クリスマスちょっとしたエピソード
0.
俺ははっきり言って、年末というものが苦手だ。
何故かって?
家族というワードをよく耳にするからである。
大体クリスマスから年末年始にかけて。
俺には両親がいない。
母親は蒸発し、父親はダンジョンで死んだ。
自分が不幸だと思うことはない。
いや、正確に言えばもう思うことはない、と言うべきか。
祖父や祖母たちは俺に優しいし、生活する上で――していく上でもなんら不便はないどころか、不足ない愛情を与えてくれていることもわかっている。
つまりより正確に言えば、不幸だと思う資格がないということだ。
けれど――まあ。
幸せだとも思うわけがない。
1.
「さみぃな……」
吐く息が白い。
今日は12月25日。
つまりクリスマス。
しかし俺にそんなことは関係なかった。
大学受験。
とりあえず今大事なのはそれだ。
なので祖父母の厚意に甘えて、塾へ通っている。
その帰り道である。
しんと冷えた空気がマフラーで覆われていない耳を切るように撫ぜて行く。
イブではなくクリスマスの深夜というのもあり、さすがに人通りは少ない……というか皆無だ。
これが受験する大学のある東京だったらまた話は違うのかもしれないが、ここらへんは程よく田舎だしな。
俺は高校を卒業したら東京へ行く。
その大きな理由は二つ。
一つはダンジョン管理局がそこにあるから。
そしてもう一つは、祖父母の庇護下から抜けておくため。
ダンジョンで死んだ親父の遺産があるし、隠れてバイトもしたりしていたので金銭面で困ったことはないが生活面で祖父母には迷惑をかけてきた。
そこをなくすというのと、もし俺がダンジョンで死んだとしてもしばらく離れている時期があった方が、悲しみは少ないだろう。
まあまずは祖父母を心配させないためにも、大学に入学することからだ。
特別勉強ができない方でもないが、できる方でもない。
多少無理して良い大学に入るつもりなので、塾へ行ってでも勉強は欠かせない。
まばらに街灯のある道を歩いている最中、ふとこの時間ならちょうどクリスマスケーキが安売りされている頃合いだということに気がついた。
甘いものが好きというわけではないが、祖母はよく和菓子を夜食なんかに用意してくれたりしている。
年寄りだからかクリスマスを祝うという文化は長らく我が家に存在していなかったが、来年からはいなくなるのだしちょっとくらい親孝行なら祖父母孝行をしておこうという魂胆だ。
「……ま、廃棄寸前のケーキではあるけども」
なんてことを考えながらコンビニの前まで来ると、きょうび珍しいものを見た。
端的に言えばちょっとチャラい格好の男たちとそれに絡まれている女の子たちだ。
チャラ男たちは5人、女の子たちは3人。
中にはガタイの良いのもいて、あんなのに囲まれたらナンパなんて成功するもんもしないだろう。
怖えもん。
そんなんだからクリスマスに野郎で5人も集まることになるんだぞ。
なんてことを考えながら、俺はそのまま歩いていく。
こいつら、酒臭いな。
まだ少し離れているのにぷんぷん臭ってくる。
「なあ、オレたちも野郎ばっかで辛いんだよ。ちょっとくらい付き合ってくれてもいいだろ?」
「そーそー」
「ちょっとだけ、先っちょだけってやつだから」
「ぎゃはははは!!」
酔っていることと人数が嵩んでいることから気が大きくなっているのだろう。
動画に撮られて拡散されたら間違いなくプチ炎上しそうな言葉でナンパ(?)している男たち。
それに対応する女の子たちは――
多分俺と同年代だな。
二人はすでに若干涙目である。
だが、内一人は。
「今の言葉、録音したから。通報されたいなら続きをどうぞ」
と冷徹な態度で返していた。
す、凄いな。
あの子だけ中学生くらいに見えるのに。
だが。
「通報だってよ」
「どうせ口だけの脅しだろ」
「そんなかわいい顔で凄まれても全然怖くないな」
「ほら、後ろの子たち泣いちゃってるよ~?」
「こんな時間に出歩く方が悪いんだって。オレらみたいな悪いお兄さんに絡まれちゃうから」
と真面目に受け取っていない。
「……めんどくさい。行こう」
そう言って真ん中の小さい子が、もうほとんど泣き出しちゃってる友達二人の手を引いてヤンチャグループの横を通り抜けようとする――ところを、ヤンチャグループの中の一人がその腕を掴んで止めようとする、その前に。
俺が割って入った。
「……あ?」
不機嫌そうに俺を見るヤンチャな推定大学生。
酒臭い。
「この子ら、未成年ですよ。どう見たって」
犯罪ですよ、と言外に伝える。
しかし、
「うるせーな、正義の味方気取りかよ」
手を伸ばして俺を退けようとする。
とは言え相手は酒に酔っ払っているし、俺も自分の目的のためにそれなりに鍛えているのでそれくらいじゃびくともしない。
そして正義の味方気取りってのは俺みたいなやつには相応しくない。
見も知らずの人を命がけで助けにいった馬鹿親父みたいなのがそうだ。
全然どこうとしない俺に苛立ったのか、とうとう襟を掴まれてしまった。
「良いんですか?」
「あ?」
「俺の母親、警察官ですよ。通報なんかしなくても、あんたらの格好と特徴だけ覚えてLINEすれば後日学校や実家に迷惑がかかることになる」
「……ちっ、くそめんどくせえ、ガキが調子に乗りやがって」
「それにあんたらも未成年でしょう。酒臭いけど、どこで飲んできたんですか?」
「…………白けたわ。あー、つまんね。覚えとけよ」
お前らの方が忘れるだろ。
酔っ払ってるし。
大学生たちはちらちらとこちらを忌々しげに振り向きながらも、程よい田舎の闇夜に消えていった。
ちなみにあちらさんが未成年というのは完全にカマかけだ。
こういう特別な日に酔っ払ってやらかすのは大抵大学だとか専門学校一年目でちょっとイキってるやつだとこのくらいの田舎じゃ相場が決まってる。
で、大体そういうやつらは手を出してくるほど肝は座っていない。
あー、良かった。
喧嘩にならなくて。
1対5で勝てるわけないし。
さて……
「君らも早く帰りなよ。できれば大人の人に迎えに来てもらいな」
俺は女子三人組の方を向いて……いやちょっと斜め上を向いて言う。
あの大学生たちが思ったより執念深かったらその辺で待ち伏せしててもおかしくないし。
なんだよ。
あんまり女の子と関わってこなかったんだから仕方ないだろう。
童貞なんだよ。
なんてことを考えていると。
「あ、あの」
と三人の中の一人から声をかけられた。
小さい子の後ろで涙目になっていた子だ。
「助けてくれてありがとうございました! お名前聞いてもいいですか……?」
「……
「す、素敵な名前ですね! あの、よければ連絡先なんかも……」
「あ、あー……」
これはもはやモテ期というやつでは?
俺は若干キョドりながらもスマホを出そうかどうか悩んでいると、小さい子が若干むすっとしたような声で。
「早く行くよ。この人も困ってるだろうし」
とその子の腕を掴んでせかせか歩いていってしまった。
大学生たちが消えていった方向とは真逆の方向に歩いていったので、とりあえずは大丈夫だろう。
あーでも俺のモテ期が……
……まあいいや。
受験あるし。
ケーキ買って帰ろ。
3.
「……っていうことがあった。悠真は全然私に気づいてなかったけど」
「流石はお兄さま! 昔から人助けをしてらしたんですね!」
「人助けって程でもないけどな……」
時は戻り現代。
俺の部屋。
というか、知佳と俺の記憶をつなぎ合わせながら語った昔の話が終わり。
まあつまるところ、あの時の小さい女の子が知佳だったのだ。
当時の俺はそんなことに気がつくはずもなかったのだが。
なんか意外と知佳とはニアミスしてるんだよな。
ニアミスというか、割と遭遇してるというか。
当然知佳の方は俺に気づいていたという。
「今のあんたならまだしも、当時は普通の人だったんでしょ? 昔っから危なっかしいのね」
俺を称賛するフレアと違い、スノウは呆れ顔。
「別に弱くったって人助けしない理由にはなんないだろ?」
「もし喧嘩になってたらどうするのよ」
「まあその時はその時だな」
「まったく……」
やれやれとため息をつくスノウ。
しかしそんな彼女にフレアはニヤニヤ顔で。
「スノウだってお兄さまのそういうところが好きなくせに」
「……フ・レ・ア?」
「きゃーお兄さま、スノウがいじめてきます~!」
抱きついてくるフレアの柔らかいものに頬がにんまりしそうになるのを抑えつつ、
「……にしてもあの時から変わらないよな知佳――いでで」
ほっぺをつねられてしまった。
しかし本当に俺の記憶にある姿とほとんど変わらない。
見た目は。
胸のサイズはわからない。
着込んでたし。
まあでも変わら――
更にぎゅっと強くつねられた。
どうやら邪心が見抜かれたらしい。
「……なんであんた知佳にほっぺつねられて大きくしてんのよ」
「えっ、違う、これはフレアに引っ付かれてるから……」
「昨日あれだけしたのに」
知佳にジト目で見られる。
「昨日は昨日、今日は今日だろ……?」
クリスマス・イブの性の6時間……というか大体9時間くらいは大いに楽しんだが。
「きゃん」
というわけでまずはフレアをベッドにぽんと置き、次に知佳をお姫様だっこしてベッドに乗る。
「お兄さま、昨日の
「……それもいいな」
「悠真はトナカイじゃなくて狼だったけど」
「スノウはどうするんだ? 来ないのか?」
絶妙な表情でこちらを見ているスノウに向かって言うと、
「放っておいてもそのうち乱入してきますよ、お兄さま」
「それもそうか」
「……ホワイトクリスマスにしてやってもいいんだけど?」
「厳密にはクリスマスって日没までだからもう終わってる」
「「え、そうなの?」」
知佳の豆知識に俺とスノウの素っ頓狂な声が被りつつ、クリスマスもといクリスマスが終わった後の夜も更けていくのだった。
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