第406話:<瞬間装着>

1.



「防戦一方ですか? 動きは速いようですが、そのうち捕まえてしまいますよ?」


 王鵬オウホウは気味の悪い笑みを浮かべながら素早く攻撃を躱す俺を目で追い続ける

 ぞぶり、ぞぶり、と床が抉れていく中で、ウェンディから再び念話が入った。


(マスター、もうお気づきかとは思いますが目線を合わせてから発動までに0.8秒ほどのタイムラグがあります)


 そう。

 0.8秒だ。

 攻撃までの猶予が0.8秒あれば、俺がこいつに負ける理由がない。

 

 雷と同じくらいの速度で動けるシトリーが身内にいると言うのに、この程度の遅さで捉えられているようじゃ叱られてしまう。

 いや別にシトリーは叱りはしないだろうけども。


 俺と王鵬オウホウの戦力差は、わかりやすく例えるならば核兵器と子供が風呂場でやるような手で作る水鉄砲くらいの差がある。

 

 この床を抉っている力自体は未知なのであまり食らいたくはないが、このレベルの人間ではそもそもどんな策を弄したところで俺相手に0.8秒もの隙を作るのは無理だ。


 先程の早着替えのトリックは未だにわかっていないが、それでも負けは全くもってあり得ないと断言できる。

 戦っている間に何かぺらぺらと話してくれないかな。


王鵬オウホウ、あんたあの虚無僧とどんな関係なんだ。力を授けてもらったとか言っていたが」

「あの御方は神に仕えし天使。そして私はその敬虔なる信徒である。ただそれだけです」


 神て。

 俺が知ってる神様は毎日風呂上がりに満面の笑みでアイス食ってる白い髪の美女に似てたぞ。

 あいつ飽きないんだもんな。

 ハーゲ○ダッツ。


「天使ってナリかよ。そもそも虚無僧てのは仏教だろ。神じゃなくて仏だ」

「我々の尺度で測ることなど到底できませんよ」

「理解を恐れてるだけだ。あんた、あいつが天使だとかで心酔してるんじゃなくて――」

 

 ぞぶり、と再び先程俺が立っていたところが抉れる。


「怖いんだろ。だからへりくだっている。新たな世界の権力者が笑わせてくれるぜ」

「……黙りなさい」

「小狡い手を使ってたかだか国一つの実権を握った程度で、どれだけ他人より上等だ?」

「黙りなさい」」

その上他人に依存しきって変わった世界の権力者になると来た。どこまでも自分テメェの力じゃ何もできない負け犬根性だな」

「黙れ!!」


 王鵬オウホウが叫び、床が同じように抉れる。

 同じように、だ。


「結果が示してる。あんたの感情がどれだけ昂ぶろうと、借り物の力なんて何も応えちゃくれない。あんた、大したことない人間なのになんで自分がなんて思い込めるんだ?」

「黙れと言っている!!」


 次の瞬間。

 王鵬オウホウの手には拳銃が握られていた。

 先程見廻りが持っていたものと同じ――ダンジョン仕様のものだ。


「……どこから取り出したのかも見えなかったでしょう? <瞬間装着>というスキルでしてね。自分の『装備』をいつでも一瞬で装備することができるんです。<空撃>を避けられても、弾丸は避けることはできまい……!」

「なるほど、あんたスキル所有者ホルダーだったのか」

 

 それで虚無僧に授かった方が<空撃>とやらだな。

 だが、スキルの使い方がすぎる。

 まあ俺も最近まではそうだったのであまり偉そうには言えないが、結構色々やれそうなスキルなのにそんなこれ見よがしに拳銃を向けられたところでなんとも思わないんだよな。


 別に弾丸も避けれるし。

 避けるまでもないけど。

 <空撃>ではなく拳銃で攻撃しようとしている辺り、<空撃>の方も警戒に値するほどの威力ではなさそうだ。


 それに――


「その程度のことならこっちもできる」

 

 俺は手元に拳銃を<物質召喚>した。

 アスカロンの娘、ステラから教えてもらった<召喚術>のスキルでできる新たな技だ。


「な……馬鹿な! なにかの手品に決まっている!!」

「そりゃあんたも同じことを言えるんじゃないか? スキルホルダーに憧れて低俗な手品で誤魔化してるだけ――とかな」

「✕✕✕――!!」


 最後のは中国語だろうか。

 恐らく罵詈雑言であろう言葉を叫びながら王鵬オウホウは発砲した。


「……馬鹿な」

「馬鹿はあんただよ。この程度の拳銃なんて効くわけないだろ」


 拳銃を召喚したのとは反対の左手で摘んで止めた弾丸を見て王鵬オウホウは呆然と呟いた。

 ローラのそれはまた威力も速度も段違いだし、<空間袋>も併用したり精度も高かったりとこんなのと比べるのすらおこがましいレベルだ。

 

 王鵬オウホウはその場に膝をついてわなわなと震えている。

 何事かを中国語で呟いているようだが、どうせあり得ないとか馬鹿なとかそんな感じだろう。


(……どうだウェンディ? 天鳥さんからの注文通り、心を折ってみたけれど)

(流石でしたマスター。お疲れ様です)

 

 そう。

 なんであんな感じで挑発しながら戦っていたのかと言うと、最悪両手足をへし折って目潰しでもするしかないかなあなんて思っていたら天鳥さん発案で心を折ってみてはどうだろうという話になったのだ。

 煽り文句は王鵬オウホウがメディアなんかで顔出ししていた時にプライドが高いことを見抜いていた綾乃考案。

 俺の見た目が一見華奢な女性に見えていることもあって、普通に俺がそれを言うよりもダメージが大きそうなのはまあ運が悪かったというかある意味必然というか。


(それでは尋問に移りましょう)



2.



 実力で敵わない上に口撃でもボコボコにされ、唯一己で持っていた様子のスキルまで似たようなことまでされた王鵬オウホウは完全に意気消沈している。

 綾乃やウェンディ、天鳥さんの案であれこれ聞きたいことを聞き出した結果、ある程度のことまではわかった。


 まず第一に、虚無僧が王鵬オウホウに接触してきたのは10年前のことらしい。

 お前は選ばれし人間だ、とかなんとかで甘言に惑わされ、奴の言う通りに当局の中枢へと入り込んでこちらの世界の情報をあの虚無僧へ流していた。


 そしてこいつ以外にも何人か、政治家だけでなく医者だったりタレントだったりが同じような奴へ情報を流していたのだとか。


 中国政府において王鵬オウホウが実権を握っていたというのも、あの虚無僧が融通を利かせていたらしい。

 馬鹿とハサミは使いようなんて言葉があるが、面倒くさい面倒くさい言っていた割に精力的に働いてんじゃねえか、あの虚無僧。


「……あの御方は私を特別だと仰っていた。力を授けたのは私だけだと」

「そうかよ。そんな特別なあんたには特別に何か渡されてるんじゃないのか?」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取るぜ」


 落ち込んでるのもあって流石にわかりやすい。


「言っておくが、こっちは気絶している奴相手なら問答無用で記憶を見るっていう手段を取ることもできるんだぜ。隠し事は無駄だ」


 まあどのみち後で記憶を見るつもりではいるのだが。

 今こうして話を聞いている理由は記憶には映らない、こいつ自身の感情を見る為だ。

 やはり内容を聞いていて感じるのは、畏れのようなもの。

 脅されてそうしていたとは言い難い。

 世界の変革に便乗して権力を手にしようとしていたのはこいつ自身の選択なのだから。

 その為にこの世界を裏切り続けた。


 とは言え、この感じ――


(俺は世界が滅びる前に世界が変わるっていうのはどうやら本当っぽいって感じてるんだけど、どうだ?)

(私たちも同じ感想です、マスター。後は記憶を直接見て、呪い返しの核となりうるものが写真の錫杖以外にも存在しないかどうかを探しましょう)

(だな)


 というわけで気絶させようと手を伸ばした瞬間。

 ガクンッ、と王鵬オウホウの体が跳ねた。


 抵抗しようとしたのかと一瞬思ったが、そんな感じではない。

 自分ので何かが跳ねたかのような挙動だった。


 目は血走り、口からは泡を吹き、全身が痙攣し始めている。


「お――おい、どうした!? 何だってんだよ!?」


 俺は慌てて駆け寄ろうとし――立ち止まった。

 魔力が。

 先程までは一般人と大差ない程度だった魔力が、爆発的に膨れ上がっている。

  

 もはや一級探索者とすら比較にならない程の莫大な魔力になったかと思いきや。

 

「ガッ……!!」


 王鵬オウホウ

 より具体的には、腹を突き破って腕が生えてきたというべきか。

  

 びちゃびちゃと血が飛び散る音、そしてみちみちと肉が裂ける音。

 

(マスター!)

「わかってる!!」

  

 手のひらに魔力を集中させ、魔弾を作り出す。

 そしてそのまま手加減抜きでぶつけると、凄まじい爆発音と共に部屋中が暴風に吹き荒らされたかのような衝撃に見舞われた。


 変身途中にぶっ倒すのは美意識に欠ける?

 そんなこと言ってられないぞ。

 なにせ魔力の感じが明らかに異質だ。

 だが――ではない。


「……ままままぁたあああああ会えましたねねねねね――」


 ゆらりと。

 人影が立ち上がる。


 墨汁をぶちまけたかのような真っ黒な長い髪に、この世の光を全て否定しているとでも言わんばかりに深い闇を湛える瞳。


 なんだこいつ。

 どこかで見たことが――


「ささささ早速ででですが――」


 俺と目が合う。


「しししし死んでくくくくださ――」


 女が何かを言い切る前にその体が吹き飛んだ。

 壁をぶち抜いて外へと放り出される。


「死ぬのは貴女です」


 俺の隣には、つい今しがた転移召喚をしたウェンディ。

 流石に明らかに異常事態なのですぐに呼んでおいたのだ。


「……とは言えマスター、手応えを感じませんでした。刻むつもりの風で、

「そりゃ……ちょっと厄介そうだな」


 思い出した。

 あいつ、あの時の襲撃でスノウに瞬殺されたやつじゃん。


 あの時はスノウに瞬殺されて、今度はウェンディの殺すつもりの攻撃で死んでない。

 どうやら一筋縄ではいかなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る