第403話:苦肉の策
「……起きる災害が地震かどうかは分からないにしても、もしそれが日本やアメリカにあるとしたらかなり厄介だな」
柳枝さんは顎に手を当てて唸った。
日本で初めてダンジョンを攻略したパーティの副リーダーにして要の存在。
そして現在は日本最大のダンジョン攻略会社、ダンジョン管理局の本部局長。
更に首相と血縁関係にあるという、恐らく俺が直接気軽(?)に会える中で最も情報を適切に扱える人だ。
今は半ばお馴染みとなった管理局の社長室で、俺と柳枝さん。
そしてもう一人、社長室と言えば――
「災害は確定で起きるのかい?」
(一見)飄々とした態度で高身長スレンダーなポニテお姉さんこと未菜さんだ。
今日もスーツがよく似合っている。
これで中身が割とポンコツだとは誰も思わないだろう。
10年前に柳枝さんと同じパーティのリーダーとしてダンジョンを初攻略し、現在のWSRでも2位の座についている恐らく俺を除けば人類で一番強い人である。
「それもわかんないんですよね。確定ではない、ってくらいで。でも何かしらこの世界にとって不都合なことが起きるのは間違いないと思います」
未菜さんが脚を組む。
脚長いなこの人。
身長は俺の方が10cmくらい高いけど、脚の長さは大差なかったりするんじゃないのこれ。
「この世界にとって不都合なこと、か。ふむ。色んなパターンが考えられて絞れないな」
未菜さんの言う通り、そこが問題なのだ。
対策の打ちようがない。
「皆城くん。この件は叔父に伝えても?」
柳枝さんの叔父とはつまり西山首相だ。
「……もちろんです。とは言え、猶予があと今日含め4日……3日半くらいしかないので伝えたところでどこまで動けるかは……」
「流石に中国からの観光客や輸入品全てを制限するなんてことも出来ないだろうからな……」
国という単位で見た時の動きはいくら西山首相でも2、3日でどうこうできるようなものではない。
それに今から制限をかけたところで、既に日本やアメリカ――諸外国のどこにそれが配置されているかもしれないのだ。
「悠真くん」
「……なんです?」
未菜さんがいつになく真剣な表情で俺を見ている。
いや、睨んでいると言っても良いくらいの眼光だ。
「私は反対だぞ」
「…………」
未菜さんにはまだ何も伝えていない。
ルルの言葉で気付きを得た後、俺が即座に思いついた策のことを。
そしてハッとした表情を柳枝さんが浮かべる。
「……まさか皆城くん。君は……」
柳枝さんも気付いたようだ。
未菜さんは俺への理解度で。
柳枝さんは状況証拠から辿り着いたのだろう。
「はい。俺は日本国民を――いや、この世界の住人であることをやめるつもりです」
単純な話。
これを解決するには、中国という国を本気で脅しに行くのが一番手っ取り早い。
意図的にしろそうでないにしろ、確実に何かは知っているのだから。
だが、中国は大国だ。
ダンジョンが生まれてから昔ほど日本やアメリカとの関係が悪いわけではないという話はよく聞くがそれでも日本人が中国政府を脅すなんてことがあれば決定的に仲は拗れるに決まっている。
なので強硬策に出ることにしたのだ。
動くのは俺一人。
出来る限りの変装をして、圧倒的な力で脅しにかかる。
「今すぐにこの世界からいなくなるわけじゃないです。もしバレたら、の話ですよ」
もしそうでなければ綾乃や天鳥さん、知佳が納得するわけもない。
「そしてバレる可能性も低い。シエルに変装魔法をかけてもらうので、この世界の人間にはほぼ100%看破されません」
それを聞いた未菜さんが半ば諦めているような表情で言う。
「……別に君でなくとも良いのではないか?」
「俺じゃなきゃ駄目なんです」
大人数で動くのはセイランたちに事前に動きを察知される恐れがある。
スノウたちは俺が離れている時は本領を発揮できない。
シエルはこの世界の事情に詳しくない。
そして俺ならば、知佳……は駄目にしても天鳥さん、綾乃やウェンディから念話で助言をもらいながら動ける上に、なにより――
「俺はこれでも結構強いんです。何があっても平気です」
これが他の面子に任せられない理由だ。
俺が動くのが一番合理的であるという紛れもない事実。
アスカロンがこの世界の人間ならアスカロンが適任だったかもしれない。
あるいはシエルでも。
だが、そうじゃなかったというだけだ。
何があっても。
そう。
例えば、セイランたちがなんらかの策を施していたとしても。
俺ならばパワープレイで突破できる。
「なので今回は中国がそういう動きをしている、ということと……万が一があった時にすぐ俺を日本から追放できるように手配しておいてほしいと伝えに来たんです」
「皆城くん、それは……」
「断る!!」
バキャッ!! と物凄い音が鳴って机が砕け散った。
柳枝さんが何かを言おうとしたのを遮って未菜さんがバシンッ、と強く机を叩いたのだ。
未菜さんは見た目こそ華奢だが、魔力量の都合上数百kgはある刀をぶんぶん振り回せるほどのパワーがあるわけで、そんな人が机を叩けば当然砕け散る。
「その条件を呑むのなら私も同行させろ。スノウさんたち程は目立たないし、<気配遮断>もある。君に同行しても足を引っ張らない程度の戦力にもなるという自負がある」
「……そんな訳にもいかないでしょう」
「それは私の身を案じてか?」
「……当然です」
「だったらそれと逆のことを自分にも言われるとは考えなかったのか?」
「それは……」
考えなかったわけがない。
「…………もし君が失敗して日本から出ていくようなことがあれば、私もそれに着いていくぞ。どうせ君の周りにいる人たちも同じことを言っているんだろう」
その通りだ。
柳枝さんの方をちらりと見るが、軽く肩をすくめられてしまった。
どうやら止めるつもりはないらしい。
「わかりました。もし失敗したら皆で異世界に逃げましょう。日本とは関係ない一個人として」
日本人が中国を脅したのではなく、既に国外追放されたクレイジーな奴が勝手にやったことであれば面目も立つというわけだ。
「先に言っておくが、私は君と一緒に行きたい場所がたくさんあるんだぞ」
「わかってます」
「日本だけじゃない、世界中にだ」
「わかってますよ。だから必ず成功させます」
「ということで、柳枝。必ず成功させるらしいから悠真くんの日本脱出の手配はしないでいいらしいぞ」
急にボールを投げられた柳枝さんは少し目を丸くしつつも、ふっと笑った。
「言われずともそうするつもりだ。世界の為に動く若者を日本から追放することなんて出来ないからな」
「柳枝さん……」
やばい、ちょっと泣きそうだ。
「おい、なんで私の言葉よりも柳枝の言葉に感動してるんだ。おかしいだろう!」
「おわっ!? べ、別にそういうわけじゃないんですって!」
身を乗り出してきた未菜さんにがしっとヘッドロックされる。
もちろん力の差的に抵抗できないわけもないし、未菜さんらしからぬ行動ではある。
だが、俺はされるがままにしていた。
頭に柔らかいものが当たって幸せな気持ちになれるというのもあるが――
掴みかかってくる直前の未菜さんの目が真っ赤になっていたのに気づいていたからな。
----------------------
作者です。
連載を再開して間もないですが、日々の応援本当にありがとうございます。
一昨日更新がなかった分、昨日2話連続更新しております。
Twitterでその日の更新状況や翌日の状況を呟いたりしておりますので、気になる方はぜひ見に来ていただけると幸いです。
コミカライズの情報も発信しています。
これからもよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます