館からの脱出
ミステリーツアーと称したバスツアーに参加し、私たちが連れて来られたのは大きな屋敷だった。まさに日本家屋、いや武家屋敷と行った方が近いだろうか、家という言葉ではくくれないほどに異様に広かった。そこへ私を含めた多くの人が連れてこられた。ここで何かゲームじみたことをしなければならないらしい。
屋敷の中には得体の知れない化け物が蔓延っていた。内臓に手足を与えて大きくしたような、ぶよぶよした不気味なものがところどころで蠢いている。屋敷の個室を不用意に開けるとソイツらに襲われるので注意しなければならない。
私たちはこの屋敷の中で指示に従わないと門の鍵が開かず、外に出ることができないらしい。化け物に襲われる他の人の横を駆けながら私は指示をこなしていく。タチの悪い脱出ゲームだと思った。
向かった場所はトイレの洗面台。白、赤、黒と、台ごとに違う色の金魚が何匹も泳いでいる。私は指示通り蛇口を捻り、赤色の金魚の上にドボドボと墨汁をかける。金魚は苦しそうにのたうっていた。
そうしているうちに門の鍵が開いたらしい。連れてこられた人たちは安堵した。バスの発車時刻が来るまでの間皆は屋敷内で時間を潰す。屋敷の中庭には屋台とか飲食店とかがいくつも立ち並び、ショッピングモールの広場のように賑わっていた。私と、一緒に屋敷内を回っていた若者数人はメキシコ人風のおっちゃんから白米とうどんのセットメニューを購入する。
気さくなおっちゃんだった。「アミーゴ!」とかおどけて言ったりソンブレロを被ったりしているが普通に日本語を喋れる。そしてこのおっちゃんは中庭だけではなく上の階にもいた。クローンのように何人も全く同じおっちゃんが存在しているのだ。気さくで良いおっちゃんだが、この屋敷で暮らしている以上人間ではないのだろう。
広めの畳の部屋で白米とうどんを食べる。私は食べるのが遅いので、先に食べ終わってしまった若い男性はきょろきょろと辺りを見ていると、ふと壁に掛かった時計に目をつけた。10時を指した丸いアナログ時計。その下にもう一回り小さい時計がついていて、あともう少しで12時を指そうとしていた。
「秒を読むための時計じゃない?」
「でも上の時計にはちゃんと秒針がついているよ」
しかも上の時計の秒針は壊れているのか、左、右、と同じところに留まるばかりで先に進もうとしない。
「生命エネルギーが足りてないんじゃないか?下の時計が12時を指したらつまり、エネルギーが完全になくなるってことなんだよ」
エネルギー切れを起こしたらきっとヤバいことが起こるに違いない、と若い男女が時計の元へ行く。やめた方がいいんじゃないかと言うも、少し生命力を分けるくらいなら大丈夫だろと言う男性。
若い男性が時計に「俺の生命力を分けてやる」と念じたその時、時計の中からぶよぶよした内臓のような手が伸びてきた。
え、と絶句する若い男性。逃げる暇もなくその右目にぶよぶよした細い腕が突っ込まれる。痛い、いたたた、と若い男性はどこか間の抜けた声を上げ、その体内にどんどん時計の『中身』が侵食していく。
悲鳴を上げる若い女性。時計の腕はすかさず彼女の体も絡め取り、弾みで近くに座っていた9歳くらいの男の子も巻き込まれた。粘土細工のように、3人の体が混ぜ合わされていく。せめて丁寧に成形し直してくれればまだ良かったのに、時計はある程度混ぜたところでその手を止め、元の形に戻った。
3色の粘土をマーブル模様が残る程度に混ぜる。残された3人の姿はそんな感じだった。
「「「もん……」」」
奇怪な化け物と化してしまったそれから、3人分の声が混ざって聞こえる。
「「「もん…………」」」
もんってなんだろうかと考えて、私は納得する。
ゲームをクリアして、後は門を通って帰るだけだったのに帰れなくなってしまった。
門、とその言葉だけを何度も繰り返す3人の声は後悔と苦渋と、絶望の念に満ちていた。
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