見習い魔導具師との出会い 1
「……ここ、は……」
気が付けば、私はベッドの上に横たわっていた。起き上がろうとして、傷の痛みに呻き声を上げる。それでもなんとか上半身を起こした私は自分の身体を見て目を瞬いた。
着ていたはずの服を脱がされ、代わりにラフなワンピースを着せられている。
怪我をした脇腹の辺りが包帯でぐるぐる巻きにされているので、どうやら私は誰かに保護されたらしい。それを自覚した直後に部屋の扉が開いて、そこから少女が姿を見せた。
金色の髪にアメシストの瞳が印象的な愛らしい少女だ。
「目が覚めたみたいね」
「……あなたは? それに、ここはどこ?」
「あたしはシェリル。ここはラニスの町の中よ。あなたは町外れで倒れていたの」
「ラニス……そっか、ちゃんと飛べたんだ――っ。そうだ、私、森で魔物に襲われたの!」
「それなら大丈夫よ。傷を見てそうだと思ったから、すぐにギルドに報告してきたわ」
「……そっか、よかった」
内地に魔物が現れたというのに、迷わず報告する判断力に驚かされる。
ともあれ、いまなら発表会の真っ最中だ。所長が会場にいるし、各地のお偉いさんも集まっている。すぐに騎士団を派遣してくれるはずだ。
放っておけば事態に気付くまで三日ほど掛かるはずだった。その時間が大幅に短縮されたなら、サラ先輩が飢え死にすることもないだろう。他の人達だって救えるかもしれない。
そう安堵した瞬間、私はベッドに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。気が抜けて眠くなっただけだから」
「……そっか。怪我もしてるし、もう少し寝た方がいいわ。話は後で聞かせてもらうわね」
「ごめんなさい。そうさせて、もらう……ね……」
最後まで言い終えることなく、私の意識は闇に沈んでいった。
どれくらい時間が経っただろう?
窓の外を見れば、そんなに時間は経っていないように見える。それでも、目覚めた私はだいぶ体力が回復していた。それどころか、さっきまではあんなに痛かった脇腹の痛みがずいぶんと和らいでいる。どうしてと首を傾げると、胸元でネックレスが揺れた。
これはサラ先輩にもらったネックレス。もしかしたら……
鑑定のスキルを発動させると、予想通りの効果が表示される。
これは二つの魔導具を一つにしたネックレス。位置情報を発信する効果と、持続的な回復効果が付与されていた。二つ目の効果のおかげで、私は事無きを得たのだろう。
どうやら私は、サラ先輩に救われたらしい。
位置情報は……町にいる旦那さんに位置を知らせるものかな? だとしたら、魔物が現れたという知らせを受けて、このネックレスのある場所を訪ねてくるはずだよね。
サラ先輩はここにはいないけど、安全な場所にいることは間違いない。加えて、森に騎士団を派遣するとしても、研究所にたどり着くまで一日、二日は要するはずだ。
ここで焦っても仕方ない。
いまの自分に出来ることをしようとネックレスを握り締めてベッドから身を起こした。寝汗のひどさに眉をひそめた私はベッドから降り立ち、まずは腹部の包帯を取り払った。
それから水の魔術を使って、ワンピース姿のままで身体の汚れを落とす。余計な水分を飛ばすことで、服や下着が濡れたままになることもない。
私は爽快な気持ちでうーんと伸びをした。
まずは状況整理だ。
迷宮の氾濫が起きた場所次第では、ラニスの町にも被害が及ぶ可能性があった。あのときは口にしなかったけど、先に町が襲撃を受けている可能性すらあった。
でも、この様子なら町に被害は出ていない。
シェリルとか言ったっけ? あの子にお礼を言って、救援の状況を聞こう。
そう決断して部屋から抜け出した。
廊下に出ると、手前の部屋から話し声が聞こえてきた。一人はシェリルだろう。もう一人は知らない男性の声だ。私はその声のする部屋に近付いていくが――
「自分の状況を分かっているのか? 人助けをしている場合じゃないだろう」
「兄さんは、行き倒れの人を放っておけばよかったって言うつもりなの?」
私はその会話を聞いて足を止めた。会話は断片的にしか聞こえてこないが、その内容はすぐに分かった。私を保護したことでシェリルが責められている。
相手はシェリルの兄のようだ。
「そうじゃない。ただ、いまのおまえには、他人の面倒を見る余裕はないと言っているんだ」
「それは……分かってるわ。けど、放っておけるはずないじゃない」
「それは分かっている。だから――」
「お金なら大丈夫よ。今度こそ、ちゃんと魔導具を造ってみせるから!」
「そうは言うが、おまえは……」
「造れるわ! いまから造れば、兄さんだって文句はないでしょ?」
「それは、まぁそうだが。いや、だから……って、おい、シェリル!」
バンと扉が開かれ、飛び出してきたシェリルが廊下の奥に走り去っていく。彼女は、反対側の廊下にいた私には気付かなかったようだ。
だが、開け放たれた扉の向こう、こちらを見る青年と視線が合ってしまった。シェリルが兄と呼んでいたので兄妹のはずだが、こちらは赤い髪に青い瞳とあまり似ていない。
彼は私に会話を聞かれたと気付いたのだろう、非常にばつが悪そうだ。
「その……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「……いや、キミを助けたのはシェリルの判断だから、キミが謝る必要はない。妹は自分が両親を失って苦労している分、他人を放っておけない性分でな」
「優しい妹さんなんですね」
「ああ、優しい妹だ。自分のことで精一杯のはずなのに、他人を助けようとするほどに、な」
彼は溜め息をついた。
もう少し、自分を大切にしろと言いたそうだ。
「ご安心ください。十分に助けていただきましたし、これ以上の迷惑はお掛けしません。妹さんに挨拶をしたら出て行くつもりです」
「いや、すまない。キミを追い出そうとしている訳じゃないんだ」
「分かっています。でも、私もやることがありますから」
「……そうか。シェリルは奥の工房にいるはずだ」
私が出て行くと知り、彼は安堵ではなく罪悪感にまみれた顔をした。冷たいのではなく、優しい。ただし、その優しさが妹に向けられているのだろう。
両親がいないのなら、日々の暮らしを維持するだけでも大変なはずだ。そんな状況で人を一人保護するのは相当な負担が強いられる。私の手当だけでも負担なはずだ。
普通だったら、見捨ててもおかしくない。あるいは、詰め所かどこかに報告して終わりだろう。にもかかわらず、シェリルは私を連れ帰って看病した。
彼の言い分は十分に理解できる。
そう思って部屋を出ようとした私に、彼が声を掛けてきた。
「気を使わせたようですまない」
「いいえ、そのようなことは。助けていただいて感謝しています。あ、それと、シェリルが魔物の出現を報告してくれたそうなんですが、その後どうなったかご存じですか?」
「その後?」
「えっと……魔物の討伐とか」
「あぁ。さすがにまだ進展はないと思う」
「そうですか、ありがとうございます」
私は会釈をして、シェリルがいると教えられた部屋へ向かった。
ノックをすると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。相手が兄だと思っていたようで、訪ねてきたのが私だと分かった瞬間、彼女は慌てて笑顔を取り繕った。
「ご、ごめん。入っていいわよ。その、兄さんだと思ったのよ」
「いえ、こちらこそ、私のせいでごめんなさい」
私がそう口にした瞬間、彼女はピクリと眉を寄せた。
「……もしかして、兄さんがなにか言ったの?」
「いえ、その……実は、会話が聞こえていて」
「も、もしかして、さっき部屋の前にいたとか?」
「いえ、その……まあ」
「~~~っ」
彼女は恥ずかしそうに身悶えた。
「ご、ごめんね。兄さんの言うことは気にしなくていいから。私が魔導具を作って売れば、兄さんだって文句は言わないはずだから」
「いえ、これ以上お世話になるつもりは……魔導具?」
私は今更ながらに部屋の中を見回す。どうやら、ここは魔導具を造るための工房だったようだ。決して設備が充実しているとは言い難いが、片隅には魔石が積まれていた。
「ずいぶんとたくさんの魔石があるみたいだけど……」
「あれは一、二等級のクズ魔石よ。使える魔石は、こっちにある数個だけね」
「あぁ、なるほど」
クズ魔石とは、因子の組み合わせが無用の物や、ありふれている物のことだ。魔導具にしてもほとんど元が取れないため、捨て値で取り引きされている。
もっとも、私はその魔石の有効な使い道を知っている。彼女に魔石を加工する技術があるのなら、助けてもらったお礼はそれがいいだろう。
「よかったら、魔導具を造っているところを見せてくれる?」
「え、あ、その……うん」
彼女は視線を彷徨わせ、それから魔導具を造るための作業に取りかかる。
魔導具は大きく分けて二種類に分けられる。魔石に魔法陣を刻むだけの簡単な代物と、魔法陣に加えて、触媒となる道具に紋様の術式を刻み込む魔導具だ。
前者はたいした効果を得られないが、魔導具製作の練習には向いている。シェリルがおこなおうとしているのも、魔石に魔法陣を刻むだけのタイプだ。
魔導具を造る練習をしている見習いの段階なのだろう。
ちなみに、魔導具を製作する過程で一番時間が掛かるのは魔法陣や紋様の構築だ。一度術式を創ってしまえば、魔石に魔法陣を刻む作業自体はそれほど時間が掛からない。
むろん、上手く刻むことが可能ならであるが――
その点、シェリルの腕前は申し分がなかった。
一切の無駄をそぎ落とした魔法陣。繊細でありながら、高度な術式が組み込まれている。その機能美を兼ね揃えた魔法陣を眺めていた私は――ふと首を傾げた。
そして――
彼女が仕上げとなる部分を刻んだその瞬間、魔石は私の予想通りに砕け散った。
「あぁああぁぁぁっ、また失敗した~~~っ」
シェリルがテーブルに突っ伏する。
どうやら、彼女の知識は酷く歪なようだ。
「シェリルは魔導具師としての知識をどこで学んだの?」
「お母さん。家は何代も続く、魔導具師の家系なのよ」
「そっか、それで……」
シェリルの両親は他界していると彼女の兄が言っていた。つまり、知識の継承が半端に終わってしまったのだろう。だからシェリルは、魔導具を造る基礎的な知識を持っていない。
「シェリル、その魔法陣の負荷に等級の低い魔石は耐えられないよ。さっきみたいな魔石を使うなら、もっと低位の魔法陣を刻まないとダメだよ」
「……低位の、魔法陣……?」
あ、これ、ダメなヤツだ。
さきほど刻んだ魔法陣は素晴らしく洗練されているし、魔法陣を刻む腕前も上出来だが、基礎的な知識では見習いレベルにすら達していないらしい。
そうなると……
「シェリル。あそこにある小さな釜と、クズ魔石を使わせてもらってもいい?」
「え? まぁ……いいけど、クズ魔石なんて、どうするの?」
「まあ見てて。助けてもらったお礼に、とびっきりの技術を見せてあげる」
まずは手のひらサイズの釜を、水の魔術を使って洗浄する。
「わ、あなたは魔術師なの?」
「まぁね。こう見えても研究者なんだよ」
「へぇ……凄いわね。私よりも幼いのに!」
「幼いって……シェリルは何歳なの?」
シェリルはどう見ても年下だ。
身体の一部は私よりも立派だが……それでも二つ三つは年下のはずだ。
「え、十七歳だよ」
「……四つも年下じゃない」
というか、四つも年下に完敗した……と、私は胸に手を添えて呻く。
「四つもって……あなた、十三歳なの!?」
「どうしてそうなるのよ。私は二十一歳だよ」
「……は?」
あり得ないという顔をされた。たしかに私は童顔だし背も低いし胸も小ぶりだけど、そこまで驚かれるほどではないと思う。シェリルが大人びているだけである。
「恩人に名乗ってもいなかったわね。私はカナタ。森の研究所で魔石の研究をしているの」
「……森の研究所?」
「ええ。知ってるでしょ?」
「えっと……ごめん、聞いたことないわ」
再び申し訳なさそうな顔をされる。だけど、恥ずかしい思いをしたのは私の方だ。ドヤ顔で知ってるでしょといって、知らないと言われた私は凄く恥ずかしい。
まぁそうだよね。
最前線にとっては重要な施設でも、内地なら知らない人もいるよね。
「ま、まぁ、見てれば分かるよ。ひとまず、三等級の魔石なら耐えられるかな?」
お礼も兼ねて、そこそこ優秀な魔石を作ることにした。
一、二等級のクズ魔石から、水属性と効果因子が一つだけ付いている魔石を選別する。その中から効果因子を選別して、効果因子が増幅と魔術の魔石をそれぞれ四つずつ選別する。
合計八つの魔石を小さな釜に放り込んだ私は、その釜を自身の魔力で満たしていく。
「カナタ……さん、なにをやっているの?」
「カナタでいいよ。いまやっているのは魔石の因子継承だよ」
「……因子継承……って、なに?」
「こうやって魔石を魔力で融解させて、不純物を分離させるの。その上で一つの魔石として再結晶させると、一定の確率で因子が継承されるんだよ」
釜に流し込んだ自らの魔力を、水に見立てて釜の中で循環させる。周囲の魔力濃度を上げていくと、ある一定の濃度を超えた時点で魔石が溶け始めるのだ。
「魔石が溶けた!?」
「うん。魔石は魔力や因子を含む物質が結晶化した物なんだけど、ある一定の濃度を保つ魔力に浸かると魔石が融解することを発見したの」
最初は、魔石から魔力を引き出せることから、高濃度の魔力を込めることで、魔石の等級を上げられるのではないかと試したのが切っ掛けだった。
結果、等級が上がるどころか、魔石は綺麗さっぱり解けて消えた。
「解けるってことは、また結晶化させる方法もあるってことでしょ? そうして再結晶の方法も見つけて、複数の魔石を混ぜ合わせ、不純物を除去した上で再結晶させたらどうなるかを試したんだ」
「複数の魔石を混ぜ合わせるなんて……可能なの?」
「普通は出来ないと思うわよね。でも、出来たのよね、これが」
釜の中では八つの魔石が融解して、私が満たした魔力と混ざり合っている。
ただ、そのままでは不純物が多い。このまま結晶化させて、大きくて不格好なクズ魔石が出来上がるだけだ。だからその不純物を魔力操作で綺麗に分離して取り除く。
最後に自分の魔力を抜いていくと、魔石の成分が再結晶化を始める。
ちなみに、属性因子は混ぜる魔石の属性因子を統一すれば必ず継承される。対して、効果因子は継承されるときとされないときがある。
それを検証した結果、同じ効果因子が一つに付きおよそ20%。最大四つで80%くらいにまで上昇することを発見した。加えて、魔力操作で不純物を取り除くことでもう少しだけ確率は上がったが、100%には至らなかった。
私の体感で、限界はおよそ90%くらいである。
なので、二つ共に継承される確率はおよそ80%。一発目に失敗もあり得る確率だが――どうやら上手くいったようだ。取り出した魔石を鑑定すると、三等級の魔石が出来上がっていた。属性因子は水属性で、増幅と魔術の効果因子がしっかりと継承されている。
「シェリルも鑑定してみて」
「え、ええ……って、嘘っ! 水属性で、魔術LV03と増幅LV01の効果因子が付いてるし、魔石の等級まで上がってるじゃない!」
「うん。これで魔導具を造ってみて?」
私が提案すると、シェリルは信じられないといわんばかりに目を見張った。
「な、なにを言うのよ。このまま売るだけで結構な値段になるのよ? 練習用の魔法陣を刻むなんてとんでもないわ。それ以前、あたしが壊しちゃったらどうするの」
「大丈夫、どうせ元はクズ魔石だから」
「で、でも、もし壊しちゃっても弁償できないわよ?」
「このランクならたぶん壊れないし、元はあなたの魔石だから弁償する必要はないわ」
「ほ、ほんとに大丈夫なの?」
「うんうん、大丈夫」
「ほんとのほんと? 壊れたら泣くわよ?」
「大丈夫だって」
「じゃ、じゃあ……魔法陣を刻んでみるわね」
シェリルはスーハーと深呼吸すると、きゅっと唇を結んで魔石の魔法陣を描いていく。
そして――
パキンと、魔石は無残に砕け散った。
「ああぁああぁぁぁっ!?」
「わー凄いね」
私は感嘆の声をあげた。
能力が高い魔導具師が、全力で高度な魔法陣を等級の低い魔石に刻んだ場合、魔石が耐えきれないことはよくある話で、一等級はもちろん、二等級の魔石でも希に起こり得る。
だが私が知る限り、三等級の魔石をこんな風に砕くのはサラ先輩くらいだ。
シェリルにはサラ先輩と同等の技術がある。
それも、初歩的な知識が一切ないほど未熟な状況にもかかわらず、である。
この子の才能は本物だ。
「シェリル、あなたにはすっごい才能があるよ」
「嫌味!? 嫌味なの!? 泣くわよ!?」
涙目で睨まれた。
「嫌味じゃないよ。これだけの魔石を砕くなんて、相当の才能がないと無理だから。ちょっと待っててね。四等級の魔石を造ってみるから」
私はさっきと同じ要領で、属性因子を水属性に統一し、増幅、魔術、範囲拡大の効果因子を選別して、二等級を多めに、合計十二個の魔石を用意した。
三つすべてが継承される可能性は約70%。一度目は失敗して二つしか付かなかったが、二度目で上手くいってくれた。完成した魔石は二つとも四等級にまで上がっている。
「はい。水属性、魔術LV02、増幅LV02、範囲拡大LV03の四等級の魔石完成」
ちなみに効果因子のレベルが違っているのは、継承元のレベルが違うこともあるが、同じ因子の魔石を混ぜ合わせたときに一定の確率でレベルアップするからだ。
「うわ……っ、ホントに四等級だ」
魔石を手渡すと、それを受け取ったシェリルの手が震え始めた。四等級で有効な三つの因子を含む魔石となると、一ヶ月は遊んで暮らせるレベルにもなり得る。
そしてこの組み合わせは、非常に有効な組み合わせだ。
魔石をいくつも壊しているシェリルがびくつくのも無理はないだろう。
「ほら、その魔石に魔法陣を刻んでみて」
「無理よ!」
「いやいや、無理じゃないから」
「無理よ、絶対に無理! こんな高価な魔石を使って、壊したらどうするのよ!?」
「さすがにそれは壊れないって。あぁ、でも……そうだね。まずはこっち。同じ四等級だけど、効果因子が二つの方で実験してみたら?」
「……こっちも、壊したら十分に大変なレベルなんだけど」
「元は一山いくらでしょ? 壊れてもまた造ってあげるから」
「う、うぅ……。ホントに泣くわよ? 壊れたら子供みたいに泣きじゃくるからね?」
「大丈夫だって」
「……分かったわよ。でも、こんな魔石に直接魔法陣を刻むだけの魔導具に使うの? 成功しても、凄くもったいない気がするんだけど……」
「練習だからね。もちろん、触媒があれば使ってもいいけど」
「あ、じゃあちょうどいいものがあるわ」
彼女が引き出しからペンダントを取り出した。お守りの魔導具を造るためのアクセサリーのようで、ペンダントには魔石を取り付ける台座がある。
「じゃあ、それで。刻む紋様と魔法陣は分かる?」
「ええ、大丈夫だと思うわ」
「よし、じゃあやってみよう」
私が背中を押すと、シェリルはおっかなびっくり魔石に魔法陣を刻み始めた。
過度な緊張が原因か、魔石に刻む魔法陣はさきほどよりも少し歪んでいる。だけど、効果には問題のないレベルで――今度は無事に魔法陣を刻み終わった。
「で、で、出来た……? 凄い、魔法陣を刻んでも魔石が砕けなかったわ!」
「喜ぶのはまだ早いよ。今度はペンダントに紋様を刻まないと」
「あ、そ、そうだったわね」
シェリルは続けて紋様を刻む。肩の力が抜けたのか、さきほどの魔法陣よりも綺麗に刻めている。最後にペンダントに魔石を填めれば、魔導具として完成である。
「……出来た。私にも魔導具を造れたわ!」
感極まったシェリルが抱きついてくる。
……脂肪の塊に押し付けられる、この忌々しい感覚っ。サラ先輩は私よりも年上だから仕方ないと思う部分があったけど、シェリルは私よりも年下なのにっ。
「あぁもう、離れて。この程度で喜んでないで二つ目を造って」
「え、えぇ? でも、次は壊れるかもだし……」
シェリルは難色を示すが、私が大丈夫だと強く勧めると彼女はしぶしぶと頷いた。
「刻めばいいんでしょ、刻めば」
シェリルはさきほどと同じ手順で魔導具を製作した。
実にあっさりで、一つ目よりもずっと完成度が高い。完璧な魔導具が完成した。
「ほら、出来たじゃない」
「ええ。……出来た。あたしにもちゃんと出来たわ! ありがとう、カナタ。これも全部あなたのおかげよ!」
感極まったのか、シェリルの目には涙がにじんでいる。
だけど、彼女はほどなくハッと目を見張った。
「えっと、魔石の代金はどうしたらいいの?」
「言ったでしょ。元はあなたのクズ魔石だって」
「でも、技術料だってあるでしょ?」
「それは助けてくれたお礼ってことで。だから、代金なんて必要ないよ」
「そういう訳にはいかないわ。……えっと、そうね。いまからこの魔導具を売ってくるわ。その代金をあなたに支払うから、ちょっと待ってて!」
言うが早いか、シェリルは上着を羽織ってリビングに直行。
「兄さん、魔導具が造れたの! ちょっと魔導具ギルドに売ってくるわっ!」
そんな言葉を残して飛び出して言ってしまった。
それをぽかんと見送った私は、しばらくして我に返る。
「……あ、家を出るって伝えるの忘れた」
救ってくれたことへのお礼と、家を出る挨拶をして立ち去る予定だったのだが、魔導具の手伝いをしていたらすっかり忘れてしまっていた。
そろそろ迷宮の氾濫への対策がどうなっているのか情報を集めたい。シェリルへのお礼も必要だが、それは後日とするべきだ。
そう考えた私は、シェリルの兄に伝言をお願いすることにした。
「いま、少しよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、なにか用か?」
「実は、シェリルにお別れを言いそびれてしまって。後日挨拶に来るつもりなので、伝言をお願いしてもかまいませんか?」
「そうか。行き倒れていたと聞いたが、行くあてはあるのか?」
「はい。研究所の拠点がこの町にもあるはずですから」
「研究所?」
「森にある研究所です。ご存じありませんか?」
「……いや、もちろん知っている。だが、森にあった研究所の拠点がいまも町に残っているというのは初耳だ。あの研究所は、200年前にあった迷宮の氾濫で廃棄されただろう?」
想定していなかった言葉に私は息を呑んだ。
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