第411話:覚えておくだけ

1.



 ここは異世界だ。

 それも恐らく、俺たちが一度も来たことがない、新天地とでも言おうか。

 

 俺たちがいる世界、シエルたちがいた世界、アスカロンがいる世界と3つの世界(?)を知っているわけだが、そのどれでもないことは確かである。

 

 飛ばされる前にいたところ――シエルたちがいた世界であればウェンディたちを転移召喚、あるいは念話でコミュニケーションが取れるはずだし、アスカロンがいる世界ならあんなでかい魔力は簡単に見つけることができる。

 逆もまた然りで、今ここにアスカロンが飛んでこないのもそれを裏付けているとも言える。

 俺たちが住んでいる世界なら知佳がすぐわかる。


 となると……


「元の世界に戻る方法を探らなきゃな」

「案外落ち着いてるのね、悠真」


 スノウが意外そうに言う。


「まあもうこういうのは慣れっこ……とまでは行かないけど、今までのこういう状況に比べたら余裕あるしな」


 なにせ知佳もスノウもいるし、危機感知には優れているルルもいる。

 ここがどんな世界であろうが俺たちに直ちに危機が迫るということは恐らくないだろう。

 楽観しているわけではなく、戦力を客観視した結果だ。

 

 これが俺だけだったらまた事情が変わってくるが。


「……ニャんかじろじろ見られてないかニャ?」

「ルルの耳が珍しいんだと思う」


 ルルがちょっと嫌そうにぼやくのに対して、周りの様子を見ていた知佳が答える。

 言われてみれば、人は結構歩いているが獣人はいないな。


「じろじろ見られるのも気分悪いわね」


 スノウがさっと手を振ってルルに認識阻害の魔法をかける。

 

「恩に着るニャ」

「獣人を見ないだけで魔法が存在する世界ではあるっぽいよな」


 少し離れたところにある青い水を噴出する噴水からは魔力を微量にだが感じるし。

 

「とりあえず移動しながら話しましょ」

 

 というわけで、スノウ先導で俺たちは見知らぬ世界を徘徊し始めたのだった。



2.



「大体こういうところに行き着くのもテンプレっつーかなんつーか……魔法がある世界だとやっぱりこういう組織が生まれるのが必然なのかもなあ」

「何にせよ特殊な力を持つ人達をある程度管理できるようになるシステムは必要だから」


 知佳がを見上げながら俺の呟きに返す。

 まあ勿体ぶるようなものでもなく、ここはいわゆる冒険者ギルドってやつだ。


 そこら辺で(主に俺が)聞き込みをして、手っ取り早くこの世界についての情報が集まりそうな場所に来たというわけである。

 ちなみにこの世界、言葉は当たり前のように通じるが文字は読めない。

 言葉が通じるっていうのも不思議な話だよなあ。


 絶対日本語は喋っていないはずなんだが、聞こえてくるのは日本語だ。

 そしてこちらが英語で喋ろうが日本語で喋ろうが関係なく相手にはこの世界(この国?)の言葉で聞こえているようだし。


 ルルたちに対しても、アスカロンに対してもそうだったからもうそういうものだと思うしかないが。

 

 で、ギルドの中に入ると冒険者と思われる者たちが一斉にこちらを見た。

 多種多様な防具を着て、いろんな武器を担いでいる。

 が、やっぱり獣人はいないな。

 エルフっぽい人はちらほらいるけど。


 絡まれませんように。

 うちには喧嘩っぱやいスノウと売られた喧嘩は買うルルがいるのだ。

 魔力の感じからしてこの二人が負けるとは全く微塵も思わないが、いきなり騒ぎを起こすのは御免被りたい。


 既に値踏みされるような視線を受けているうちのスノウさんが何だてめえらって感じで睨み返してるし。

 それでも手を出してこないのは俺が今それなりの魔力を垂れ流しにしているからだろう。


 感覚的には普通に魔力を抑えていない時の未菜さんやローラと同じくらいだろうか。

 普段から魔力を抑えるのが癖になってはいるが、逆に意図的にそうしないことだってできるというわけだ。


 これだけの魔力を持っていれば基本的には新参だからってなめられるようなことはないだろう。


「悠真」


 くいっと服の裾を引っ張られる。

 知佳だ。


「……どした?」


 小声で聞き返すと、呆れたような表情で、


「周りを威圧しすぎ。別に私たちは大丈夫だから」


 ……む。

 どうやら俺が意識していた以上の魔力が垂れ流しになっていたようだ。

 つまり冒険者たちがこちらを見ていたのは知佳やスノウ、ルルたちと言った綺麗所かつ新参ものを値踏みしていたわけではなく俺の圧のせいか。


「すまん……」

「悠真って案外喧嘩っ早いわよねえ」


 スノウに言われたくない。


 魔力を意識的に引っ込めつつ、受付と思われるカウンターでエルフっぽく耳が尖った金髪のお姉さんに声をかける。


「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

「は、はい、なんでしょうか」


 先程までの魔力を感じていたからだろう、お姉さんはちょっと引き気味である。

 ほんとすみません。


「ダンジョンってどこら辺にありますか?」

「ええと、それでしたら、東から町を出てまっすぐ一日程進めばありますが……最近は強力なモンスターがますので近辺を通るには最低でもC級の同行が必要で、ダンジョンに潜るにはB級以上の冒険者のみが認められているんです」

「へえ……?」


 CだのBだのと言ったアルファベットはそう聞こえているだけだろうから良しとしても、ダンジョンからモンスターが溢れている?

 そういえばシエルたちの世界でもそんな話をちらっと聞いたが……別にそう強くはなかったよな。

 俺自身の実力を除いても、並の腕前の探索者や冒険者なら対処できる程度だった。

 

「攻略済みのダンジョンからも溢れてるの?」


 スノウが受付嬢さんに聞くと、彼女は不思議そうな顔をする。


「……いえ、攻略済みのダンジョンはそもそも存在しないはずですが……」

 

 俺はスノウと顔を見合わせてしまう。

 攻略済みのダンジョンが存在しない?

 そんなことがあるのか。

 この世界のダンジョンは相当難易度が高いのだろうか。

 それとも真意層まで含めての攻略を言っているのか。

 あるいはダンジョンがこの世界に出現して間もないとか?

 いずれにしても……


(攻略済みがないって断言するってことは、少なくともダンジョン経由で元の世界に戻るのはそれなりに骨が折れそうね)

(だな……)


 念話で軽いやり取りをする。

 一番手っ取り早いのは攻略済みダンジョンを巡りに巡って、他の姉妹たちやシエル、アスカロンなんかのわかりやすい大きな魔力を探すことだったのだが。

 

 あまり常識外れな質問ばかりして目をつけられるのも嫌だし、これくらいにしておくか。


 で……

 長丁場になりそうだし、手っ取り早くこの世界に拠点を構えるには――


「依頼ってどうやって受けるんだ?」


 入ったときに周りを見渡した感じ、ルルたちの世界にあった冒険者ギルドと依頼の形式はさほど変わらなさそうだが。


「まずギルド商会に登録していただいて、各々のランクに見合ったものを受けていただくことになります」

「登録に必要なものは?」

「念書へのサインと、魔力量でのある程度の実力測定、そして簡単な審査ですね」

「簡単な審査って具体的には?」

「犯罪歴の有無だったり、身分の詐称があったりしないかを調べる程度です」


 ……身分の詐称?

 お貴族様がお忍びでってことだったりするのだろうか。

 犯罪歴は……先程この世界に来たばかりの俺たちにあるはずもないが、そもそもこの世界における居住権もないので微妙なラインだな。


 どうしたもんかなあ。

 なんて風に悩んでいると、知佳がすっと前に進み出た。


「わかった。ここにいる全員分登録する」

「えと……はい、承知しました。こちらが念書になります。よく内容をお読みの上、サインをお願いします」

「ありがと」


 と言って用紙を4枚渡したあと、受付嬢さんは何かを取りにか、どこかへ行ってしまった。

 

「犯罪歴とか身分の詐称とか大丈夫なのか?」

「そういうのを見る魔法や魔導具があるって前にシトリーから聞いてるから多分それ。違ったら違った時」


 へえ……

 魔法って便利だな。

 嘘をついてるかどうかくらいなら魔力の揺らぎで多少はわかるが。


「……でもどうすんのニャ? この紙切れ、なんて書いてあるか全然わからんニャ」

 

 ルルが紙をぴらぴらと弄ぶ。


「文字のは覚えとく。文字を覚えた後に不都合なことが書いてあるって発覚したら取り消せばいい。取り消せないのなら、取り消させればいい」

「覚えとくって……」


 いや、知佳なら当たり前にできるのか。

 

「……知佳が一緒で良かったわね」

 

 スノウが半分感心、半分呆れている様子で言う。

 俺も激しく同感だ。

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