第401話:呪いの仕掛け
「助かったよ、エストール。まさかこれだけあっさり行くとは思わなかったけどな」
「…………」
ミンシヤにはミンリンが入院している病院まで飛べる転移石と俺たちの元まで飛べる転移石を渡し、俺たちは事の顛末を鈴鈴に報告しようとホテルへ戻ってきていた。
俺がエストールを労うと、当のエストールはどこか腑に落ちないような表情を浮かべている。
何かあるのだろうか。
「どうした?」
「あの呪い、呪いとしては強力だったが仕組みが簡単すぎる」
「……それはお前がその分優秀だって話じゃなくてか?」
「いいや、そうではない。確かに私は優秀だが……仕掛けがなにもないのだ」
仕掛け?
何のことを言っているのだろう。
「解呪が簡単すぎた」
「それがどうしたんだよ」
「呪いとは本来、解呪されないように作られる」
そりゃそうだ。
何を当たり前のことを、という顔をするとエストールは続ける。
表情は真剣そのものだ。
「強力な魔力で強力な効果を持っていた割に、解呪されることへの頓着が薄すぎるのだ」
「……呪ったやつが呪いにあまり詳しくなかったとか?」
「解呪された時の呪い返しを考慮しない者などいないとは思うが……」
呪い返し?
よく聞く言葉ではあるが詳しくは知らないな。
「呪いは解呪された時、呪った者へと還る。その呪いそのものの強さより遥かに強力な呪いとなってな」
……つまり。
呪いは解除されることによって、より強力な反動が自身へと来ることになる。
そうなれば普通は簡単に解呪されないような細工をしたりするものなのだろう。
エストールが腑に落ちていない部分はそこか。
「てことは二択ね。呪いをかけた奴がアホだったか、呪いを解かれることを前提に何か別の仕込みをしていたか、のどっちかでしょ」
話を聞いていたスノウが難しい顔で言う。
二択とは言ったが、流石に一方は楽観的すぎるだろう。
ミンシヤの両親にかかっていた呪いは、ミンシヤやミンリンを殺害することを目的としていた――
と、俺は勝手に思っていた。
だが、実際のところ急に化け物が目の前に現れたとして人々はその化け物を倒そうとするだろうか。
恐らく答えはノーだ。
俺たちのような戦う力のある人間ならばともかく、一般人がそんな状況にでくわせば普通逃げる。
あの虚無僧だってそれくらいはわかっていたはずだ。
だとしたら。
やはりあの呪いは、呪いそのものに意味があるのでなく……
「ミンシヤさんに伝えますか? マスター」
ウェンディの提案に少し考える。
「……伝えよう。折角の両親との再会ではあるけど、もし何かあるんだとしたら危険が迫ってるかもしれない」
「いや、それはない」
俺の言葉をエストールが否定する。
しかも断言だ。
「呪い返しで何かしようとしていたとしても、呪いをかけていた対象にそこから何かをするということはできない。この場合、ミンシヤやミンリンという娘にも。これは断固たる『理』なのだ」
つまりミンリンやミンシヤ、そしてその両親に危険が迫ることはないということか。
というか、もしそうじゃなかったらあの場でエストールが俺に伝えてるか。
彼女たちに安息の時間を与えたいからここへ戻ってきてから言ったのだろう。
「……とりあえず鈴鈴には伝えとくか」
というわけですぐに鈴鈴を部屋へ呼び出し、ミンシヤの両親の呪いを解いたことを伝えると――
「……! ありがとネ! 本当に、ありがとネ!!」
と感極まった鈴鈴が俺に抱きついてきた。
む、胸が。
大きくも小さくもない胸が当たっている。
そして氷の視線が俺に突き刺さる。
……氷の精霊であるスノウはともかく、風の精霊であるはずのウェンディさんの視線もちょっと冷たすぎやしませんかね?
「け、けどだな、喜んでばかりもいられないぞ」
鈴鈴は日本語で礼を言い、頭を下げた。
鈴鈴はチャイナドレスに黒髪赤メッシュの中国娘。
こういう時でもキャラ付けを忘れないのは流石というべきか。
誠意は十分伝わるので何も問題はないが。
「これで鈴鈴の友達は助かったアル。けど問題は――」
「呪い返しを何かに利用している可能性が高い、ってとこだな。何か思い当たることはないか?」
「流石にわからないネ。でも、中国当局が関わってる可能性は高いと思うヨ」
……そういえば虚無僧との繋がりがあるって言ってたな。
ミンシヤたちに直接関わらず、呪い返しを利用して何か悪さをしようとしている、という点で言えば確かにその可能性は高いか。
だとしたら……
「……もう直接問い詰めるか? セイラン一派が何かしようとしてるってことは、世界の危機だ。そんな時に日本と中国の関係とか気にしてられるか?」
「気にしないわけにもいかないでしょ。中国の探索者や兵器は確実に戦力になるもの。一旦落ち着きなさい悠真。あんたらしくもない……わけではないけど、もう少しは頭使えるでしょ」
スノウに窘められる。
……そりゃそうだ。
どうもあの虚無僧が絡むと短絡的になるな。
良くない傾向だ。
「呪いをかけた術者が既に死亡しているのなら、呪い返しで何かをしようとしたとしてもすぐにどうこうなる問題ではないだろう。少なくとも、数日の猶予はある。私は自分の世界へ戻り、呪い返しによる事象のパターンを調べてみることとしよう」
「……なら、鈴鈴は当局の動きをしばらく見張っててくれ。転移石と俺の連絡先を渡しておく。何かあったらすぐに連絡か直接来るんだぞ」
「わかったヨ」
普段はおちゃらけている鈴鈴も真剣に頷く。
そして俺たちができることと言えば……
「若干の圧をかけておくくらいでしょうね。あまり大きく動けば、『敵』が勘付く可能性もありますし」
ウェンディの言う通り、本当に若干圧をかけておくくらいだな。
あまり敵対的にもなれないし、かと言って友好的になるのは以ての外。
呪い返しの件はまだわからないにしても虚無僧と繋がっていたのは確実なのだから。
「アスカロンにも一応何か呪い返しの件で知ってることがないか聞いておくか」
呪いそのものはかけたり解呪したりはできなくとも、そういう事例があるってことくらいは知ってるかもしれないしな。
なにせ8千年近く生きているのだ。何かしら記憶にヒットしてもおかしくはない。
……というか女神様よ、こんなことがあるんだったら直近のアドバイスも欲しかったぜ。
あるいはどう転んでも女神の預言にあった7ヶ月後ほどの事にはならないと見るべきなのか。
もう一回くらい助言を賜れないかぬいちゃんに相談してみようかな……
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