第395話:勇者と勇者と勇者

「おお、本当に描ける。すげえな」

「何だそれは」


 空中に黒色の文字が浮かび上がる。

 俺がそれを見て驚いていると、ぬいちゃんが半目で訊ねてきた。


「異世界の魔道具だ。神獣とか言う割に知らないのかよ、ぬいちゃん」

「我はこの世界を担当している神の遣いだ。異世界のことなど知らぬ」

「……お前またさらっと重要な情報を……」

 

 中国のホテル。

 鈴鈴からの連絡はまだ来ていないので待機しているのだが、基本的には男女別部屋だ。

 まあ夜中にあれこれあることは当然あるのだが……


 ちなみにウェンディたちは既に日本へ帰っている。

 あんまり長居するのも法的にどうなのって話もあるしな。


 召喚で呼び出しているという都合上、どうしても密航……のような扱いになってしまう。

 もちろん中国当局の許可は得ているのだが(事後報告)。


 で。

 俺の部屋は基本的に俺一人……ではなくぬいちゃんがいる。

 ぬいちゃんに性別はない(らしい)ので、とりあえずこちらの部屋へって感じだな。


 そのタイミングで、異世界であったことを話しつつ色々聞くことにしたのだ。


「かくかくしかじかでだな」


 異世界であったことを一通り説明する。

 リリアナのこと、リリアナの親父さんのこと、トールマンから聞いた話。


 あれこれを話し尽くしたタイミングで、ぬいちゃんは「ふむ」と相槌を打った。


「で、我に何を聞きたいのだ」

「勇者という存在についてだな」

「そもそも何故その者は己を勇者だと知っていたのだ」

「異世界に転移した後、夢で神託を受けた……らしい」


 ぬいちゃんは「ふむ」と再び偉そうに相槌を打つ。

 いやまあ偉いは偉いのだろうけど。

 ぬいぐるみみたいなそのちっちゃい黒犬のナリでやられても違和感があるもんだ。


「その可能性はあり得るのか?」

「あり得るな」

「……勇者ってのは一体なんだ。ジョアンもなんか言ってたけど……」

「ふむ」


 ぬいちゃんは器用に後ろ足で立ち上がり、肉球のついた前脚をこちらに突き出す。

 そして丸く円を描くようなジェスチャーをした。

 こいつ、やってることはあざといんだよな。

 俺はその手のKAWAIIに関して特に関心がないのであれだが。


「ここに運命力の強い人間がいたとしよう。運命力の強い人間は簡単には死なない。そう話したのは覚えているか?」

「……ああ」

「そしてこちらに世界の脅威というものが存在するとしよう。これは存在するだけで周りに影響を及ぼし、滅びをもたらす……いわば負の運命を他者へ強制するものだ」

「…………負の運命」


 魔王が世界を滅ぼそうとしていたように、ということか。


「それに対抗できるのは、生まれついた強い運命力を持つ者だけである。しかし、その世界で発生した脅威には対処できない。影響を及ぼす範囲に差があるからだ」

「……じゃあどうする?」

「『世界を救う』という使命を神の権限によって運命力の強い者へ課した上で、召喚する。そうすれば影響を及ぼす範囲の差という絶対的な溝を埋めることができるのだ」


 ぬいちゃんが言ったことを、頭の中で噛み砕いて考えて。

 俺は一つの仮説に達した。

 

「……てことは、なんだ」

 

 自分でもぞっとするくらい、低く冷たい声が出る。


「神ってのは俺の敵か」

「…………落ち着け」

「落ち着いてられるか!! 俺の親父は――そのせいで勝手に召喚されて、10年も……!!」

「2つ。お前へ意見させろ」

「…………」

「1つ。神が異世界から召喚できるのは、強い運命力を持ちながら――死に瀕した者だけだ。仮にお前の父親が召喚されずにいたら、そこで死んでいたのは間違いない」

「…………」

「そしてもう1つ。お前の親父は、自分が勇者だという認識はないのだろう。ならば神に召喚されたという証拠はない」

「状況証拠が物語ってるだろ。結局、手前勝手な都合で――」

「仮にそうだとしたら」


 俺の言葉に被せるようにしてぬいちゃんが言う。


「お前の父親に世界を救え、という使命を与えることすら出来ないほどに――その世界の神は衰弱していたのかもしれない」

「…………」


 だったらどうした、という気持ちの方がやはり強いが。

 神の遣いだというぬいちゃんにこれ以上怒りをぶつけても仕方がないだろう。


 しかも言っていることからして、別の世界の神がやったことのようだし。

 とは言え……


 ジョアンになにかをさせようとした女神と、リリアナの父親をあの世界へ連れてきた神と、親父をあの世界へ連れていった神(暫定)は恐らく同一人物だ。……同一神物と言えばいいのか?

 

 ぬいちゃんにではなく、その神とやらに直に聞きたいことが幾つもあるな。

 ていうか一発殴らせろ。

 女神というからには女の見た目なのかもしれないが、関係あるか。

 ふざけやがって。


「……で、だ。ジョアンの件は何千年も前からのキラーパスだったからまだしも、リリアナの親父と俺の親父の件は10年くらいしか違わない。10年の間に、わざわざ異世界から運命力の強い奴を二人も連れてこないといけないような案件なのか? ……しかもジョアンの件だって時期が被ってるっちゃ被ってる。10年周期で三人もだぞ」

「……大抵の場合は、一つの脅威に対して一人だ。その世界の神が何を考えてほぼ同時期に三人も召喚したのかは正直なところ、全くわからん」

「だろうな」


 ぬいちゃんに当たっても意味がないとさっき考えたばかりなのに。

 

「……すまん、ぬいちゃん」

「問題はない。気持ちはわかる、とは言えないが文句も言いたくなろう」


 ぬいちゃんは少し黙って。

 ややためらうような様子を見せながら、ぽつりと小さな声で言った。


「……お前は、神に謁見する方法があると言ったら、どうする」

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