町を歩いている
眠
町を歩いている
自販機にタコがへばりついていた。珍しいこともあるものだと思っていると、ヤドカリの群れが我が物顔で道路を歩いていた。見上げると数匹の青魚が電線の合間を縫うようにして泳いでいる。知らないうちにこの町は水底に沈んでしまったようだ。道理で今日は一人も人の姿が見えないわけだ、と私は納得する。
私には胸びれも尾びれもないので地面を歩いて移動するしかない。てくてくと町を歩きながら、かつて空だったところを眺める。雲の代わりに揺れているのは水面から屈折した光だろうか。遠くの方で太陽らしい丸い光がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。
地面の中にはまだ空気が残っているのか、アスファルトの隙間からぷくぷくと小さな泡が湧き出ている。その様子が面白かったので私も泡を吐こうとしてみたが、肺の中の空気はとうになくなっていたようで水が弧を描いて流れただけだった。残念である。
数日もするとそこかしこからワカメやら昆布やらが生え、風が吹く度にそよいでいた。足先に何かがぶつかり、石かと思えば大きなアサリだった。ふと、川はどうなったかと思い見に行くとすっかり干上がっていた。というより、川の水と周囲の水が合わさったのだろう。顔を入れずとも川底までくっきり見える。
余所見をしながら歩いていたせいか顔に柔らかいものがぶつかった。水餅のように透き通った足の長いクラゲだ。ちょうど手持ち無沙汰だったのでソイツの足を捕まえてまた歩く。ふわふわと浮かぶ風船を連れているみたいで少し愉快な気分になった。
ふいに地面に大きな影が落ちる。飛行船でも飛んできたのかと思いきや、大きな鯨が悠々と浮かんでいて、尾びれをひるがえして鉄塔の向こうまで泳いでいった。水の底に沈んでも存外町の風景は変わらないものだな、と思いながら、私は何とはなしに頭上を通り過ぎるそれに手を振った。
町を歩いている 眠 @nemuru
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