第399話:3日間と7ヶ月後

1.



「俺と知佳に関すること……?」


 女神はこくりと頷く。

 

「はい。端的に申しますと、今から3日以内に永見知佳さんが命を落としてしまう分岐点があります」

「は!?」


 焦って立ち上がった俺の膝がテーブルに当たり、ガチャンと食器が音を立てる。

 3日以内!?

 

「い、いつ、どこで!?」

「落ち着いてください。分岐点が発生するのが3日以内というだけであって、それを回避すれば彼女の死は免れますし、今すぐに命に危険が迫っているわけでもないのです。分岐を回避できなかったとしても、事が起きるのは7ヶ月後なので」

「落ち着けったって……3日以内に分岐が起きて7ヶ月後? 意味がわからない」

「端的に言います。今から3日以内に永見知佳さんが子を宿し、7ヶ月後に身重の彼女とお腹の子が命を落とすのです」

「は……?」


 知佳が妊娠?

 7ヶ月後にお腹の子と一緒に命を落とす?


「そ、それを回避するにはどうすれば……」

「簡単なことです。この3日間、彼女と性交渉を行わないでください。それだけで7ヶ月後の悲劇は回避できます。ご心配は無用です。このタイミングで宿すはずだった子は、いずれ必ず貴方がたの元を訪れますから」

「それだけでいいのか……?」

「……不思議な方」


 全身の力が抜ける俺に女神は微笑みかける。


「先程までは警戒心を持っていたのに、今では全く消えている。ご自身が今この場でどうにかなるよりも愛する人間の安否を気遣っているのですね」

「……好きな相手がいる奴はみんなそうだよ」


 もちろん、可能性を考えればキリはない。

 こうして俺に恩を売っておくことで何かしらの利点があるのかもしれない。

 だがぬいちゃんの紹介で会っている以上、この女神が偽物だとは思えないしスノウたちに似ているのも偶然ではないだろう。

 それに、俺もそれなりに修羅場を潜ってきた。

 その人が――神だけど――善人かどうかくらい、なんとなくわかるようになったつもりだ。

 

「……知佳は何故命を落とすことになるんだ?」

「7ヶ月後に襲撃があるからです。WSR上位の方々が攫われたあの事件を覚えていますか?」

「もちろん」


 忘れるはずもない。

 100名以上の行方不明者に300人以上の死者が出た未曾有の大事件だ。

 幸い、俺の身内からは誰も犠牲者は出なかったが忘れて良いものでは決してない。


「あれと似たようなことが起きるのです。狙われるのはその時点で悠真さんの世界で魔力の多い上から10人」

「つまり知佳は狙われた俺の巻き添えになって……?」

「いいえ。狙われたのは貴方自身もですが――もう一人。彼女と貴方の子も狙われていたのです」

「……!」


 つまり妊娠7ヶ月の時点で魔力量がトップ10に入っていたということか。

 どうなるのかは気になっていたのだが、やっぱり俺の子供も魔力量は多く生まれるんだな……


「でもなんで神様が知佳の命を助けてくれるんだ」

「それはもし彼女が死んでしまった時、悠真さんご自身がどのような精神状態になるのかを考えれば自ずと答えはわかるはずです」


 ……なるほど。

 知佳の命を救うことがそのまま世界を救うことに繋がるというわけだ。

 7ヶ月後というと年末年始あたりだろうか。

 知佳と俺の子がいないということを考えても、WSRで10位以内に入っている面子をその時期くらいに全員一処に集めておけば対処も容易になる。


「…………」


 そんなことを考えていると、女神はふと遠くを見つめるような目をした。

 

「残された時間も僅かなようです」

「……まだ聞きたいことは色々あるんだけど」

「すみません」


 寂しそうに女神は笑みを浮かべる。


「私としても、もっとこうしていられたらとは思うのですが」


 ……どうやら望む望まないに関わらずそういうものらしい。


「悠真さん、最後に一つお願いをして良いでしょうか?」

「叶えられることであれば」

「目を閉じてもらえます?」

「……別にいいけど」


 何をするつもりなのだろうか。

 この間に不意打ちとか……は流石にないだろう。

 神様だし。


 ――ふ、と。

 顔の近辺に何かを感じた。


「もう良いですよ」


 すぐ近くで聞こえたその声に俺がぱっと目を開くと、ほんの30cmくらい離れたところで恥ずかしそうにはにかんでいる女神の顔が視界に入った。

 

「この体のままではやはり触れることはできないみたいですが――」


 細い小指を己の唇に当てる。


「存外、悪いものではないのですね」



 そうして。

 俺は目が覚めた。



2.



「あ、起きた」

「おわっ!?」


 目を開いたら目の前に知佳の澄ました顔があった。

 目を覚ましたというか、意識が戻ったとでも言うのだろうか。

 

「な、なんで俺の部屋にお前がいるんだよ」

「普通に構ってほしくて抜け駆けして来ただけだけど」


 当然かのように言い放つ知佳。


「構ってほしくてってお前……」


 ちくしょう、やっぱり可愛いな。

 

「どうだったの、女神様。美人だった?」

「ぬいちゃんから聞いたのか」


 ちらりと視線を外せば、テーブルの上に鎮座している神獣(笑)のぬいぐるみがいる。

 

「別に守秘義務はなかろう」


 憮然とした様子で言い放つぬいちゃん。


「そりゃそうだ。知佳、ちょうどいいから今から言うことをよく聞いてくれ」

「なに?」

「今日から3日間、俺はお前としない」

「……そういうプレイ?」


 知佳は首を傾げる。

 

「違うわ。実はだな……」


 女神から聞いた話を知佳へ伝える。

 全部伝えれば後は勝手に知佳側で整理してくれるので話し手としてはこの上なく楽だ。


「なるほど」


 知佳はふむ、と頷く。


「避妊用の魔法ってゴム使うよりも精度が高いって聞いてたけど、それでも妊娠しちゃうんだ」

「……そうらしい」

「頻度の問題なのか、濃さの問題なのか」

「そこまでは流石に聞いてないけどな……」

「とにかく、わかった。とりあえずこの3日間でしょ?」


 よし。

 とりあえずその件についてはなんとかなりそうだな。

 で、問題は7ヶ月後の襲撃についてだ。


「どうすべきだと思う?」

「そこからは私と悠真だけで決めることじゃないけど、悠真の言う通りどこか一箇所に集めておくのはありだと思う。そっちの方が戦力的にも戦略的にも抗いやすいし守りやすい」

「だよな。だとすると、管理局……というかまた柳枝さんに苦労かけることになるなあ」


 流石に俺に上位陣を動かす力はない。

 管理局――というか柳枝さん、引いては西山首相あたりに働きかけてもらうのが手っ取り早いだろう。

 ちょっとした会議を開く程度ならともかく、敵戦力に対抗するためにどこか一箇所に最高戦力たちを集めますなんてのはなかなか通りにくい話だからな。

 

「あ、でも」


 思い出したかのように知佳は言う。


「うん?」

「3日後以降は時間もらうから。たくさん」

「……そりゃもう好きなだけ」


 俺はそんなことを答えつつ、4日目で万が一避妊魔法を貫通してしまったら同じことになったりしないのだろうかと思いを馳せるのだった。

 まあ神様が3日間って言ってたから大丈夫なんだろうけど。

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