第407話:惨劇
1.
「あ、ああああああああ――!!」
王鵬の体を乗っ取ってか食い破ってかは知らないが、そうして現れた真っ黒い女は俺とウェンディを見て絶叫する。
本当にとんでもない魔力だ。
はっきり言って、異世界で戦った魔王すら凌駕する。
魔王を吸収したベリアルに並び立つと言っても良いかもしれない。
「……マスター、姉さんたちを
「シエルは異世界にいるけど、シトリーたちはもう既に念話を飛ばしてる」
三人ともいつでもOKだそうだ。
(フレア以外は喚んでしまいましょう。あの子には決定的な隙を作った際のトドメを不意打ちで撃ってもらいます)
(……だな)
ウェンディの提案でスノウとシトリーもすぐさま喚び出す。
女は相変わらず絶叫し続けていて、襲いかかってくる様子はない。
「何この女。うるさいわね」
「WSR上位陣が襲われた時、お前が瞬殺した奴だよ。見覚えないか?」
「こんな圧のある魔力を覚えてないはずないわよ」
スノウは不思議そうな顔つきで口に出す。
そう。
スノウの言う通り、明らかに以前とは質が違うのだ。
質だけでなく、量も。
周りに被害が出る前に瞬殺するしかない。
「……悠真ちゃん、お姉ちゃんこの子見覚えあるわ」
いつもより数段冷えて聞こえるシトリーの声。
わざわざ聞かなくてもわかる。
激怒しているときの温度感だ。
「……例の場所にいたのか?」
「ええ」
具体的に言って強く思い出させるのもあれなので例の場所とぼかしはしたが、つまりはセイラン一派がシトリーたちの世界を滅ぼした時の話だ。
「まず俺とシトリーが前に出る。ウェンディとスノウは援護を頼む」
「お任せください」「わかったわ」
最初から全開だ。
<思考共有>。
俺がシトリーの使える全ての魔法と技術を。
そしてシトリーが俺の魔力を十全に使えるようになるが、その後しばらくパートナーの魔力回路が焼け付いてしまうので戦闘不能になるいわば捨て身の技。
己の体を雷と化す。
比喩表現ではない。
俺単体では使えない超高等技術だが、シトリーの使える魔法を使用できる今なら容易い。
<属性化>を使わずとも今の俺ならば肉体強化だけで雷速に到れるが、二人で突っ込むのならばどちらも雷になっていた方が都合が良いのだ。
なにせ――
「――!!」
二筋の雷槌が女へと襲いかかり、弾き飛ばす。
更に二筋が一筋になり、追撃を行う。
同じ<属性化>同士なら純粋に手数が二倍になるだけでなく、場合によっては単発火力を倍にすることもできるのだ。
あの時はアスカロンがいたので完全にサポートに徹してもらっていたが、本来はこのように戦うことだってできる。
さて。
実質シトリーの全力攻撃を二回分食らった女はと言えば――
「ふ――ふふふふふふ――」
ぷすぷすと体中の至るところから焦げ臭い煙を上げつつも立ち上がり、不敵に嗤っていた。
……効いてないわけではない。
手応えは間違いなくあった。
だが、恐るべきスピードで再生しているのだ。
「つつつつ強い――ほんとうに――強い」
女が呟く。
「だ、だから、わ、わたしと――」
その目が、俺を見る。
ぞっとするような、底の見えない真っ黒い目。
「い、いい一緒に、し、しし死んでください」
死。
の、予感。
ここから一手でも間違えれば俺たちは全滅する。
まるで走馬灯のように加速する思考の中、俺はフレアへと念話を飛ばした。
そして次の瞬間。
俺の目の前にフレアがいて、そして周りのスノウたちが全員いた。
場所は自宅だ。
結論から言おう。
その日、中国で大災害が起きた。
2.
「この目で見てきたけれど、そこまで強力な魔力反応はやはりなかったよ。一応、そういうのが得意な息子たちに見張らせてある」
リビングで対面のソファに座るアスカロンがそう伝えてくる。
「……悪いな、迷惑かける」
「俺がやりたくてやってることさ。……にしても、悠真がそこまで憔悴するなんて、本当に途轍も無い相手だったんだね」
「……ああ」
あの瞬間に何が起こったかと言うと、まずあの女は半径1kmにも及ぶ超広範囲で、<空撃>を発動したのだ。
恐らくは我が身を巻き込んでの自爆特攻。
推定死者数は1000人以上。
発動寸前でそれを察知した俺は一人離れた場所――自宅で待機していたフレアへ念話を飛ばし、俺を召喚するように頼んだ。
<
そしてフレアに召喚してもらった俺はすぐさまスノウたち3人もこちらへ召喚。
あの女の自爆特攻からなんとか逃げ切ったのだった。
鈴鈴は俺と別れたあとすぐさま離れていたらしいので無事だったとのことだが……あまりにも民間への被害が大きすぎる。
俺があの時あの女をすぐにでも殺せていればこんな事にはならなかったのかもしれない。
今のところ中国はあそこであの晩に何が起きたのかを知らない。
推測することすらも難しいはずだ。
唯一鈴鈴だけはわかるかもしれないが、迂闊にそれを口にするほど愚かでもないだろう。
「悠真。今回起きたことはほとんど事故のようなものだ」
あの子たちとはウェンディや綾乃のことだろう。
落ち込んでいる俺の代わりに状況説明をしてくれたのだ。
「事故……?」
「悠真を狙っての罠だと考えるにはあまりにも偶然に頼りすぎている。……それに正直、魔王を取り込んだベリアル並の魔力を持つ者相手に市街地で戦ってこの被害ならよく抑えたと言っても良いくらいだ」
「そうは言ってもよ……」
あの場にいて、あれを止められたかもしれないのは俺だけだった。
なのに俺が選んだのは逃走だ。
死ぬのが怖くて逃げた。
「君が死んだらこれから先もっと大きな被害が出るよ。死ぬのが怖いのは当たり前だ。自分だけに垂らされた救いの糸を掴まずに共倒れするのは勇気ある者の選択ではない。ただの愚か者さ」
わかっている。
アスカロンは俺を励まそうとしているのだ。
それはわかってはいるが……
「ここからは俺の推測だ」
アスカロンはそう前置きして、語りだす。
「セイラン達は恐らくこの世界で正式な受肉ができない、あるいはするのに莫大なコストがかかる。例えば事前にこの世界の人間へまるで寄生するかのように己の力を分け与えておいて、呪い返しのエネルギーをも利用してようやく受肉できる――そんな具合にね」
「呪い返しのエネルギーを……」
「実験的ではあったんだろう。そんな方法は普通ならまかり通らない」
「……じゃああの錫杖はなんだったんだ?」
「2つ可能性が考えられる」
アスカロンは右の人差し指を一本立てる。
「1つは、完全にダミー。呪い返しの起点は王鵬という男そのものだった……まあこの可能性は低いけれどね」
「……もう1つは?」
「呪い返しが起きる土地を指定したんだ。虚無僧は呪い返しが起きること、そして自分の死さえも計算にいれた上で、呪い返しがあの場所に起きるように指定し――自分の味方であるその真っ黒い女性の能力をこの世界の人間に付与することで無理やり受肉させた」
「……そんなことがあり得るのか?」
「十分あり得るよ。とは言え、その計画が始動する条件には呪いが解かれること……あるいは呪いをかけた対象が命を落としてしまうことに加え、自分も死ぬことが含まれているわけだからもしかしたらもっと後で発動する仕掛けだったのかも」
ミンシヤの両親は普通の人間だ。
中国の平均寿命から考えれば、あと50年生きられれば長生きな方だろう。
そしてあの虚無僧が後どれくらいで寿命を迎えていたのかは知らないが……
「それも計画のうちだったのなら、その虚無僧自身もそう永くはなかったか、あるいはタイミングを見て自分で命を絶とうとしていたかのいずれかだろうね」
アスカロンの推測が正しいのならばミンシヤと彼女の妹のような強い運命力を持つ者を肉親に殺させようとするだけでなく、呪い返しが数十年後に起きることを前提にして作られていたというわけだ。
連中にとっては一度で二度美味しいとでも言うべきか。
虚無僧は。
奴は生きることすらも面倒くさいと口にしていた。
それも考えれば、アスカロンの話したことが全くの的外れだとは思えない。
「…………」
止められたはずだ。
何かの計画の歯車さえ崩せていれば。
王鵬を殺していても止まっていたかもしれない。
あるいは俺が激情に駆られずに虚無僧を殺さないで捕縛なりなんなりしていても止まっていたかもしれない。
「……悩むのは悪いことだとは言わないよ、悠真」
アスカロンが静かな声で呟く。
「俺も出来る限りの調査やサポートはする。でも、やっぱり鍵はどこまで行っても君だ、悠真」
「……ああ」
「信じているよ。皆城 悠真。君は英雄の器だ」
ぽん、と俺の肩に手を置いてアスカロンは立ち上がり、その後は何も言わずに帰っていった。
3.
自室のベッドでぼんやりと天井を眺めている。
もう何時間こうしているかわからない。
万能感のようなもの、とでも言おうか。
アスカロンの世界に続き、シエルたちの世界を救って俺はなんでもできるような気になっていた。
事実、できることは増えた。
だが、何でもはできないのだ。
全てを救うことは俺にはできない。
あの場にいたのが俺でなくアスカロンだったら。
いや、最初に指示を出したのが俺でなくウェンディやシトリーだったらまた違う結果だったかもしれない。
思い上がった結果だ。
俺にできることなんてたかが知れている。
今回は――自分の大切なものは何もなくならなかった。
俺自身をスノウも、ウェンディも、シトリーもみんな無事だった。
だがこれからもそうだとは限らない。
いつか誰かを失うかもしれない。
もしそうなった時。
俺は――
ふわりと、バニラのような甘い香りがした。
「こら。いつまで寝てるの」
ぽこ、と軽く――本当に軽く、額に触れる手。
抑揚のない喋り方と、この匂いは――
「……知佳?」
「私のこと忘れちゃった?」
すんとした表情で問いかけてくる。
ベッドに腰掛けて、こちらを見下ろすその表情はいつもの眠そうなそれだ。
「そんなわけないだろ」
「悠真がそうし始めてからどれくらい経ったか知ってる?」
「……いや」
「52時間。丸っと2日以上。お腹減らないの」
「……言われてみりゃ減ってるような気がしないでもないな」
「皆心配してる」
「……だろうな」
ふらふらと立ち上がる。
「何するの?」
「何って、とりあえず顔だけでも見せに……」
「その前にすることあるでしょ」
「すること?」
「約束守って」
知佳はぐいっと俺の腕を引っ張る。
洋服タンスの方へ。
そして多分これからも変わらない、いつもの眠そうな目で淡々と。
「今日は一日デート」
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