第404話:絶対にバレない変装

1.



「……こりゃ完全に別人だな」

「ま、わしにかかればこんなもんじゃ」


 可愛らしく胸を張って誇らしげにえっへんといばるシエル。

 可愛い。


 それはそれとして、鏡の前に立つ自分の姿を確認して思わず息をのむ。

 そこにはまず間違いなくこの姿を見て皆城悠真その人だと断定する人間はいないだろうと断言できるくらい別人に化けた俺がいた。


 なにせ性別からしてもう違う。


 動作は間違いなく俺なのだが、それ以外が俺ではない。


 気の強そうな灰色の瞳に、目鼻立ちのすっきりしたスレンダーなショートブロンドの美女。

 いや別に普段の俺も無駄に上がってしまった知名度を加味しなければ目立たない見た目ではあるのだが。

 

 さっさと用事を済ませて元の姿に戻ろう。

 

「よし、行くか」


 うわあ、アナウンサーみたいな清廉そうな声だ。

 自分(?)で言うのもなんだが。


「……ねえ悠真ちゃん、写真撮っていい?」

「絶対嫌だ」


 スノウ&ウェンディと交代で来たシトリーにまじめな顔つきで聞かれるが断固拒否だ。

 確かに美女ではある。

 だが中身は俺なのだ。

 写真に収めておいて、後で見た時に悶絶するのは俺である。


「というわけで何かあったら頼むぞ、シエル、シトリー」

「うん、お姉ちゃんに任せて」


 ガッツポーズを握ると共に豊満な胸元がばるんと揺れる。

 いつ見ても凄い。

 流石は四姉妹の長女。

 包容力が段違いである。

 重くないのだろうか。

 いや、重いんだよなあれ。

 持ったことがあるからわかる。

 そりゃ肩も凝るもんだと思う。

 俺の変身体(?)はスレンダーで良かった。


「くれぐれも無理はするでないぞ」

「ああ」


 シエルの念押しに頷き、俺は転移石を発動させるのだった。

 


2.


(ウェンディ、聞こえるか?)

(はい、良好ですマスター)


 念話に応じる声はウェンディだ。


 赤と白を基調とした豪華絢爛な建物が200メートル程先に見える。

 現在は深夜。

 てらてらとあらゆるところが発光していて、やや下品な趣味に見えるな。

 東京ドーム幾つ分あるのだろうか。

 中国政治の中枢を担う施設――ではなく。

 現在中国の実権を握っていると言われているとある男のだ。

 

 俺ん家も大概でかいが(なんなら最近住人が増えすぎて手狭になってきた関係で周囲の土地を更に買い上げて増築を目論んでいるが)、この住居は更に桁外れに大きいな。


 こうも派手にやっていて許されている理由はいまいち知らないが。

 結構な情報統制がされているからな。

 知佳くらいになれば色々詳しいことも知ってはいると思うが、今は隔離期間だしなあ。

 

(リアルタイムでそっちに情報を送るから、整理と翻訳を頼む)

(承知しました)


 中国語を話せないという俺のハンデをどうするか考えた結果。

 ちょっと念話の『強度』を高めて、直接俺に翻訳した日本語と翻訳した中国語をぶちこむことにしたのだ。


 ベヒモスの攻撃を捌いた時、知佳のイメージを直接己に反映させた感じ。

 あれよりはよっぽど俺への負担も軽いし、なんとかなるだろう。

 直接念話を受け取っているウェンディが大変ではあるが、やれるかと聞いた時にかなり余裕そうだったので恐らく大丈夫。


 情報自体はあちらで綾乃と天鳥さんも協力して整理、対応するしな。

 ちなみに念話の声は普段の俺の声である。

 

 まあ自分として念じているから当然だよな。


 さて、手筈通りならそろそろ……


「知らぬが仏」


 ぽつりと呟くと、どこからともなく(俺は魔力で感じているのでどこからかはわかっているのだが)「石橋を叩いて渡る」と返ってきた。

 なので今度は、


「身から出た錆」


 と言うと


「七転び八起き」と返ってくる。


 続けて、


「一石二鳥」

「泣きっ面に蜂」

「弱り目に祟り目」


 そこまで何度かやり取りした上で、


「……驚いたネ。そういう方向性の変装でくるとは思ってなかったヨ」


 と、建物の影から普段のチャイナドレスではなく普通のTシャツにミニスカートというめちゃくちゃ普通な格好をした鈴鈴が暗がりから出てきた。

 流石に諜報活動をしている時に目立つ格好はしないか。


「俺も多少驚いてる」

「女装……とはまた違うネ。よくわからないけどそれも魔法アルか?」

「まあそうだな。俺は使えん魔法だけど」


 ちなみにさっきの合言葉のようなものだ。

 鈴鈴が知っている日本のことわざを順番に並べただけだが、知っていなければまず返ってはこないものである。


「早速本題に入るぞ。それっぽいものって見つかったか?」

「そう簡単に見つかれば苦労はないネ……と並の人間なら言うヨ」

「見つかったのか!?」

「それっぽいものだけどネ」


 マジかよ。

 鈴鈴が思っていたよりずっと優秀だ。

 

「これヨ」


 そう言って鈴鈴が見せてきたのは……


「……なんだこれ?」

 

 どこかの部屋の奥に閉じかけた扉越しに見える、ガラス張りのケースに入った棒。

 恐らく隠れながら隠し撮りという特殊な状況下だからだろう、ピントがぼやけているので具体的にどんなものなのかがわからない。

 そしてその閉じかけた扉でちらっとだけ見えている手は……


「これは王鵬オウホウの手か?」


 王鵬。

 現在の中国を実質的に支配していると言われている人間だ。

 なんとこの男、政治家でもなんでもないのだが明らかに政治に介入しているということで知られている。

 この男が、鈴鈴が虚無僧と接触しているのを見たという『お偉いさん』だ。


「いや、これはフォン泰然タイランヨ」

フォン泰然タイラン……」


 中国におけるダンジョンを管理する、迷宮監視委員会。

 その主任じゃないか。

 モンスターや人の強さが可視化されるスキルを持っていると言っていた男だ。


 なるほど、政治に介入してるって話は眉唾で済むようなものではないらしい。


(マスター。これは錫杖のようなものに見えます)

(錫杖……?)


 見せてもらった写真のイメージを直接念話でウェンディへ送っておいたところ、そんなことを言われた。

 なるほど言われてみればそんな感じの突起がついているようにも見えなくもないような……


「錫杖のように見えないか?」


 一応鈴鈴にも確認してみる。


「んー、わかるようなわからないようなってとこネ」

「……しかし本当に錫杖だとしたらあの虚無僧との関係性も深そうだし、これはもう確定なのか……?」


 だとしたら大災害を引き起こすようなものを何故中国国内、それも自宅なんかに置いておくのだろうか。

 普通に考えればリスキーすぎる。


「……ま、どのみち直接聞いてみるしかないか。サンキューな鈴鈴。ここから先は何かがあっても巻き込まれないように離れとけ」

「……本当に一人で大丈夫アルか?」

「一人が一番大丈夫なんだよ。任せとけ」



3.



 鈴鈴によればこの時間、王鵬オウホウは確実にこの家にいるらしい。

 となればちらほらいる警護に気づかれないよう、あるいは気づかれてもサクッと気絶させてくつろいでいる事が多いというリビング的な場所まで行くのがベストだな。


 とりあえず……


 鈴鈴と落ち合ったひとけのない目立たない場所から、ぐっとジャンプする。

 

 地面への影響も考えながらなのでそこまで強い衝撃にはならないが――


 迫ってくる豪華絢爛な建物の屋根に風魔法を応用して大きな音を立てずに着地する。

 さて。

 一番近くにあった窓ガラスを氷魔法で凍らせ、炎の魔法で丸い穴をあけて侵入する。

 魔法が使えると不法侵入も仕放題だな。


 ――と。

 ちょうど窓から入った廊下の奥から人の気配。

 窓を壊してしまった以上、何者かが侵入しているのはもうすぐにでもバレる。

 自分の運の悪さを呪いながら、俺は廊下の曲がり角から姿を現した男の背後に音もなく高速移動して背後から顎を掴み、ぶぶん、と三回ほど揺らした。

 

 ……レイにちゃんと加減を教わっているので、脳が揺れてブラックアウトするだけで死にはしないはずだ。

 ここまでの一連の動作は当然普通の人間には視覚すらできないので、いま気絶させた見張りの男に通報された心配もないだろう。


 さて、ここからはスピード勝負だな。

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