第412話:お約束

1.



「こちらの魔導具に手を入れていただけますでしょうか」


 そう言って受付嬢さんがカウンターの上にどん、と置いたものは血圧を測定するアレみたいな形の機械だった。

 そういえば綾乃が一ヶ月後に健康診断あるとか言ってたっけ。

 一ヶ月以内に元の世界へ帰れるのだろうか。


 それはともかく。


「これって痛かったりとかは……」

「しませんよ」


 苦笑する受付嬢さん。

 俺、小学生くらいの時まで血圧測定する機械ってあの見えてない部分で針を刺してるんだと思ってたんだよな。

 若干警戒する俺に構わず、知佳が躊躇なく腕を突っ込んだ。


「これでどうすればいいの?」


 知佳が受付嬢さんに訊ねる。


「少しだけ魔力を込めていただければ、魔力回路の動きや魔力の流れ等から大まかな潜在能力が測定されます」

「魔力が少なかったら冒険者になれなかったり、逆に多かったら良いことがあったりする?」

「少なくても基本的には問題ありません。この場合、特別魔力量が多い方を選別しているんです。元々の素質が高い方はFランクから始めても勿体ないですし」


 なるほど。

 もちろん個人の技量によって差は出るが、基本的には魔力は多ければ多いほど強い。

 まあ要するに俺たちはある程度ボーナスがつくという認識で問題ないだろうな。


 知佳が魔導具に魔力を少しだけ流すと、最初は黄色く光り、その後に緑色に光った。


「……おお、D級上位……いえ、C級にも匹敵する魔力量ですね」


 なるほど。

 Bの上にAがあると仮定して、知佳クラスの魔力量でC級上位からB級か。

 知佳は既に俺たちの世界では一級探索者の中でも上位レベルの魔力を持っている。

 ダンジョンが攻略されていないと言っていたが、どうやらこの世界の冒険者や探索者のレベルが低いというわけではないようだ。

 というか、相当高い。もしかしたら平均水準はルルたちの世界よりも上なんじゃないか?


「次、ルル」

「ニャ」

 

 知佳の指示でルルが今度は魔導具に手を突っ込んで魔力を流す。

 今度は青……というよりは藍色に光る。


「え、A級レベルです……」


 受付嬢さんはかなり驚いている。

 冒険者登録が珍しいのか周りで野次馬してる何人かの冒険者たちも驚いてるな。

 知佳がD級からC級で、ルルはA級か。

 以前メカニカで魔力量を測定した際、知佳とルルの間にはそこまで大きな魔力量の差はなかったはずだ。

 潜在能力が何なのかはわからないが、どうやら魔力だけを見ているわけではないようだ。

 

「スノウ、わかった?」

「まあ大体ね」


 知佳からの問いにスノウが頷く。

 わかったってのはなんだろうか。

 

 スノウが前に進み出て、腕を突っ込む。

 結果は――


「C級相当、ですね」


 緑色に輝いてC級相当。

 スノウが知佳と同程度なわけがない。

 どうやら何かしらの要素をコントロールして抑えたようだ。

 わかった、というのはこの魔導具の原理だろうか。


(この流れで行くと俺が手を突っ込んだらこの魔導具ぶっ壊れたりしないか?)

(まあ壊れるでしょうね。あんたじゃまだコントロールできる要素じゃないからしょうがないわ)


 スノウと短く念話をやり取りする。

 最近は俺も知佳の思考が少しは読めるようになってきたが、恐らく自分とルルというサンプルを見せることでスノウにこの魔導具の理屈をある程度解明してもらい、間違いなくこの魔導具で悪目立ちする俺をなんとかできないかと画策したのだろう。

 

 で、スノウは期待通りコントロールする術を見つけたようだが、今の俺じゃそれができないらしいので――


 俺が魔導具に手を突っ込む際、知佳たちは三歩ほど下がった。


「お姉さん、ちょっと下がった方がいいよ」


 と知佳が言う。


「へ? ですが……」

「危ないから」

「は、はあ」


 腑に落ちない様子でお姉さんは後ろに下がる。


「あの、先に聞きますけど、これって壊れたりしたら弁償ですか?」

「え? いえ、故意に壊すのであれば弁償ですが、そうでないのなら……」


 そりゃ良かった。

 俺は安心して魔導具に魔力をちょっとだけ流し込む。


 すると、眩い光と共に魔導具は爆発したのだった。





「はい、これで皆様は今からギルド公認の冒険者になります」


 魔導具が爆発した際は多少騒ぎになったが、幸い偉い人や怖い人が後ろから出てくることもなく無事に手続きが完了した。

 どうやらあの魔導具は潜在能力を図るだけでなく、犯罪歴や身分差詐称の有無も確かめる機能があったようだ。


 スノウ曰く、犯罪を犯したり冒険者になれない身分の者は特殊な魔法がかけられているのだろうとのこと。

 

 で、俺たちのランクだが――


 知佳がE、ルルがC、スノウがE、俺がFのスタートだった。

 測定器を壊してしまって実質測定不可の俺が最低辺と思われるFスタートなのはともかくとして、知佳たちが測定結果よりも低くランク付けされているのはあくまでも潜在能力がというのがわかっただけだから、ということらしい。


 そして何やらカードが発行された。

 これをなくすと再発行に手数料がかかるらしいが、身分証明書の代わりにもなるそうだ。

 まあ犯罪歴がないっていうのがわかるだけでもそれなりの効力はありそうだしな。


 それから一番ランクの高いルルをリーダーとしてパーティを組んだ。

 パーティランクはEから。

 基本的にはランクの上下1個分の依頼を受注可能なようで、パーティ単位だと俺たちはFランクからDランクまでの依頼を受けられるわけだ。


 ランクを上げるには基本その一つ上の依頼を100回滞りなく受けるか、特例で上げてもらうかのどちらかということ。

 そのランクにあまりにも見合っていない功績を残せば上げてもらえるということだな。

 そう、例えばこの町から1日ほど竜車で南下したところに居着いて行商人たちが迂回するハメになっている、でかいドラゴンを倒すとかな。


 なぜこんなに具体的なのかというと、まさにそういう依頼があったからだ。

 受付嬢さんが言うには国からの依頼で、この近隣の町全てのギルドでもう2年ほど前から発注されているが未だ誰も達成できていないという。


 Aランクを超えたSランクの依頼。

 当然俺たちは受けることはできない。

 が、個人で勝手に狩りに行って、ギルドへ討伐の証拠品や素材なんかを納品しに来るのは自由だ。

 

 もちろん依頼の報酬金は出ないが、スノウも俺もいるのだ。

 どうとでもなるだろうということでそのドラゴンの巣へ向かうことになったのだった。



2.



「でかいトカゲが引いてくれる竜車で1日、徒歩で5日か」

「走ったら1時間程度だったわね」

「……お、お前ら速すぎだニャ……ついてくので精一杯ニャ……」


 全然涼しげにしているスノウと疲労困憊のルル。

 しかし健康的な娘の汗だくの姿というのはなぜこうもエロいのだろうか。

 健康的だからだろうか。

 エロいから健康的なのだろうか。

 世界は不思議で溢れている。


 なんてことを考えていると、お姫様抱っこしていた知佳に乳首をつねられた。

 ちゃんと痛い。


「しっかしどれくらい離れてるんだ? 町から」

「大体500kmくらいだと思う」


 何から算出したかわからないが知佳がそう言うのでそうなのだろう。


 てことは新幹線よりも速い速度で走ってたのか。

 そりゃルルでも疲れるわな。

 大体東京から京都くらいの距離だろうか。


 ……そんな距離人間って5日で歩けるのか? と思ったが、そういえばこの世界の人間は体力の水準が俺たちの世界よりも高いんだった。

 なら行けるのか。


「ウェンディお姉ちゃんがいたら5分かからなかったのに」

「まあ……かからなかっただろうな」


 ジェット機も真っ青な速度でかっ飛ぶからなあウェンディの風力ロケット。

 

「……で、多分あの山だよな? ドラゴンいるのって」

「でしょうね。まあそれなりに骨のあるのがいる気配がするわ」


 それなりにというか、明らかに真意層の番人ガーディアンよりも上の気配を感じるぞ。

 多分ルルでもタイマンはかなり厳しいのではないだろうか。

 いや、Aランクより上の依頼なのだから当然か。

 俺の周りにいる人間でちょうどトントンくらいの戦力でパーティを作ろうと思ったら、ルルと未菜さん、そしてローラにレイさんの4人でようやくと言ったところだろうか。

 いやでもでかいの相手だとローラはかなり強いからなあ。

 もしかしたら一人でもいい勝負するんだろうか。

 

 まああれだ。

 つまるところこのドラゴンはかなり強い。


 普通にやればかなり苦戦するのだろう。

 

 まあ……

 スノウがいる以上、ドラゴンがその倍の強さだったとしても全く関係はないのだが。

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