「第12章 アイスの溶かし方」

「第12章 アイスの溶かし方」(1)

(1)

「まず、詩織がルーズリーフに残した遺書の話からしよう。存在は知ってる?」


「はい。それは手記に書いてありましたから。でも、あの人はあれが遺書とは最初から考えてなかったみたいです」


 湊からすれば、詩織のブレザーから手書きのルーズリーフが一枚出てきただけだ。警察が勝手に遺書と主張しているくらいにしか考えていなかっただろう。


「確かに。湊先生は一番あの遺書を気にしていない人間だろうな。だって、実行犯な訳だし」


「そうですね。実際、手記には存在についての記述はあっても、内容までは書かれていませんでした。ただ、馬鹿らしいって書いてあるだけで」


「内容については、俺は知っているんだ」


「えっ!? 本当ですか?」


 透の告白に彩子は今日一番の大声を出して驚いた。騒がしい店内では、彼女の声は響かなかったが、それでも周囲の席の注目は集めてしまった。彩子は慌てて口を閉じる。透は苦笑しつつ当時の様子を話す。


「当時、刑事さんにずっとマークされてたから」


「でも、自殺自体は揺るぎようのない事実じゃないですか。同情はされても先輩が疑われる理由がありませんよ」


 鋭い意見を話す彩子。短く「おっ」っと呟く透。


「流石だな。確かにその通り、詩織は自分で死んだ。それは絶対的な事実。だから警察の判断も最後まで変わらなかった」


「じゃあどうして?」


「俺が何かを隠しているって思ったらしんだ。当時の刑事さん、えっと……名前は、そうそう倉澤さんだ」


 頭の中のデーターベースに検索をかけて、数年ぶりにその顔を表示させた。


 今、本人は一体ドコで何をしているのだろうか。まだ刑事なのか、それとも退職しているのか。当時は結構悪い事をしたので(態度も含めて)罪悪感があり反省もしている。だけど今更、本人に直接会って真実を話す訳にはいかない。


 話しても結果は変わらないのだ。気の毒だが、あのまま勘違いしてもらおう。


 透は脳裏に浮かんだ倉澤に謝罪の念を込めながらそう思った。


「先輩はその倉澤さんが言われた通り、何かを隠していたんですよね」


「ああ、隠してた」


 彩子の指摘を透はあっさりと、首を縦に振って認めた。


「誰にもバレないくらいの気持ちでいたからな。高校生の俺は、それはもう墓場まで持って行くつもりだった。でも、最初に倉澤さんに会った時に動揺したのを見抜かれてね」


「どんな事を言われて動揺したんです?」


「それはあれだよ。詩織が書いたルーズリーフの手書きの遺書を聞かされて」


 当時を思い出して、つくづく自分が情けなくなる。どれだけ意識を高く持って秘密を握っていても、所詮は高校生。本人の世界では自分自身こそが主人公であるが、思い上がりに過ぎない。


 若かった。まさにその言葉が完璧に当てはまり、透はため息を漏らす。


「どうしました?」


「高校生の頃の俺って馬鹿だなって考えると、ついため息が」


 過去の自分が馬鹿だと話すと、彩子は右手を振りそれを否定した。


「いやいや。先輩が馬鹿なら、私なんて大馬鹿ですよ。枕に顔を埋めたくなるような、黒歴史はわんさかありますし。今もふとした瞬間にそれを思い出して、プチ鬱になります」


「慰めてくれてありがとう。本筋に戻ろうか。詩織が残したルーズリーフ一枚の遺書。まず言っておこう。警察が調べたところ、正真正銘、彼女本人が書いた本物だ。それは間違いない」


「はい。でもあの人も、自分が考えた文面の遺書を詩織さんに書かせていました。言ってみればそれだって、彼女本人が書いています」


 彩子の言う通り、それも詩織が書いている。一方、ルーズリーフの方は出処が不鮮明な部分があるので、彩子は疑っているようだった。


「ちなみに湊先生が書かせた遺書は今、ドコにある?」


「燃やしたと付箋外のページに書いてありました。内容も手記には書かれていません。従って、あの人が用意した偽遺書については何も分かりません」


 彩子が内容を把握していないと言って、透は少々残念な気持ちになった。


 実際、どんな事を書かせたのか、興味があったからだ。だが、そんな事は口が裂けても言えない。


 そう思っていると、こちらの意図を読んだのか。彩子が悪戯っ子の顔をした。


「……何だよ?」


「知りたかったんでしょう? 気持ちは充分に理解出来ます。私だって知りたかったから。それが嘘だと知っていても詩織さんの筆跡で書かれただけで本物と錯覚する事が出来るじゃないですか」


「まあ、捉え方次第では……」


 それを認めてしまうのは透には難しい。極めて曖昧な言葉で濁した。彩子はどうして彼が濁したのか。瞬時に理解したらしく、慌てて弁解する。


「ち、違いますよ! ちょっと危ない奴とか思わないで下さい。そういう意味じゃないんです。だって、仕方がないじゃないですか。詩織さんの本心が記された遺書はないんですから」


 最後の言葉に透の肩が反応しかけたが、ココで反応しても意味はない。必死に抑え込む。代わりにため息で返す。しばしの間を生んでから、透は話を進めた。


「公式には詩織の遺書となっているルーズリーフ。湊先生は勿論、彩子も内容は知らない謎の物。それを俺は知っている。ココまではいいか?」


「はい」


「どうして知っているのか。それはさっきも話したけど、倉澤さんが俺の動揺を見る為に喋ったから。今から話すけど、くれぐれも内容は口外しないように」


「了解です」


 神妙な面持ちで了承する彩子。その瞳には力強さを感じる。透は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめたままで、遺書の内容を口にした。


「ノートは、いつも貴方の傍にある。だから私はもう大丈夫2008.10.22 2008.11.18これが詩織の書いたとされる公式の遺書の内容だ。どうだ? 数年越しにやっと聞けた感想は?」


 透が感想を求めると、彩子は目を瞑り何かを考えているようだった。彼女の中で遺書の意味を汲み取ろうとしているのだろう。詩織の遺書について、誰もが通る道である。彼は追求する事なく、彼女が目を開けるのを待った。


 やがて彩子が目を開けた。そして左右に首を振る。


「ダメです……。私には理解出来ません」


「それが普通。実際、皆分からなかったんだから」


「先輩もですか?」


 最初から意味を理解していたのではないのか? 


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