第396話:神

1.



「……神と謁見? そんなことができるのか?」

「条件は限られているが」


 ぬいちゃんは澄ました様子で俺の質問に答える。

 神に会える。

 存在だけちらちら主張しやがってきていたくせに、一向に俺の前に姿を現さなかった野郎だ。


「教えてくれ。聞きたいことが山程ある」

「まず、それに足るだけの実績があること。その点でお前はまず心配はないだろう。なにせ世界を2つ救っている」


 アスカロンの件も、シエルたちの世界の件もぬいちゃんには既に伝えてある。

 どちらも色んな手助けがあった結果なので俺が直接救ったとは言い難いが……まあ、俺がいなければ滅んでいただろうというのも事実だ。

 それくらいの功績は誇っていいだろう。


「他には?」

「無益な殺生をしたことがないということ。これもまあ……幼少期に虫を殺していただとか、その程度ならば問題ない」

「……ぶっちゃけ俺は何人か殺ってるぞ」

「無益かどうかは神の決めることだ。お前が気にしても仕方がない」


 なるほど。

 選考基準については公開しておりませんというやつだ。

 管理局もそうだった。

 まあ採点基準に筆記と実技だけでなく、魔力量というものがあったのがあれに関しては仕方がないのだが。

 もう少し計測器が高性能だったら俺はダンジョン管理局でなんとなく探索者をやっていたのかもしれない。


 最初にスノウとの出会いがなければここまでくることはなかっただろうしな。

 多分。


「それ以外にはないのか?」

「神を見ても精神が崩壊しない、強い自我を持っていること。これに関してお前は……問題ないだろう」

「強い自我ねえ……」


 よくわからない項目だ。

 神を見て精神が崩壊するというのもやっぱりよくわからない。

 ジョアンが平気だったのなら俺も平気だとは思うが……

 いやあいつはあいつで、かなりアイデンティティがしっかりしてそうな人間ではあるか。


 ちなみに海賊討伐の件だが、は略奪行為を行わないということで手を打った。

 ジョアンにもそう伝えたところ、あいつ自身も無駄に殺しをしたいわけではないので普通に頷いてくれた。


 リリアナもトールマンもそれなりに強いが、流石にジョアンには敵わない。

 スキルで多少勝敗が左右されることがあったとしても、決定打にはならないだろう。

 

 もしジョアンが無理にでも戦闘すると言い出すのなら、最悪俺があいつと戦うことになっていたかもしれない。

 あの世界の冒険者ギルドが、異世界人と繋がっているということはほぼ確定として――


 セイランたちが関係しているのかどうかをまず見極めないといけないからな。


「で、その審査はいつしてくれるんだ? 今か?」

「…………」


 ぬいちゃんは俺――ではなく、どこか遠くを見るような目を一瞬する。

 そして。





2.



 丸い木のテーブルに木の椅子

 俺はその木の椅子に座っている。

 壁も床も天井も木材でできている。

 窓から見える景色は、青空と草原。

 

 そして。

 俺の向かい側に、白い髪の女が座っていた。

 恐ろしい程の美人だ。

 美人という言葉で言い表すことが烏滸がましいと感じてしまう程の。 


 誰かに似ている。

 すぐにそう思った。


 そして、それが誰なのかもすぐわかった。

 

「スノウ……?」


 俺の呟きを聞いた彼女はくすりと笑う。


「私と彼女は確かによく似ていますが、別人であることは貴方が一番理解しているのではないでしょうか」

「……え、ええ……」


 確かに、違う。

 スノウよりも柔和そうだ。

 

 ぱっと見ではスノウに似ているのだが、雰囲気はシトリーに近いというか。


「初めまして、皆城悠真さん。私はこの第6世界を見守る者です。そちらの認識では、神ということになりますね」


 ……あの姉妹は確かに女神級に美人だとは思っていたが、まさか本当に女神にそっくりだとは。

 母さんの件や親父の件、そしてミンシヤたちの件とこの世界の神にも色々と問い詰めたいことはあったし、一発くらい殴ってやろうとも思っていたが、スノウに似ているとなれば流石に気勢が削がれる。


 それを見越してわざと知り合いに似た姿で出てきたんだとすれば効果てきめんと言う他ないだろう。


「いいえ、神は己を偽ることができません。私は最初からこの姿だったのです」

「……当然のように心を読むのですね」

「改まる必要はありませんよ」


 にっこり笑って女神は言う。

 とは言っても相手は神だ。

 殴ってやろうと思っていようがいまいが……

 いや、どうせ心の中を読まれているのだから同じことか。


「……聞きたいことが山程ある」

「そうでしょうね」

「神ってのが実在するのに――なんで多くの悲劇を放っておくんだ。自然災害や戦争もそうだし、小さな規模の大きな悲しみは無数に存在してる」


 たとえば親を事故で亡くした人もいるだろう。

 その逆のパターンだってあるだろうし、ペットがそうなったかもしれない。


 女神は悲しそうな表情を浮かべる。


「私たちは、貴方たちへ直接干渉することを禁じられているのです。貴方のような多大な功績を残した人間と、このように限られた時間を共有する程度でも――大きな力を行使することになる」

「禁じてるのは誰なんだ。あんたらが一番えらいんじゃないのかよ」

「我々を生み出した……貴方の知っている言葉で言えば、『全ての父』です」

「つまりそいつに前言撤回させれば、平和な世界になるのか? ダンジョンに巻き込まれたり、魔王が世界を滅ぼそうとしたり、セイランみたいなトチ狂った奴が出てきたりしない世界に」

「……残念ながら、それは不可能です。『全ての父』とは既に貴方たちの観測できる存在ではありません。ですが……いつでもそこにいる」

「頓知クイズをしにきたわけじゃない」

「全ての父とは理そのものです。二次元から三次元への干渉ができないように、貴方たちからの干渉もできなければ――私からの干渉もできない。この距離にいるのに――」


 女神はすっとそのたおやかな手を俺の顔に伸ばしてくる。

 しかしその手が俺に触れることはなかった。


 まるで幽霊かなにかのように、すかっと通り過ぎる。


「――触れることさえできない」

「……てことはシエルたちの世界の神とあっても、俺はそいつを殴ることさえできないのか」

「不可能、でしょうね」

 

 女神は複雑そうな表情を浮かべた。

 ……神話はうろ覚えだが、別世界の神ってのは兄妹姉妹みたいなもんだったはず。

 自分の姉だか妹だか(ジョアンが言うには女神だったらしい)が殴られるかもと聞いて良い顔はしないだろう。

 

「ぬいちゃんはミンシヤの妹を助けてる。あんたの遣いなんだろ。それはいいのか」

「緊急事態でしたから。もしかしたら私は罰せられるかもしれませんが、世界が危機に陥るよりは……ずっと良い」

「……ミンリンが死ぬと世界が滅びるのか?」

「厳密には、一つでもほつれが生じれば。詳しいことは言えませんが、悠真さん。貴方は強い使命を持っている。そして、貴方の周りにいる人は誰も死なせてはならない。もちろん、貴方自身が死ぬことも絶対に避けてください」

「ぬいちゃんは俺に運命力はないと言っていたぞ」

「貴方は本来、スノウさんと初めて出会ったあのダンジョンのボスに殺されていたのです」


 衝撃の事実――ってわけでもないか。

 実際、かなりの幸運に救われている。

 スノウがいなければ間違いなく死んでいただろうし。

 

 今の俺があのときに戻れば俺単体でもなんとかできただろう。

 しょせんはボスの中でも弱い部類だ。

 だが、力の扱い方がわかっていない段階の俺なら余裕で死ぬ。

 

 しょせんはボス。

 そうは言っても、俺の周りが異常なだけで普通はそのボス相手に何人もの精鋭が命を賭して挑むのだ。


「本来の運命……貴方はスノウさんを見捨て、出口へ走っていたのです。しかし出口の直前で思いとどまり、戻ってしまう。その時には既にスノウさんは死んでいて、貴方も殺されていたのです」


 ……つまり戻るのが少しでも遅れてたらスノウも俺も死んでたってことか?

 

「……なんでその運命がねじまがったんだ」

「そもそもの話、運命は確定したものではありませんがそう簡単には変わらないのです……

「スノウか?」

「一つの大きな要因ではあります。しかし、もっと大きなものが。貴方が幼いときと、大学へ入ったときに一度ずつ」


 それでピンと来た。


 スノウが俺の運命を変えたのなら、彼女だって俺の運命を変えていなければおかしい。


「……知佳か」



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作者です。

ここ最近少し忙しく、2日に1回ペースの更新になると思います。

7月中には解決しますのでまたいずれ元の1日1更新になると思います。

それまでは申し訳ありませんが、少しスローペースになった本作をお楽しみください。

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