第393話:冒険者
1.
「さぁ!! 早く!!!!」
「ほいっ」
何故か情熱的に迫ってくるリリアナの首の裏筋をトンっとする。
もちろん武術の嗜みがあるわけではない俺にそれだけで気絶させるなんて芸当はできないけれども、雷魔法を応用してやれば簡単に気を失わせることくらいはできる。
スタンガンみたいなもんだな。もちろん厳密には違うし、なんならスタンガンよりも安全なのだが。
気を失ったリリアナを抱きとめ、俺はほっとひと息つく。
なんだったのだろうかあの押しの強さは。
ふにっとした感触が腕に触れているが、仕方がない。
それが少し逸れて掌に触れても仕方がない。
不可抗力ってやつだ。
「お頭!?」
「てめぇよくもお頭を!!」
「お頭ァーーーッ!!」
う、うるさい。
殺気立つ下っ端たちをどう処理しようかなと悩んでいると、
「てめぇらやめねえかッ!!!!」
と。
野太い怒号が響き渡った。
モーゼのように人混みをかきわけてそこから現れたのは、冗談みたいな筋肉量を誇る強面ハゲ――素敵ハゲだった。
「ふ、副船長!」「しかしお頭が……!」「オレたちゃお頭やられて黙ってられやせんよ!!」
「次なにか言った奴は前歯へし折る」
素敵ハゲが下っ端たちを恫喝すると先程までの喧騒が嘘のように静まり返った。
しかしさっき殴られた(?)痕がもう治ってるな。
治癒魔法を使えるのか、単に回復が速いのか。
そもそもサイズ感が明らかに人間ではないのでどちらでも有り得そうだ。
「おい兄ちゃん、ちょっと面ァ貸せや。腹割って話そうぜ」
「……しゃーないか」
2.
「まあ呑めや」
「…………」
「毒なんざいれてねえよ」
「別にそれは心配してないけどさ……」
手渡された、盃に入った謎の酒(?)をぐいっと呷る。
一応知佳には既に連絡を入れてあるのでここでどれだけ時間を潰そうが関係ないのだが……
「事情はあそこにいた連中から聞いてる。お頭と勝負をしたんだろ?」
「まあ……」
「で、お前が勝ったわけだ」
「うーん……あれは勝ったと言えるのか……?」
途中で面倒くさくなってしまって気絶させてしまったのだが。
勝ちと言えば勝ちな気もするが、そうじゃないと言われればそうじゃない気もする。
「勝ったら海賊団をお前の配下に加えると言っていたらしいが」
「口約束だぞ?」
「オレら海賊は約束を違えねえ。たとえ口約束だろうとな。つまり――だ」
先程飲み干した盃に再び謎の酒をなみなみと注がれる。
「今この瞬間から、お前がこの船の頭なんだよ」
「……てことはリリアナが副船長で、あんたが
「それを決めるのはお前だ」
注がれた酒を飲み干す。
若干苦味はあるが、口当たりはまろやかだ。
イメージとしては日本酒が近いか?
しかしあまり日本酒は好きではないのだが、これは呑みやすいな。
「で、腹割って話そうってのは?」
「頭……リリアナを見てどう思った?」
「どうもこうも、海賊っぽいなと思ったけど」
「……感想が浅えな」
「余計なお世話だ、平社員。リストラすんぞ」
素敵ハゲも酒をぐいっと呷る。
「ま、海賊らしいってのは別にそこまで外れたこと言ってるわけでもねえ。リリアナは先代の影を追ってるようなもんだからな」
「……先代?」
「リリアナの親父さんだ。オレの命の恩人でもある」
「船長の娘が次の船長か。世襲なのか? 海賊ってのは」
「場合による。腑抜けがガキならそうはならねえよ」
ふぅん。
「それで?」
「先代は死んだんじゃなく行方不明になってる。それをオレらは探してんだ」
「略奪行為をしながらか?」
「きな臭えとこからしか奪ってねえよ」
「……悪いけど、面倒事を抱え込む余裕はないぞ」
まだミンシヤたちの件が解決していない。
というか、まさかまたこっちの世界で面倒事に巻き込まれるというパターンは全く考えていなかった。
きな臭いってのはどういうことだ。
いや、突っ込んで聞きたくない。
こういうのは聞いてしまったら負けなのだ。
俺はどうせ聞いちまったら首を突っ込みたくなるに決まってる。
こういう深刻な感じで話を持ちかけられた場合、面倒事だと相場が決まってるのだ。
「まあそう言わずに聞いてけや。お前冒険者なんだろ。それもかなり高位の」
「さて、どうかな」
俺はとぼけたが素敵ハゲはそれを意に介する様子もなく、続けた。
「異世界があるって言ったら、信じるか?」
「異世界? なんじゃそりゃ」
「その様子じゃ知ってそうだな」
なんで咄嗟にとぼけたのに普通に看破してくるんだよ。
この素敵ハゲ、見た目に似合わず頭脳派か?
「なら、冒険者ギルドが異世界人となにかを企ててるってことも知ってるか?」
「…………それは知らねえな」
冒険者ギルドが?
「ならお前にとっても悪い話じゃないはずだぜ」
素敵ハゲはニヤリと笑う。
……あーあ、これは巻き込まれる流れなんだろうなあ。
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