第400話:解呪
1.
知佳との禁欲生活2日目。
まずは一つずつやるべきことを潰していこうということで、目の前にある課題からこなしていくことにした。
宿泊しているホテルの俺の部屋にいるのは俺を含めて3人。
「エストールだ。よろしく頼む」
「こ、こちらこそ。
金髪イケメンダークエルフのエストールと、これから両親に会うのでスキルを使って男装しているミンシヤが俺の前で挨拶を交わす。
ミンシヤはちょっと気圧されてるな。
エストールはダークエルフの王。
俺やシエルには劣るとは言え、あの世界で見てもトップクラスの実力を持っている。
当然、ミンシヤよりも上だ。
そして俺は魔力をある程度隠しているが、エストールは特にそれをしていない。
なので真正面に立って感じる圧はエストールからのそれの方が上なのだろう。
「エストール、ちょっと魔力を抑えれるか? この世界じゃ目立つんだ」
「そうなのか? 承知した」
すっとエストールから感じる魔力が全くなくなる。
流石は狩猟民族。
魔力を断つことくらいはお手の物か。
名前の自己紹介が終わったところで、もう少し詳しく説明する。
「こいつは異世界のダークエルフの王。呪いに精通してるから来てもらった」
「異世界のダークエルフの王様……」
ミンシヤはポカンとしているが。
リーゼさんとの対談だったりは既に全世界へ公開されており異世界の存在自体は実在するものとして知っているはずなので、王様というところに特に驚いているのかな。
「これでご両親の呪いも解くことができる……とは断言できないけど、何かしらの進展はあるはずだ。な、エストール」
「期待には応えよう」
生真面目にイケメン顔で頷くエストール。
過剰な期待に何かしらのツッコミが入るかと思ったが、流石はジョアンの息子。
律儀というかお硬いというか。
ミンシヤの妹であるミンリンは昨日の時点で既に目を覚ましてはいるが、一応大事を取って入院中だ。
エリクシードも食べさせたし、今後何かがあるということはないだろう。
一応神獣であるぬいちゃんもついてるしな。
「さて。そういうわけで早速だけど向かうぞ。善は急げってやつだ」
俺はミンシヤとエストールの手をそれぞれ握る。
そして。
転移石を発動させるのだった。
2.
「やっと来たわね。遅いわよ」
「遅いっても、予定時間通りだろ?」
転移石で待っていたのはウェンディとスノウ。
ウェンディの風で、ミンシヤの両親の元へと先に向かっていてもらったのだ。
それにスノウもついていった形になる。
スノウはウェンディに頭が上がらない様子ではあるんだが、仲はかなり良いからな。
ちょっと嫉妬しちゃうくらいには。
スノウとウェンディ、どっちに嫉妬してるかはわかんないしどっちにもする必要はないのだが。
転移した先はちょっとした住宅街のような感じになっている。
目立たないような裏路地ではあるが、もう視界にミンシヤの両親が住んでいる家があるくらいだ。
「悪いなウェンディ、こういう時に移動役になってもらって」
「問題ありません、マスター」
「いつも助かってるよ。ありがとう」
そう言うとウェンディはちょっと頬を染めて頷く。
うむ、可愛い。
「……」
そうするとスノウが若干嫉妬でむくれるのもまた可愛い。
「さて、ここからどうするかだな」
「どちらもご在宅であることは確認してあります」
ウェンディがすかさず言う。
なるほど、ご在宅か。
ならシンプルに突撃隣の晩ごはん(朝だが)するのも一つの手ではあるな。
実は本当に急に決まったことなのでミンシヤの両親にアポを取っていないのだ。
というか、娘が存在しないと思い込んでいる二人に娘さんのこと思い出させてあげるんで時間くれません? とも言いづらいし。
どうしたもんかな。
「何かを待っているのか?」
エストールが怪訝そうに言う。
「別に何を待ってるわけでもないけど、どうやってアプローチするかなって」
「普通に声をかけるのでは駄目なのか?」
「怪しすぎるからなあ」
遠目で見て確認できるような状態だったら良かったのだが、どちらも出かけずに家にいるとなればそれもできない。
やはり突撃隣の晩ごはんするしかないのだろうか。
それとも外出を待つか……
いや。
ミンシヤの気持ちを考えれば、こんなの早く解決すればするほど良いに決まっている。
「ウェンディとスノウはここで待っててくれ。俺とエストールで突撃してくる」
「なんでよ。あたしも行くわよ?」
「お前らは美人すぎるから駄目だ」
「……そういうことなら待っといてあげるわ」
やはりちょろい。
ちょろいよスノウさん。
まあ今言ったことに嘘はない。
実際、スノウもウェンディも美人すぎる。
認識阻害の魔法を入れていても人目を引くレベルだ。
ただでさえ金髪褐色イケメンのエストールがいるのだから、そこに美女二人と普通な俺というフォーマンセルが行けば一瞬で警戒されるだろう。
「あ……俺中国語わかんないや」
「私が喋れば問題ないだろう。こちらの世界のどの言語も同じに聞こえるからな」
エストールがすかさず提案してきた。
「あ、そっか」
逆に俺は異世界の言語は基本どの国の言葉であっても聞き取れる。
この辺の仕組みがどうなっているのかは謎である。
話が脱線してしまった。
スノウとウェンディを残していくのはもうひとつ。
ミンシヤの精神状態が心配だからだ。
こっちへ転移してきてから、一言も喋っていない彼女は見るからに不安定に見える。
両親に化け物と罵られた際に負った心的外傷はそう簡単に消えないということだろう。
人とのコミュニケーションで負った傷は人とのコミュニケーションでしか癒せないと聞いたことがある。
親から負った傷は、親にしか癒せない――というか、癒せる傷であってほしいと願うしかないが。
娘の存在を思い出せばきっと解決する。
そう信じたい。
「ミンシヤさん」
俺の意図を汲み取ったのか、ウェンディがミンシヤの肩に優しく手を触れる。
「は、はい」
「大丈夫です。マスターにお任せしましょう」
「……はい」
「そうよ。悠真はなんだかんだやると言ったらやる男なんだから」
……さっき俺がエストールに対してやったことでもあるが、過剰な期待だな、ほんと。
いや、本人は過剰だとすら思っていないのだろう。
ウェンディやスノウはなんだかんだ俺に全幅の信頼を置いてくれている。
それは逆もまた然り、なのだが。
こんな時に知佳がいてくれれば良い知恵も思い浮かぶんだろうなあとちょっと思ったが、近くにいるとどうしてもしたくなってしまうタイミングが訪れるので物理的に隔離しているのだ。
綾乃と共に先に日本へ帰ってもらい、未菜さんと柳枝さん経由で例の7ヶ月後の話を先に通しておいてもらう。
別行動である。
「さて、エストール。相手は一般人だからな」
「心配せずとも私は貴殿に恩を返しに来たのだ」
「別に恩返しとかはいいんだって」
裏路地から出て、俺も若干緊張しながらミンシヤの両親の家の前に立つ。
そしてチャイムを押すと、インターホン越しではなく扉越しに声が聞こえた。
ぱたぱたと足音が聞こえ、しばらくして扉が開く。
ミンシヤの母親――だろうか。
どことなく面影のある黒髪の40代くらいの女性が俺とエストールを見てぽかんとしていた。
「旦那様はいらっしゃいますか?」
エストール!
お前敬語とか使えたの!?
と一瞬驚いたがそういえばジョアンに対して敬語だったわ。
お母さんと思われる女性はそれを聞いて少し考えるようにしたものの、背後を向いて何事かを叫んだ。
多分お父さんを呼んだのかな?
などと考えているうちに、少し小太りだが男性化している時のミンシヤの面影のある人が出てきた。
こちらも恐らく40代後半から50代前半程度。
「……✕✕✕?」
恐らく誰だ? というようなニュアンスの言葉だろう。
俺たちを見て眉を顰める男性と、その隣の女性に向かって――
エストールは無造作に両手を突き出した。
そして、バキィンッ!! と金属質なものが激しく砕けた時のようなけたたましい音が鳴り響いた。
「解呪したぞ。強力な呪いではあったが、私にかかれば造作もない」
「え……今の一瞬で?」
二人はぽかんとしていたが――
「細かい説明は後で良いだろう。まずは――」
「もう呼んだよ」
二人の目が俺たちの背後を捉える。
解呪が成功したと言われた時には既にスノウとウェンディへ念話を飛ばしていた。
そして、半ばスノウが押し出すような形で裏路地からミンシヤをこちらから見える位置へ移動させていたのだ。
「明霞!! 明霞!?」
両親が靴も履かないで外へ飛び出すのと、ミンシヤがその場で顔を覆って崩れ落ちるのとがほとんど同時だった。
「俺たちは退散だな」
ここに居続けるのも無粋というものだろう。
また落ち着いたタイミングで細かい説明はすれば良いのだから。
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