第402話:<記憶>の在り処
1.
この空間の平均年齢って幾つなんだろう。
そんなことを考えながら、俺は目の前に広がる光景を改めて整理する。
シエル、エストール、そしてアスカロン。
俺の長寿な知り合いを集めましたみたいな面子だ。
というか事実そうなのだが。
亀の甲より年の功。
わからないことは年長者に聞くのが一番なのである。
ちなみに今日は知佳との禁欲生活2日目――即ちミンシヤの両親の呪いが解かれた翌日だ。
シエルは一連の騒動後の各国の橋渡しだったりに追われているし、エストールはジョアンと共に世直し(?)に忙しいし、アスカロンは言わずもがな大抵何かしている。
この三人は長寿であるのと同時に忙しさもトップレベルな三人なのだが、急遽集まってもらったのには当然訳がある。
「まずシエル、呪い返しの事例で何かわかることとかないか?」
「なんとも言えん、というところが正解じゃの。呪い返しが起きて術者本人が死んでしまうようなことは何度か見てきたものじゃが今回はその術者がそもそも既におらんのじゃからな」
シエルが相変わらず見た目のロリ感に合わない老獪な喋り方で答える。
しかし、術者本人が既にいない。
最大のネックはそこなんだよな。
虚無僧は既に俺が倒しちゃってる。
本人がいない場合、どこに呪いは還るのだろうか。
「そもそもそこまで強力な呪いの解呪例はほとんどないからね。悠真の話を聞く限り、その呪いは解呪されることが前提だったんだろう?」
アスカロンの確認に俺は頷く。
まあ俺がそう思ったというよりはエストールなのだが。
で、そのエストールが……
「昨晩調べてみたところ、呪い返しで起きた事象に興味深いものがあった」
と切り出してシエルが反応した。
「ほう、興味深いものとな」
「とある若い娘に嫉妬した老婆がその娘に永遠の眠りを与えるという呪いをかけたのだが、その呪いをかけた後しばらくして老衰で逝った。そしてその数年後、通りがかった高名な呪術師によって呪いが解かれたというものだ」
白雪姫の導入っぽさがあるが、王子様が登場しないのとキスで目覚めたっていう下りがないあたりがちょっと違うな。
そういえば白雪姫、王子のキスじゃなくて背中を叩かれて毒りんごを吐き出して生き返ったというのが本当の筋書きらしい。
なんかの本で読んだ気がする。
「解かれた呪いはどこへ還ったんじゃ」
「その老婆の墓がある地域で大きな地震が起き、墓が荒れた」
「……あくまでも本人に還るわけじゃな」
「となると、この場合の本人ってのはなんだ? 死体は残らなかったぞ? ……魔石か?」
死体は残らなかったが、魔石は残った。
それを思い出して言うと、しかしアスカロンが首を横に振るう。
「魔石に記憶は残らないんだ」
「記憶……」
どこかで聞いたな、と思案しかけてすぐに思い出した。
剣の記憶。
アスカロンから受け取った剣の記憶を辿って、俺たちは綾乃の魔法で過去へ行ったんだ。
「呪い返しは、呪いをかけた人間の<記憶>を辿るってことか?」
「呪いに限らず、過去や未来に作用する魔法は全てそうなる。本来は最も強い記憶を持っている自身の体が起点になることが多いが」
どうやら共通認識だったようでエストールの言葉にアスカロンもシエルも頷いていた。
なるほど、賢い奴が三人もいると話が早くていいな。
むしろ俺がいなければもっとスムーズな気さえする。
「つまり、<記憶>の残滓がある道具か何かがあればそこを起点に事は起きるわけじゃな」
「その虚無僧が残した何かはないのかい?」
「いや……」
奴の最期を思い返す。
魔導砲で完全に跡形もなく吹き飛ばしているからな。
確認するまでもなく何も残っていないだろう。
「少なくとも俺が何か奴の残骸を用意したりはできないな」
「となると、呪い返しを利用しようとしていること前提に考えれば……中国という国に己の<記憶>の起点となり得るものを預けている可能性がある」
エストールが半ば確信めいた風にそう言い放つ。
……おお。
三人寄れば文殊の知恵と言うが、卓越した知識量の三人が集まるとここまで辿り着くことができるのか。
「鈴鈴という娘が特異なスキルを持っていると言っていたね。その子が隠密行動しながら、その起点を探し当てることができればそれが一番手っ取り早い」
「できなかったら?」
「戦争じゃろ」
シエルはすっぱり言った。
アスカロンもエストールも特に反論はしない。
「戦争って……」
「必ずしも武力を伴うかはわからんがの。話し合いもまた戦争の一つの形じゃ」
……なるほど。
今のはシエルにフォローを入れられた形だな。
「で、エストール。老婆の墓が地震で潰れたのは呪いが解かれてからどれくらい後なんだ?」
「5日後だ」
2.
『例の虚無僧と関係ありそうなモノを4日以内に見つけろ……アルか』
「ああ。できる限り早くだ」
『善処はするネ。あーあ、当局に忍び込んでこそこそスパイみたいなことするなんて、もし捕まったらどうなるかわからないヨ』
「もし中国にいられないようになったら日本で住めるように手配してやるよ。心配すんな」
『言質取ったネ。養ってもらうアル~』
「おい、養うとは言ってな……切りやがった」
……まあいいか。
もしモノを見つけられればそれこそ一生を遊んでも使い切れないような額の報酬が出たっておかしくない程の働きなのだから。
「よし。そういうわけで綾乃、知恵を貸してくれ」
「別にいいんですけど、こういうのって普段知佳ちゃんの役目じゃないですか……?」
栗色のボブで小動物みたいな綾乃に頼むと、小首を傾げられた。
ひまわりの種を持って首を傾げているハムスターを連想しつつ、
「事情は話したろ。物理的に離しとくのが一番だって」
いやさすがに俺だって知佳の命がかかっているのだから我慢はできるが、それでも目の前にあんな可愛い生物がいたら辛いもんは辛い。
なので知佳は未だ別働隊だ。
「おい、ニャんであたしには頼まないのニャ」
憮然とした態度の猫が口を挟んできた。
知佳の護衛だったり余所事があったりで他の面子は出払っているせいで誰にも構ってもらえず、リビングで話し合いを始めた俺たちにちょっかいをかけに来たのだろう。
「だってお前異世界人だし、ルルだし」
「異世界人差別ニャ!」
「後々洒落にならなさそうなことを言い出すな。お前に相談しない理由は異世界人だという理由よりもルルだからという方が大きい」
「ニャにおう!?」
荒ぶる鷹のポーズみたいな格好で威嚇してくる猫を放っておいて、俺たちは今後の方針を軽く決める。
本格的に決めるのは俺と知佳の禁欲期間が解けた後、賢い組(知佳、綾乃、天鳥さん、ウェンディなど)を交えてするのでここで決めるのはなんとなく枠組みだ。
「そういえば、ウェンディさんが当局に圧をかけるとか言ってましたよね? それってどうなったんでしょう?」
「あの後ウェンディとスノウが二人で行っちまったからなあ。どんな感じになったかは正直知らないけど、ウェンディもいたことだしそんな大事にはなってないはず」
「逆に言えば、だからこそそれで止まらない可能性もあるわけですよね」
「そうなるな」
スノウ一人で行けば徹底的に脅しをかけていたかもしれないが、現状、中国との関係が悪くなりすぎないようにしている段階ではある。
それに呪い返しの件が煮詰まる前の話でもあるしな。
「まずは探りを入れる必要があると思うんです」
「探り?」
「はい」
綾乃が頷く。
胸が揺れる。
俺の視線も縦に揺れる。
「中国は呪い返しで災害が起きる可能性があることを知っているのかどうか、ですね」
「……なるほど」
確かに知らないのだとすれば中国を責めることはできない。
いや、繋がりがある時点で責められる謂れはあるとは言え、だ。
「他にも脅されている可能性だってあります」
「アメリカはそうだったもんな」
むしろアメリカがそうだったのだから中国もそうなのかもしれないと考える方が自然かもしれない。
だからと言ってやはりお咎めなしになるようなことではないが。
……日本もそういう状況になったりしてないかな? と一瞬思ったが、西山首相のあの性格を考えればありえないか。
首相を通り越して官僚格にアクセスされていたらなんとも言えないが……
「いずれにせよ<記憶>を探し出す、あるいは差し出させるのが一番なんだよなあ。鈴鈴が見つけてくれりゃいいんだけど……」
「そうですねえ」
そこで話を聞いていたルルがつまらなさそうに伸びをしながら言った。
「ていうか、そもそも5日後に爆発するとわかってる爆弾を自国に置いとくバカがいるもんかニャ? あたしだったら嫌いニャ奴の家にこっそり置いとくニャ」
「……」
俺と綾乃は黙って顔を見合わせる。
……もしそうだとしたらセイランたちがどうこう以前に、世界大戦が起きかねないぞ。
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