第398話:原初のダンジョン

「ダンジョンの……在り方」

 

 眼前に座る女神の言葉をゆっくりと反芻する。


「本来のダンジョンは全ての命を救うためのものでした。しかし現在のダンジョンは、セイランによって在り方が歪められて世界へ害を与えかねないものになっています」


 害を与えかねない。

 そう聞くと思い当たる節がなくもないが……


「……でも直接害を与えてくるのはセイランだろ? ダンジョンは別に……」

「貴方たちが滅びの塔と呼称しているあの塔は、先んじてダンジョンをその世界に出現させた上でしか機能しないんです」


 そういえばそんな話を聞いたような聞かなかったような……

 それが本来意図していなかったダンジョンの機能というわけか。


「でもそれって今更止めてもなんともならないんじゃ……」

「止めなければもっと悲惨なことになります。今の機能を持ったダンジョンが増えて行けば、ダンジョンそのものが滅びの塔と同じ機能を持つことになるのですから」

「……魔石が外でも採れるように?」

「モンスターがどこにでも湧くようになるんです。アスカロンさんの世界でそうだったように、あの塔も周りをさせることができるので」


 なるほど。

 確かにそれはまずい。

 まずすぎる。

 俺たちの世界ではまだまだ魔法が浸透していない。

 モンスターへの対抗手段が少ないのだ。

 

「悠真さん。貴方にとってダンジョンとは何ですか?」

「雑誌のインタビューみたいなことを聞くんだな」


 俺にとってのダンジョンが何か。

 そんなことは決まっている。


。多くの悲しみを生み出したのがダンジョンなら、多くの喜びを生み出したのもダンジョンだ。プラスの感情もマイナスの感情もどっちもあるから、何でもないって言うべきか。強いて言うなら単に10年前に現れた――本当の意味で色んなもんをもたらしてくれる謎の構造物ってくらいだな」


 とは言えさっきの話を聞いた後だと危険物でもあるのだが。


「貴方はダンジョンを恨んではいない、と?」


 やや意外そうに女神は俺に問いかけてくる。

 心を読めるんじゃないのかよ。


「それこそ10年前――いや、4年前に知佳と出会う前……あるいはスノウと出会う1年くらい前だったらまた違ったかもだけど。あ、言っとくけど俺がそうだったみたいにダンジョンの存在を恨んでる人間は山ほどいるぞ」


 ダンジョンで肉親を亡くした人。

 ダンジョンに職を奪われた人。

 そんなのは数え切れないほどいるだろう。


「もちろんわかっています。問題はどうか、なのです」

「俺が?」

「悠真さん。貴方が真の意味で世界を救う時……それはつまり、『原初のダンジョン』を攻略した時になります」

「……原初の?」


 また知らない言葉が出てきたな。


「12ある世界の中で、一番最初に出来たダンジョンです。それが本当のキーダンジョンでもあります」

「本当のキーダンジョンときたか。つまりアスカロンが見つけたっていうキーダンジョンは偽物なのか?」

「いいえ、偽物ではありません。各世界にあるキーダンジョンには、どこかに宝玉があります。その宝玉を用いることで願いを叶えることができるのです。ただしそのキーダンジョンを攻略した後に、ですが」

「……つまりアスカロンが言っていたことが正しいわけだ」


 そしてシエルたちの世界のキーダンジョンも確定したな。

 ほぼ間違いなく、<龍の巣>だろう。

 真意層の時点で結構強いモンスターがわんさかいるのに、その先にある扉の向こうではアスカロンですらどうにもならないような連中がいるわけだ。

 最初聞いた時にも思ったが、本当に攻略させる気あるのか?


「というか、各世界にあるキーダンジョン? と原初のキーダンジョンは何が違うんだ」

「原初のキーダンジョンは言わば――」


 女神は周りを見渡した。

 青空と広い草原。

 

にあるのです」

「……それはつまり、神様が住む世界ってことか?」

「はい。そしてこの世界にあるダンジョンに干渉する為には、12個の宝玉が必要になります。全てを揃え、そう願うのです」

「おいおい……」

 

 最初に龍の巣でなんでも願いを叶える宝玉の話を聞いた時に7つ集める例のボールを思い浮かべたが、実際はそれよりも更に多い12個必要だって?

 

「その上、12のキーダンジョンを攻略する必要があります」

「……アスカロンですら無理なんだぞ。何十年……いや何百年かかると思ってる。その間に俺は死んじまう」

「私はできると思います。貴方なら――貴方と、あの四人がいれば」

「スノウたちのことか……?」

「はい」


 女神はどこか確信を持って頷く。

 運命力がないとぬいちゃんに言われた俺と、神様に似ている四姉妹。

 中でも同じ白髪のスノウとは双子ほどではないがよく似ている。


「その理由までは、言えないのですが」

「そんなところだろうと思ったよ」


 俺の心の中を読める人のことだ。

 だが今の言い方で、なんとなく察したことはある。

 恐らくあの四姉妹は、神となんらかの関係があるのだ。


 めっちゃ遠い祖先とかそんなところだろうか。

 だとしたら神と人間との間に子供がいたということになるが……

 

「待てよ。そもそも問題はあの女――セイランだろ。あいつをとっちめてやれば、12個も宝玉だのキーダンジョンだのわちゃわちゃしなくて済むんじゃないのか?」

「そのセイランの『本体』が原初のダンジョンに潜んでいる可能性が高いのです」

「……そりゃまた……」


 面倒なことだ。

 しかも可能性が高い、と来たか。

 神様でも断言ができないとなると、面倒どころの騒ぎじゃないぞ。

 

「ていうか本体って……本体はどこかに隠れてるかもしれなくてシエルを圧倒できるのかよ」

「数千年の鍛錬を続けたアスカロンさんがあれだけの力を手に入れたように、彼女もまた更に長い年月の間力を蓄えているのです」

「納得できるような、したくないような……」


 アスカロンとあの女を一緒にしたくない。

 ……ていうか、待てよ?


「セイランって既に幾つかの世界を滅ぼしてるわけだよな」

「私の観測できる限りでは、既に5つの世界が犠牲になっています」


 5つ。

 12のうち5つか。

 嫌な話だな……

 スノウたちのような被害者が他にもいるというのは。


「並行世界での話を含めればもっとですが……」

「並行世界?」

「ありとあらゆる可能性の分岐点で、世界線は無数に増えて行くのです。それは私たち神の存在も例外ではなく――」

「あー待った待った。そういう難しい話を今聞くと重要どころを忘れる」

「そうですか……」


 話を遮られてちょっとしょんぼりする女神。

 顔はスノウと瓜二つなので、可愛いんだこれが。

 

「その滅んでる5つの世界にあるキーダンジョンはもうどうしようもないんじゃないか?」

「そこは問題ありません。5つの世界のキーダンジョンはセイランによって攻略済みかつ、宝玉も彼女が確保していますから。本体ではなく、貴方がたの世界で活動しているセイランが、です」

「……何のために?」

「それはわからないのですが……」


 本当に何故だ?

 キーダンジョンと宝玉の存在なんて、唯一の負け筋と言っても過言ではないようなものなのに。

 仮に分身(?)が倒されても本体さえ無事だったらそれで良いようなものではないのだろうか。

 何か思惑があるとしたらその思惑分も対策しなければいけないわけで厄介だ。


「残り7つのキーダンジョンのうち2つはわかってて、あと5つ……」


 俺たちの世界のキーダンジョンもどこかわかっていないのだから大変なことだらけだ。

 

「……結局何からどうすればいいんだ?」

でいいですよ」


 女神はにっこり笑いながら言った。

 ……そのまま?


「ご自分の世界を救うために奔走し、トールマンさんから聞いたお話の件を消化し、セイランたちへの対策を進める。それだけでいいんです」

「……じゃあこの場は何のために設けたんだよ」

「この後すぐに分岐点があるからです」

「分岐点?」

「はい。それもとても重要な分岐点が。落ち着いて聞いてください」


 女神は神妙な表情で続ける。


「貴方と、永見知佳さんに関することです」






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 お久しぶりです。

 作者です。

 ……本当にお久しぶりです。


 そして申し訳ありませんでした。

 本当に申し訳ありませんでした。

 

 まさかこんなにも間が空いてしまうとは思ってもおらず……

 忙しいやらなんやらで身体的にも精神的にも色々あってなかなか執筆できませんでした。

 更新が滞っている間になんとコミカライズ版では1巻だけでなく2巻まで出た上に1巻の重版も決まるという大事件(?)が起きているのですが、本編はまだまだ(本当にまだまだ)続きます。

 

 というわけで、大変長らくお待たせいたしました。

 これからもよろしくお願いいたします。

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