

 それが200年前ということは――


「すみません。いまは魔導歴何年、ですか?」

「魔導歴520年だが?」

「――っ」


 私は魔導歴300年生まれなので、二十一歳のときは320年。つまり、ちょうどに200年後の未来にいることになる。それに気付いた瞬間、私は走り出した。


「おい、どこへ行くんだ!」


 彼の声を置き去りにして玄関を飛び出す。

 そこには、私が知るのとさして変わらぬ風景が広がっていた。だが、町を護るように立てられた壁が遠くに見える。あれは、私がこの町に逃れて来たときにはなかったものだ。

 そして私が知る限り、あのような壁を建築したという話は聞いたことがない。

 つまり、ここは本当に200年後の世界。


 ……どうして? いつの間に200年後の未来へ来たの?

 いや、考えれば可能性は一つしかない。大気が瘴気に侵された状況下で転移陣を使用すれば、おかしなところに飛ばされる可能性があるのは最初から分かっていたことだ。

 場所ではなく時間がずれた、ということだろう。


 魔術を制御しきったつもりだった。目的地の付近に飛ばされたことで、問題なかったと思い込んでいたが、実際にはそうじゃなかった……ということだろう。


 町に戻り、早急に森の異変を知らせたつもりになっていた。

 だが実際には、200年も過ぎていた。

 私が未熟だったせいだ。

 それを理解した瞬間、私は膝からくずおれそうになった。


「お、おい、急にどうしたんだ?」


 戸惑ったシェリルの兄が声を掛けてくる。その瞬間、私は土の地面を踏みしめ、意地だけでその場に踏みとどまった。私には、まだ訊かなくちゃいけないことが残っているからだ。


「教えてください。森の研究所にいた人達はどうなったんですか?」

「……騎士団が派遣されたときには既に、ほとんどの者が亡くなっていたらしい。助かったのは、極わずかだと言うことだ」


 大半が亡くなったという言葉に胸が痛む。

 だが、助かった者がいるという言葉には心から安堵した。あの状況で助かった者がいるというのなら、そこには必ずサラ先輩が含まれているはずだ。


「教えてくださって、ありがとうございます」

「いや、それはかまわないが……」

「――後日、お礼にうかがうので、シェリルにはそう伝えていただけますか?」


 彼の追及を遮り、踵を返して立ち去ろうとする。

 だが、そんな私の腕をシェリルの兄が摑んだ。


「待て。顔色が悪い。そんな体調でどこへ行くつもりだ?」

「……分かりません。でも、これ以上のご迷惑は掛けられませんので」

「いや、俺もそんな顔色の人間を追い出すほど鬼畜じゃない。それに、不在中に追い出したとなったら、妹が不機嫌になるのは目に見えているからな」

「えっと……」


 迷惑を掛けていることは分かるが、どうしたらいいかが分からない。

 そんな風に困る私を見て、彼はガシガシと頭を掻いた。


「ようするに、シェリルが帰ってくるまで休んでいろということだ」

「ですが……」

「いいから、こっちに来い」


 強引に腕を引かれ、再びリビングへと連れて行かれる。彼は私をリビングのテーブル席に座らせると、そのテーブルの上にお粥を置いた。


「……いいんですか?」

「家に余裕がないのは事実だ。だが、恩人を無下に扱うほど恥知らずではないつもりだ」

「……恩人? 助けてもらったのは私ですが?」

「シェリルが魔導具を売りに行くと言っていた。なにかアドバイスをしてくれたのだろう?」

「あぁ、はい。……でも、大したアドバイスはしていません」

「そうか。だが、あいつがあんなにはしゃいでいる姿を見るのは久しぶりだ。……というか、御託はいいから喰え。冷めたらまずくなるぞ」

「わ、分かりました。お言葉に甘えます」


 私はレンゲを手に取ってお粥を口に運んだ。

 素朴な味だが、作りたてなのかとても温かい。だが、さっきの一瞬で作れるはずもない。私がシェリルのもとに挨拶に向かう前から作り始めていたのだろう。


 もしかしたら、最初からご飯を食べさせてくれるつもりだったのかな?

 そう思って向かいの席に座る彼の顔を盗み見るが、明後日の方向を向くその横顔からはその感情を読み取ることは出来そうにない。


「そういえば名乗っていませんでしたね。私はカナタです」

「……カナタ?」

「なにか?」

「いや、珍しい名前だと思ってな。俺はチェスターだ」

「チェスターくんですね」

「くんはやめろ。というか、俺の方がどう見ても年上だろう」

「え、おいくつですか?」

「今年で二十歳になる」

「では、私の方が一つお姉さんですね。二十一歳なので」

「……は?」


 今日一番、理解できないという顔をされた。


「いや、待て……待ってください? カナタ……さんは二十一歳なん、ですか?」

「いままで通りのしゃべり方でいいですよ」

「そ、そうか、それは助かる。そっちもそうしてくれ」

「うん、そうさせてもらうね」


 私が無邪気に笑うと、チェスターくんは複雑そうな顔をする。


「……それで、本当に二十一歳なのか?」

「うん、嘘偽りなく二十一歳だよ」

「……エルフの血が混じっていたりは?」

「しないね。私の知りうる限りでは、だけど」


 私は苦笑いを浮かべて、再びお粥を口に運ぶ。その後も、私の年齢が信じられないのか、チェスターくんは私の方をチラチラと盗み見ていた。

 そうしてお粥を平らげた頃、満面の笑みを浮かべたシェリルが戻ってきた。


「ふっふっふ、カナタ、これを見なさい!」


 シェリルがちゃりんと数枚の金貨と銀貨をテーブルの上に積み上げた。見覚えのあるデザイン。どうやら、貨幣は200年後のいまも変わっていないらしい。

 であるならば、一家が一ヶ月くらいは暮らせる金額のはずだ。


「よかったね、シェリル」

「ええ、カナタのおかげよ! ということで、取り分を決めたいんだけど……えっと、その、1:9でも……いいかしら?」

「うん、もちろんかまわないよ」


 元々お礼のつもりだったので、取り分はなくてもかまわない。とはいえ、今晩の宿代はあった方が嬉しいので、一割もらえるのはありがたい。

 そう思っていたら、彼女が私に渡そうとしたのは九割の方だった。


「ちょっと待って。1:9って、私が9?」

「え、そのつもりだけど?」

「多すぎだよ。私が1でかまわないから」

「なに言ってるのよ。大半はカナタが造った魔石の値段なのに、私が多くもらえるはずないでしょ。取り分は1:9。これ以上は譲れないわ」

「でも、そもそも助けてもらったお礼のつもりだったし……」


 それに、シェリルは大半が魔石の値段だなんて言っているが、彼女の技術も決して並みではない。一流の魔法陣による付加価値も存在しているはずだ。

 私は同意してもらおうと、チェスターくんに視線を向けた。


「ふむ。シェリル、カナタに譲る気はないようだ。ここは一割だけ渡して、過剰な取り分は彼女の生活費として預かっておけばいい」

「……え、兄さん? それって……」

「しばらく面倒を見るんだろ?」

「いいの?」

「いいもなにも、おまえは言って聞くような玉じゃないからな。それに、おまえは実際に魔導具を造って見せた。なら、俺が言うことはなにもない」


 チェスターくんが肩をすくめる。

 彼はなんだかんだ口では厳しいことを言いながらも、妹には甘いタイプのようだ。


「ありがとう、兄さん。――という訳だから、傷が治るまでゆっくりしていってね!」


 シェリルが満面の笑みを向けてくるが、私は一応チェスターくんに視線を向ける。


「いいの?」

「カナタはどうやら、妹にとって有益な存在のようだからな。生活費まで預かったからには、文句をいう理由はなにもない。怪我が治るまでゆっくりしていけばいい」

「なら、お言葉に甘えます」


 正直なところ、200年後の世界に飛ばされて混乱している。サラ先輩との約束は果たせないし、当てにしていた滞在先もなくなってしまった。

 信用できそうな人間の家でお世話になれるのなら助かる。


「あ、そうだ。お礼という訳じゃないけど、魔導具の作り方なら相談に乗るよ」

「いいの!?」

「うん。シェリルには才能がありそうだからね」

「ホント!? ホントにあたしに才能があるの!?」

「うん。魔導具のことで嘘は吐かない。知識不足は否めないけど、魔石が砕けていたのは、あなたの才能に、魔石の等級が見合っていなかったからだよ」


 私がそう口にした瞬間、シェリルはくしゃりと顔を歪めた。気に障ったのかと思ったが、どうやら泣きそうなのを堪えているようだ。


 どうしたものかと頭を悩ましていると、チェスターくんが私の前にあったお粥の器をトレイに乗せて立ち上がった。彼はシェリルを頼むと私を置いて行ってしまった。

 凄く……気まずい。


「ねえ、カナタ」

「う、うん。なにかな?」

「あたし、ね。お母さんの後を継ぐのが夢で、でも魔導具が上手く造れなくて。それで兄さんにも一杯迷惑を掛けて、もう無理なんだって、そう思ってたの」

「……そっか、それは大変だったんだね」

「ええ。でも……無理じゃないのよね? あたしにも、魔導具が造れるのよね?」

「造れるよ。私が、造れるように教えてあげる」


 そう告げた瞬間、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。よほど、魔導具師になるという思い入れが強いのだろう。私としても頑張っている人間は応援したくなる。


 彼女の才能がどこまで伸びるかは分からないけれど、私も目的を見失った身だ。新たな目的が見つかるまでのあいだ、彼女に魔導具の作り方を教えてもいいかなって思った。

 

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