「第12章 アイスの溶かし方」(2)

(2)

 そんな視線が透に向けられる。それに対して透は苦笑した後、説明に入った。


「俺も最初は分からなかった。ただ、他の人と違う点はある。それはノートという単語。それに貴方の傍にある。っという文章。当時の俺は、頭の中のノートを失くした事を詩織に相談したばかり。そんな中、あの遺書を聞いて連想しないはずはない。その時の反応が、倉澤さんに猜疑心を向けさせたんだ」


 透は遺書の内容を説明された際、自分に向けられたという事だけしか分からなかった。結果的にその動揺が目を付けられる原因となっている。


 だが、その日に限って言えば、透だって何もかも理解している訳ではないので、仮にどれだけ尋問されても答えられなかっただろう。


「成程。ノートは、貴方の傍にある。この部分が先輩に向けてのメッセージだったんですね」


「万が一、違う可能性に考慮はしていた。あの遺書が俺の耳に入らない結果だってあり得たから。でも、いくつかの偶然が重なって入ってしまった」


「その遺書を先輩は、どうやって解読したんですか?」


「その前に一つ話しておかなければならない事がある」


 突然の新しい話題に彩子は目を細めた。


「交換日記だよ。今まで忘れていただろう?」


「あっ」


 存在を指摘されて、彩子は口を開けた。今日の始めに交換日記はもうないと言ったので、彼女の頭からすっかり消えていたようだった。


「あれの意味って最初に先輩が話した、大人達を騙すのとMDを隠す為だったんですよね? 今、関係あるんですか」


 一見すると彩子の言う通り、交換日記の重要性は限りなく低い。


「あの交換日記の役割は、遺書に書かれた日付の内容を見せて、大人達を騙す事。だからこそ、役目を終えた交換日記はもうない。だけど、遺書に書かれた日付から彼女の真意を探る方法は、変わらない。ココまで言ったら気付いたか?」


 そう言って透は彩子が答えを待った。彼女は顎に手を当てて、必死に考え込んでいる。現段階の材料から、真実に辿り着くのは簡単だ。


 だから透は、自分から口を開かず、彩子の口が開くのを待った。


 やがて、彩子の視線がゆっくりとテーブルに置かれたMDプレーヤーとプラスチックケースに入った十二枚のMDディスクへ向けられた。驚愕の表情を浮かべてから、彼女は視線を透に戻す。透は静かに笑い、テーブルに置かれたプラスチックケースをコツコツと指で叩く。


「そう、詩織の日記は全てココにある。遺書に書かれた日付だって例外じゃない」


 透はプラスチックケースを開けて、中から一枚のMDディスクを取り出した。


「その中に?」


「ああ。このディスクに詩織の遺書がある。日付は遺書に書かれていた2008年10月22日。高校生の俺は倉澤さんが話した遺書の日付を聞いた。そこに吹き込まれていた彼女の肉声による本当の遺書。そして、交換日記の使い方を聞いた」


 MDディスクを彩子に渡す。彼女は両手でそれを受け取った。表紙には彼女のボールペンで2008年10月01日~2008年10月31日と書かれている。


「……これ、私が聴いても構いませんか?」


 不安そうに尋ねる彩子に透は、首を縦に振った。


「勿論。彩子が聴いて困るような事は入っていない。じゃあ、聴いてみようか」


 透は彩子からMDディスクを受け取り、プレーヤーにセットする。


 詩織の日記は丁寧に全てのトラックに日付が表示されるので、目当ての日付まではスムーズに進められる。コントローラーで日付までトラックを飛ばしている間に一つ思い出して、透は口を開いた。


「悪いが冒頭の箇所は早送りさせてもらう。交換日記の指示についての部分なんだ。そこは聴く必要はない」


「分かりました。私は遺書の部分だけ聴けたら満足です」


 彩子は了承する。そして、早送りが完了した。この日付の聴くのは数年ぶりだったが、自然と何分からが遺書だという事を覚えていた。彼女に渡す前に自分のイヤホンに繋いで確認をする。


 目を瞑り、耳を澄ませて、イヤホンの向こう側の音を拾う。


 知っている息遣い。懐かしい声。やはり間違ってはいない。覚えていた時間からは丁度、遺書が始まった所だった。


 ふいに、このまま聴いていたい気持ちが湧いたが、透はそれを慌てて沈める。また、湧く前にイヤホンを外して、再生した数秒を戻した。


「丁度、すぐ始まるようになっているから」


 MDプレーヤーを彩子に渡す。


「ありがとうございます」


 緊張した表情でそれを受け取り、自身のイヤホンをコントローラーに挿す彩子。両耳に入れてから、彼女は先程の透と同じように目を瞑る。軽い深呼吸を何度かしてから、コントローラーの再生ボタンを押した。


 彩子がビクっと一度体を震わせた。詩織の声を聴いたのだろう。イヤホンから流れる彼女の声に大きく驚いた表情を見せる。そして両手を耳に添えて、一言一句逃さないように、集中して声を聴いていた。


 しばらくすると、彩子の閉じられた二つの瞳の隙間から、うっすらと涙が滲み始めた。少し下を向いていた顔から出てくる涙に抵抗せず、そのままにする。そのせいで、涙は構わず彼女の膝に雨になって落ちて行った。


 詩織の遺書の内容はそこまで長くない。時間にしたら三分にも満たないだろう。透は彼女が聴き終えるまで一切口は挟まない。


 時折、横を通り過ぎる客が不審な顔を作り、彩子を一瞥するが今の二人の目に入らない。それよりも彼女の心には、もっと重要な感情が出現している。


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