第410話:転移
「これはこれは、ルル=ミーティア=カーツェ様。本日はどのようなご要件で当ギルドへお越しいただけたのでしょうか?」
うわ、お金好きそう。
というのがまず真っ先に浮かんだ感想だった。
福耳でぼたっとした体型で目が細い黒髪のおっさん。
40代から50代くらいだろうか。
この冒険者ギルドのギルドマスターが彼らしい。
冒険者ギルドのマスターは元冒険者がなることが多いとシエルから聞いたのだが、どう見ても戦えそうな見た目ではないし魔力も少ない。
一般人に毛が生えた程度だ。
戦闘力は皆無だろう。
そんなおっさんが揉み手でにこにこしながら客間に現れたのだから、俺のひと目見たときの感想は間違っていないということだろう。
「どうもこうもないニャ。あたしは近くに寄ったギルドに顔を出すことに決めてるニャ」
「は、はあ……」
ルルの尊大すぎる態度にギルマスも流石に頬をひくつかせてちょっと引いている。
まあ実際この場で一番権力があるのはルルだしな。
それだけ最高位の冒険者は優遇されるのだ。
「ええと、お連れの方々は……」
ちらりとこちらを見て、俺と目が合ったタイミングではっと息を呑んだ。
「……もしや皆城 悠真様では?」
「……ええ、初めまして」
この世界の全員が全員知っているわけではないだろうが、ある程度の有力者はそりゃ知ってるよな。
魔王の件で一応英雄という扱いなのだから。
特別広く公開もしていないが、隠してもいなければこんなものだろう。
続けてギルマスは同行している知佳とスノウをちらりと見る。
二人とも纏っている空気感が普通のそれではないからな。
こんな面子で押しかけてくれば尋常でないことはすぐに察したのだろう。
額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、ギルマスは俺たちの向かいに着席した。
「当ギルドのギルドマスターを務めさせていただいております、オーバーと申します。ええと……何か私共に不手際などおありでしたでしょうか?」
「別に特にそういうのはなかったニャ。お、これなかなかいけるニャ」
ギルマス――オーバーを待っている際に先程受付嬢さんが持ってきた高級そうなケーキを包み紙ごと鷲掴みにして頬張るルル。
かなり無作法に見えるが、実際ケーキはこうして食うのが一番美味いみたいな話を聞いたことがある。
知佳から。
「さっきも言ったニャ。通りがかったギルドに顔を出してるだけニャ」
「……なるほど。であれば、どうぞごゆっくりこの町にもご滞在いただければと。高位の冒険者用にクエストも幾つかありますので……」
金の匂いを感じたオーバーがもう一度揉み手を始めたタイミングで、ルルがずばり切り出す。
「それは異世界関連のクエストかニャ?」
「……仰る意味がわかりかねるのですが……」
流石はギルマス。
特に動揺した様子を見せない。
まあそれは俺のような素人目には、というだけの話だが。
スノウの目が細まる。
嘘をついたり誤魔化そうとすると、魔力が揺らぐらしい。
嘘をつくことが日常になっている人や、魔力の扱いに長けている人だとそれすらも誤魔化せたりもするらしいがオーバーはそうではなかったのだろう。
(間違いなく異世界関連の何かは握ってるわね)
スノウから念話が入る。
便利すぎるな、このスキル。
目の前で話していながら密談しているとは相手からしたら思いもしないだろう。
となると、その何かが何なのかを探らなければならない。
心を読むというベターなスキルでもあれば別なのだが、生憎そこまで便利なものは持ち合わせていない。
ここからは駆け引きだ。
まあ主に知佳とスノウなのだが。
「誤魔化しは効かないニャ。こっちはお前が嘘をついてるかどうかわかるからニャ」
ちなみにルルは自由に喋らせているわけではなく、知佳からの指示をルルへ俺が念話で横流しするというちょっと面倒なことをしている。
知佳とルルが直接念話できれば楽ではあるのだが、念話を使えるのはあくまでも俺との間だけだからな。
要は中継機みたいなもんだ。
俺が同行した理由の8割くらいはこれである。
「う、嘘を……」
オーバーは動揺している。
まああっちはこっちがどんなスキルや能力を持っているかまでは流石に知らないだろうしな。
そういう能力を持っていると勘違いしてもおかしくはない。
「なにか勘違いをしているようですが」
そこで俺がが口を挟む。
「別に俺たちはあなたを責めているわけではないんです。こっちにも事情がありましてね。異世界についての情報を集めているんです」
「そ……そうなのですか……?」
オーバーはまるで俺のことを救世主かのような眼差しで見つめる。
こんなんでもルルは並のギルマスよりも権力を持っているし、スノウは美人すぎて黙って腕組んでるだけでも怖いし、知佳は全くポーカーフェイスを崩さないし独特な圧を放っているしで大変だろうからな。
そんな中、俺というどこからどう見ても凡人が助け舟(厳密には助け舟ではないが)を出すことで警戒心を緩める。
という、スノウの作戦だ。
名付けて飴と鞭作戦。
ゴリ押しと言えばゴリ押しだが出会った当初、ダンジョン管理局でやったことに比べれば随分とマシだろう。
交渉事に長けているウェンディではなくスノウなのも威圧感の問題だったりする。
「ええ、そうです。ルル、無駄に挑発するなよな」
「はあ、わかったニャ」
ここで俺がルルを嗜めることで、オーバーにはこの面子の中でルルよりも俺の方が序列は上だということを認識付ける。
実際のところそのような序列があるかは微妙だとしても――
「改めてお伺いします。異世界について何か知っていることはありませんか?」
「……その前に一つお伺いしても?」
「なんでしょう」
「どこで私共が異世界と関係あるとお聞きになられたのでしょうか」
(どうする? 知佳)
(事前に言っておいた通りで良いよ)
「こちらにも守秘義務があるのでね。情報の出処については言えません」
「まどっろこしいニャ。情報の出処がどこであろうと、全部話せニャ」
ガシャン、とルルが無造作にテーブルの上に脚を放り出す。
こら、女の子がはしたない。
まあ段取り通りなのだが。
「まだあたしらだけが来ているうちにとっとと白状した方がいいニャ」
「……まあ、そういうことですね、オーバーさん。こちらもある程度の確信を持ってここにいますから」
「う……」
オーバーは脂汗をたっぷり顔に浮かべて狼狽えている。
さて、ここで一つ確定事項がある。
異世界との何かしらの取引があったとして――何も後ろめたいことをしているのでなければ、俺たちが異世界の情報を集めているという事を言った時点でそれを強調しつつこちらに情報を渡していただろう。
そうでないということは、既に何かしらの後ろ暗いことをしているということ確定している。
それも、俺たち――少なくとも高位の冒険者にバレてはいけないようなこと。
どれくらいの厄ネタかまではわからないので、急にこいつが暴れ出してもいいように少し警戒を強めつつ――
知佳が口を開いた。
「レスター・マクスウェルはどこにやったの」
その名前を聞いたオーバーの雰囲気が、激変した。
いや、雰囲気ではなく――
魔力だ。
まるで別人のものに変わった。
「ニャッ!!」
ルルが反射的に繰り出した蹴りがいとも簡単に片手で防がれる。
そして――
「魔法が……!?」
スノウが困惑した声をあげる。
そう、魔法が使えない。
念話も、転移召喚もだ。
そして緊急脱出用の転移石も反応しない。
いや、魔力そのものが上手く練れない。
「レスター・マクスウェルの血縁であるリリアナ=スカンディではなく、皆城和真の息子が釣れたか。まあ、悪くはない。むしろあっちの世界で罠を張るまでもなくなった分、当たりだな」
先程までとは魔力も、雰囲気も、口調も異なるものとなったオーバーがそんなことを呟いた後。
俺たちは眩い光に包まれた。
そして――
「……マジ、かよ」
石畳の広い道、歴史を感じさせる建物。
少し先にある広間では青い水が吹き出る幻想的な噴水に、明らかに洋服ではない特異な服装でそこを歩く人々。
俺は全く見知らぬ町にいた。
強制的に転移させられたのだ。
「……魔法は使えるようになってるわね」
「ん。はぐれなかったのは不幸中の幸い」
「ここ、どこニャ?」
スノウ、知佳、ルルが三者三様の反応をする。
そしてすぐに異変に気づく。
「……スノウ。ウェンディたちの魔力を感じるか?」
どうやら俺よりもそれに気付いていたスノウは難しい顔で答える。
「感じないわね。相当遠くに飛ばされたか、あるいは……」
「転移召喚もできないし、念話も繋がらない。ここはまた別の異世界だってことだな……」
どうやら俺たち四人は、異世界転移してしまったようだ。
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