409話:報酬

1.



 身長2メートル半はあろうかという巨体。

 その巨体に見合うだけの筋骨隆々に加え、厳つい風体のハゲ頭。

 そんな威圧感の塊のようなやつが、粗野な笑みを浮かべながら俺に盃をぐいと押し付けてくる。


「どうした、遠慮なく呑めよ」

「……これから大事な話をしようってんじゃないのかよ」

「わかってねえな。海賊は大事な話をする時ほど酒を呑むもんなのさ」


 どんな文化だよ。

 この素敵禿頭巨大筋肉はフィリップ=トールマン、海賊である。

 

「トールマン、やめな。が困ってるじゃないのさ」

「へえへえ、わかりやしたよ、お嬢」


 そんなトールマンを諌めたのは毒々しさを感じる紫色の長い髪を散切りにし、右目が眼帯ではなく包帯で隠されている女海賊――リリアナ=スカンディ。

 今俺が乗っている海賊船の船長……いや、元船長。


 お頭ってのは俺を指しての呼称。

 つまるところ、この海賊船の船長は俺ということになってしまっているのだ。

 そう、俺は今海賊船に乗っている。

 とは言え岸に停泊してはいるのだが。


「ねえ、お頭? トールマンを許してやっておくれよ。……もし許し難いってんなら、ウチに折檻してくれてもいいから……さ?」


 そう言って艶やかな表情でしなだれかかってくるリリアナを俺はぐいっと押し戻す。

 

「あんっ、釣れないねえ」

「勘弁してくれ」


 隣から殺気を感じてるんだから。

 怒らせると怖いんだって、知佳は。

 この場には俺とトールマン、リリアナ……そして知佳がいるのだ。


 さて。

 リリアナにはの父がいる。

 レスター・マクスウェルというらしい。

 知佳いわく、俺たちの世界の人間ならば英語圏の人物だろうという予想。

 そうじゃないならなんとも言えないが。

 リリアナ=スカンディのスカンディは母親側の姓なのだろう。


 で、そのレスターだがどうも現在異世界にいるらしい。

 この海賊船の元船長……リリアナの分も含めれば元船長と言ったところか。

 トールマンやリリアナが言うには責任感の強い人物で、娘や自分の部下たちを放ってどこかへ行ってしまうような性格ではない。

 

「詳しく聞いてなかったけど、何年前の話なんだ? 冒険者ギルドへ行ってから帰ってこなくなったってのは」

「ざっと5年前だな」


 5年前か。

 親父がこっちの世界に召喚(?)されたのは10年前だから、シエルたちと共に旅をしている最中に起きたことなんだな。

 冒険者ギルド全体で何かを企んでいるのに、優れた冒険者でもあるシエルが気付かないとは思わない。

 ギルド、というよりもギルド内部にいる誰かが単独で、あるいは少人数で企んでいることなのかもな。


 なんてことを考えていると、退屈そうに話を聞いていた知佳が口を挟む。


「それで、具体的にその企みを暴くための計画は?」


 ずばり本題だ。

 多分早く帰りたいんだろうな。

 リリアナが俺に妙にべったりというか……なんか変な懐かれ方してるから。


 彼らはレスターが冒険者ギルドにハメられたと考えている。

 ギルドに対して和平交渉のようなことをしに行ったきり帰ってこないともなれば、そう考えるのも無理はない。


「親父が行ったギルドの近くでウチらが騒ぎを起こす。あんたらが忍び込んで、何かしらの証拠を掴む」

「双方のリスクが大きすぎる」


 リリアナの提案を知佳がスパッと切る。

 確かに、これでは俺たちにとっても、リリアナにとっても失敗時のリスクがあまりにも大きいか。


「それやるくらいなら正面から出向いてった方がまだマシだな」


 何とはなしに呟いた。


「へえ、つまり悠真の頭はそれをしてくれるってぇことだな?」


 トールマンがニヤリと口の端を歪める。

 我が意を得たり、と言わんばかりに。


 しまった、迂闊だった。

 言った直後に気付いた。

 簡単な誘導に乗っかり過ぎだ。


 トールマンはこう見えて頭がキレる。

 そしてこちらの情報もある程度掴んでいる。


 当然、冒険者として格の高いシエルやルルがこちらの身内にいることも知っているだろう。

 しかし交渉のテーブルについているのはあくまでも俺と知佳。

 つまるところ、シエルやルルという見えてる手札以外のカードを切らせようとしてきたわけだ。


(別に気にしなくていい。駄目なら止めてたから)


 知佳から念話が入る。


(……そうなのか?)

(悠真の言いそうなことがわからないわけないでしょ)


 確かに。

 

「報酬は?」


 端的な問いにトールマンも端的かつ衝撃的な答えを返すのだった。


「スキルブックだ」



2.


「嘘くさいわねー」


 家に帰ってきて海賊船でのことを話すと、スノウは否定的な意見だった。


「まあ、俺もそう思うよ」


 ソファに座り、一つのテーブルを取り囲む形で話し合いをする俺たち。

 何か会議をする時は大抵このスタイルだ。


 なにせスキルブックと言えば超ウルトラレアアイテムと言って差し支えないような代物なのだ。

 ドロップ率は魔力量に比例するとは言え……

 同じことを考えていたのだろう、ウェンディが小さく挙手をして、


「その方たちの魔力量はどれ程のものだったのでしょうか?」

「……多めに見積もっても一級探索者以下ってところかな」


 そう、決して少なくはないのだが、多くもない。

 とは言え、別にドロップでなくともスキルブックは入手できるわけで……


「実物見せてもらったりしなかったの?」


 スノウの質問に俺は肩をすくめる。

 

「少なくともこの場ですぐに出せるわけじゃないってよ」

「そもそもスキルブックはなくなるもの。仮に手元に差し出されたとしても確認は難しいじゃろうな」


 シエルの言うことももっともだ。

 見た目だけ似せたものを用意して、開いて中身を確認したらスキルが入手されるんだから中身をあらためるのは駄目だと言われればそれまでである。


「仮にお兄さまを騙したのだとしたら海の藻屑と消えてもらうにしても、そもそも貴重なスキルブックを交換条件に出す程のことなのでしょうか?」


 フレアの疑問も頷ける話だ。

 海の藻屑云々は置いといて。


「後で難癖をつけてくる腹積もりかもしれません」


 ウェンディが口元に手を当てて考え込む。

 確かにその可能性もある。


 レスター・マクスウェルが帰ってくるまでは渡しませーんとか。

 しかしそこに関しては……


「レスターの居場所がわかれば渡すと言っていた」


 知佳がテーブルの上に置いてあるさくさくパンダを食べながら答える。

 こういう時のお茶請けは大体誰がその時ハマっているお菓子になる。

 さくさくパンダは誰だろうな……案外こういうのはフレアが持ってくるイメージだが。


「レスターって男はその二人にとってよっぽど重要なのね」

「スキルブックが本物にしろ偽物にしろ、それは間違いないだろうなあ」


 仮にスキルブックが偽物で、俺たちを敵に回せばどうなるのかもわかっているだろうし――本物なら本物でもちろんそれだけ貴重なものを差し出すわけだからな。


 リリアナの父親……か。

 父親が行方不明になった者の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。

 うちの親父もダンジョンで居なくなってるわけだしな。


 トールマンという保護者(?)がいるとは言え、リリアナも父親に会いたいだろうし、そのトールマン自身もどうやらレスターにはかなり心酔しているようだった。


「というか」


 スノウが立ち上がって俺の後ろの背もたれに寄っかかる。

 う、いい匂いする。

 

「あんたはスキルブックが本物だろうと偽物だろうとどうせお節介するつもりでしょ」


 つん、とこめかみの後を突かれる。


「まあな」


 誰にどれだけ甘いと言われようと、俺は自分の手の届く範囲の人間はどうしても手助けしたくなってしまう。

 ましてや親絡みなんて俺が一番弱いジャンルだし。

 

「じゃ、流石に全員でぞろぞろ行くわけにもいかないし……誰が冒険者ギルドに行くか決めるか」

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